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福徳帆澄&凪

午前10時起床

スマホの液晶を見るも10:03とでかでかと輝いている。完全に遅刻だ。

今から死ぬ気で急いでも3限に間に合うかどうか、というか死ぬ気で頑張る気など皆無。つまり俺が取るべき行動1つ、二度寝しかない。

12:05やっと目が覚めた。覚めすぎた。こういう生活習慣の乱れが原因で何度も遅刻欠席を繰り返していると自覚しているが、辞められない。きっと病気だろう、諦めも大事だ。


友人からの、1人ぼっちで寂しいラインにスタンプで返事を返して、インスタのストーリーを流し見る。相変わらずどこも平和そうだった。友人には悪いが、今日もいつもと同じつまらない1日であることを確信し安心すると共に、休んで正解の日だったと寝過ごした幸運に感謝した。


両親が共働きかつ高収入である我が家の一室、8畳程ある俺の部屋は乱雑に散らかっているが家具や家電が一通り揃えられている。

冷蔵庫からミネラルウオーターを掴み一気飲みする。寝起きの一杯はたまらない。内臓全体に冷たい水が染み渡る。


ゲームしようとテレビを付けPS4を起動したところで、隣の部屋から爆音が流れ一瞬で消えた。その後の静寂は緊張感を孕んでるように感じた。忘れかけていた弟の存在に気付いた。


「何で学校行ってねぇの?」


パソコンの前で微動だにせず座ってた。もちろん俺の弟な訳だがなぜこの時間に部屋にいるのか。


「凪、お前なんでまだ家にいんの、今日休みじゃねぇよな?」


「あ、いや、キョウヤスミ」


「ジャーマンスープレックス」


「あいぃぃっやぁぁ!!!!」


分かり易すぎる片言で自白した弟にプロレス技にかける。男同士のコミュニケーション。


「ホズミだってさぼってんじゃん!関係ないだろ!」


「俺は中学卒業まで皆勤賞だ、風邪をひかない限り義務教育は受けろ。サボるにしても勉強しろゲームじゃなくてな」


「風邪引いてるんだよ、ゲホッ」


「…母さんに電話して早めに帰ってきてもらおうか?」


「う、嘘に決まってるだろ!」


「偉そうに言うな!コブラツイスト!!」


俺に似て随分可愛らしい顔だがクソ生意気に育ったもんだ。母さんにチクるぞ。


「お前は来年俺と同じ中高一貫を受けるだろ?あそこはなんだかんだ学力が高い、試験も難しい、だから勉強しろ」


「ホズミと同じ学校なんて嫌だ」


「照れんなよ。あと明日は学校行け。虐められてんなら法的手段で訴えるから教えろよ?母さんにな」


「教えないよ?」


「アイアンクロー」


「いだだだだ!!痛いいだだ!!」


ナギの部屋は俺の部屋と違ってかなり整頓されていてそこかしこにクッションが散らばってるので技がかけやすい。小柄で軽いというのも俺的萌えポイントだ。


「いだだだだい!!いだだだだだ!!!」


それにしても今まで一度も休まず普通に登校してたのに急に休むとは、やはり何かしらトラブルを抱えてしまったのだろうか?

よく男友達数名を家に連れゲームしていたし、その可愛らしいルックスから女の子に告白されることもしょっちゅうだった。


本格的に受験勉強を始めたことが関係してるのか、それとも告白してきた女の子を友達が好きだったとか。兄として心配だ。


「いだだだだだ!!!っ痛いって!離せよ!!!」


「お、おぉう!ごめんごめん!」


「頭割れるかと思った」


「一応確認だけど今日休んだ理由は」


「…言わない」


「…理由によっちゃ母さんに黙っててやる」


ナギは勢いよく俺の顔を見上げ喜色を浮かべたが、数秒後には疑うような悩むような表情に変わり百面相を繰り返す。気持ちも分からないでは無いのでもう一押し。


「怒らねえからさっさと言えよ」


ナギは覚悟を決め口を開く。


「寝坊しちゃった」


「ローリングソバット!!」


こいつは間違いなく俺の弟でどうしようもないクズだ。母さんには言わないでやるが、まぁ俺にボコボコにされるくらい仕方がないだろう。


「嘘つき!!怒らないって言ったのに!」


「怒ってはない。技が勝手に出てきた」


「母さんには言わないでね!」


「…今回だけだぞ。明日は行くって約束しろ」


「うい!!」


その後めちゃくちゃゲームした。

ちなみに俺もナギもスマッシュのブラザーズはかなり強い。生れながらゲームに触れていた恩恵かオンラインで相手を圧勝しまくった。部屋の時計が鳴り14時をお知らせする。


「飯食った?」


「10時くらいに食べたよ」


「んじゃ出前と外食どっちがいい?」


「ウーバーイーツ?」


「ここは圏外だな」


「じゃあ外食で良いや」


「良いやとは何だ奢ってやるんだ感謝しろ。サイゼかジョナサンどっちにするよ」


「今ならジョナサン」


「デザートだろ?分かるぞ」


俺たちはどちらともなく立ち上がって準備する。服を決めるのもめんどくさかったので制服に着替えて、いつものカバンから財布だけを抜いた。ナギも適当な服に着替え終わって既に一階の玄関に待機してる。


「ホズミ早く〜!腹減ってきた〜!!」


「顔洗ったらすぐ行く!」


今時男だって身綺麗にするのは常識だ。ダルンダルンのスウェットの時は気にしないが、制服を着ている時はそれなりに身嗜みを整える。普段からやっているおかげで5分程度で終わったが、ナギには長かったようでゲームをいじり始めてた。


「遅くなってごめんな。ゲームしまって行くぞ」


「うーん。クソっ、やられたぁ!あ、ホズミ髪の毛いい感じ!」


「どぅぁろ!!良い色だろ!?」


「…茶色?」


「アッシュだよ!茶色なんて今時ダセーだろ?」


「知らない。早くご飯行こうお腹空いた」


「お、おう。興味ないなら聞くなよな」


急いだにしては綺麗にセットできたのに。腹ペコの冷めた弟を持つとこんなに虚し恥ずかしい気持ちになるのか。近所のジョナサンに向かいながら、財布開き下ろす必要がないことを確認する。


「よし、今日の予算が決定した!1人1500円だ!」


「そっ、そんなに良いんですか!?」


「ふははは!俺の社畜(バイト)ぷりを舐めるなよ!!」


「よっ大統領!一番大きいパフェも良いですか!?」


「母さんには秘密だぞぉぉ!」


「もちろんであります!!」


ナギと久しぶりのお喋りを楽しみながら国道沿いのジョナサンに向かう。道の途中で揺られる旗に季節のパフェが宣伝されていた。


「ホズミやっぱりデザートあった!」


「よし、入るか」


平日昼下がりの店内は空いていて、マダムがほとんどだった。店員が席に案内し水を置いて下がる。

冷麺等の夏の残り香を感じさせるメニューも多かったが、デザートのページには、栗やサツマイモといった秋らしい商品が多く取り揃えられていた。夏秋のメニューを楽しめるこの絶妙な時期は美味しいものが多くていけない。


「決まったか?」


「1500円は悩むな〜。ドリンクバーも付けたいし」


「少しくらいなら予算超えても良いぞ」


「え、ほんとに!?じゃあ決まり!店員さん呼ぶね」


「容赦のない弟だ」


「お待たせしましたお伺い致します」


全然待っていない、謙遜しすぎな店員さんが影もなくテーブルの横に付く。

ナギは小5男児らしくかなりの量を注文していたので、おこぼれをもらう事にして俺はデザートとドリンクバーのセットにした。


「外食久しぶりな気がする」


「母さんちゃんと作っていくもんな。てかお前、そんなに頼んで夜ご飯大丈夫か?」


「朝ほとんど食べてないから全然平気!」


「あっそう。

おい、ゲームはしまえ。ご飯終わってからにしろ」


「…はーい。じゃあ飲み物取りに行こう」


「俺温かいローズヒップティーにしよ」


「うわーなんかダサいね」


「はっ、飲み物にダサいもねぇよ。そういうこと言う奴が一番ダセーから」


「…それ毎回言ってるの?」


「…早く行こうぜ」


飲み物なんて好きなもの飲めば良いじゃないか。俺は知覚過敏だから冷たいものは苦手だし、虫歯になったら面倒臭いから甘いジュースも飲まないないし、そうなると基本お茶かコーヒー系しか選択肢が無い。


どいつもこいつも緑茶飲んでたらお爺ちゃん、紅茶飲んでたら逆にダサいだの好きな事を言いたい放題。好きなものを好きに飲めば良いじゃないか!そういう時代じゃないのか!?


席に戻ってグダグダ駄弁る。

兄弟とはいえ生活時間は違う。それぞれ部屋にいることが多いので時間をとってゆっくりして話したのは久しぶりだった。平日の、本来なら学校で授業を受けているはずの時間に優雅なもんだ。


「緑黄色野菜のドリアと和栗のパフェでございます。ごゆっくりどうぞ」


「ホズミご飯は食べないの?」


「そこまで腹減ってない」


店員は一礼すると素早く去っていった。客は俺たち以外に三組程度しか居ないがなかなかに忙しそうだった。この時間の店員は一人で回してるのかもしれない。


ナギが食事を平らげると頼んでいたデザートが運ばれる。もう食べられないと抜かす前提で軽めの注文をしたが、食事の手が止まらない様子にすっかり大きくなったと実感した。


「え、地震?結構揺れてるよね?」


俺たちと反対側で団欒してたマダムが僅かにボリュームを上げて話すと、もう一人のマダムは動揺したように辺りを見渡しながら頷いた。


揺れはどんどん大きくなっている。


「ナギ、机の下に入れ」


強くなる一方の揺れに店内はにわかに騒がしくなり、マダム達の席からガラスのグラスが落ちたのを皮切りに一組が外に出た。


俺たちが歩いてきた国道では玉突き事故が起きていた。地震の揺れが原因ではない。机の下に潜る間際に目にしたのは前触れもなく現れた森だ。


「母さんに俺と一緒にいるとメールを送ってくれ」


「ど、どうなってるの?ホズミこれ地震じゃないよ!」


机の下で体を小さくするナギの手を握る。体を起こし窓を覗くと車、人、向かいの飲食店が青々とした木々に飲み込まれてさながらジブリの世界だ。


勢いの止まらない一面の緑は道路や電柱をも飲み込みながら迫ってくる。


「ホズミ、顔上げたら危ない!早く入って!!」


最後に見たのは向かい合う狼の群れと、見慣れない服を着た人の群れ。


建物の軋む音が聞こえる。壁や床に蔦が巻き付き、落ちたグラスから小さな花が咲いた。


数匹の狼、数人の見慣れない服を着た人々は店内にも現れ、何人かは机や椅子や仕切りの壁と融合していた。


阿鼻叫喚、地獄絵図。そんな言葉が脳裏をよぎる。


先程まで油と埃でベタベタしていた床は心地の良い柔さで俺たちを支えていた。


床一面の濃い土に、机を挟んで絶命した者の赤が滴り吸い込まれる。上半身と下半身はぷっつりちぎれ、机に乗っていない下半身が眼前へ倒れた。


ナギの手は痛いほど強く握られ俺もそれを返した。


マダムの一人が突如現れた人とドッキング。二つの首に一つの体、声量は二倍。ナギは耳を塞いだ。


もう一人は太めの木と混ざり合い、ざらついた表面にうっすらと顔が浮き上がった。ナギは下を向いた。


机の下から這い出しナギの手を離すと、小さく「行かないで」と聞こえた。


俺たちにもその時が来た。


足の方から悪寒が駆け上がり内臓をグチャ混ぜにされたような気持ち悪さの後、背骨から脳味噌にかけて熱くなっていく。さっき食べた和栗のパフェは薄茶色の液状になってさながらマーライオンのように勢いよく出てきて緑に飲み込まれた。


「ホズミ!ねえどうしたの!?なんだよこれ!」


痛みが熱に変わり、脳に彼女の断片が混ざる。記憶…とそれに付随する数多の感情は断片であってもあまりに異質で、彼女の断片を一つ受け入れる度俺の断片が失われていくようだった。朝食をえづき昨夜の晩御飯を漏らし気付いたら射精していた。


「ヴアッ、ガアァ!ホズミ…苦しい…助けて」


ナギも誰かの断片を受け入れてるのだろうか?それとも受け入れられているのだろうか。


二つ目の首を手に入れたマダムやすっかり黙り込んでるマダムと異なり、ナギはなぜか淡く輝いた。

俺のように吐瀉物にまみれるでもなくただ苦しそうなだけだ。そこにどんな違いがあるのか予想も付かない。


「ナギッ、大丈夫だから!自分を強く持て!!」


記憶の流入は止まらない。

彼女はのどかな集落に生まれ豊かな自然の中育った。三匹の兄弟と共に両親の愛情をたっぷり受け、村全体の信仰を大切に過ごしてきたようだ。幼年期四足歩行で歩きの練習、幼少期には巫女に選ばれ、思春期いつも近くにいた兄に恋心を抱く。そして人間との縄張り争い。


彼女を理解する度、俺も理解される。

記憶も感情も価値観も擦り合わされていく過程は痛い。


頭に耳が生え何かがそれに繋がりそうになる…拒否する。俺の耳が落っこちた。


体付きが四足歩行に相応しい骨格に…拒否する。骨が軋み筋肉が動き二足歩行が可能な獣なった。


銀色の毛が生えてきた…拒否する。アッシュブラウンの毛が降ってくる。


彼女は生きたい、俺も生きたい。彼女は優しい人だ。俺たちは生きたい。君を受け入れる、だから俺を受け入れてほしい。


記憶はこの瞬間まで共有され感情はリンクする。


彼は家族想いの優しい人、善良な人。私は強くありたい兄と共に並べるほど。人族の体ではダメだ。でも私は仲間のいない世界を、兄のいない世界を一人で生きられない。心が弱い。


兄は死んだ、弟を守りなさい私はここにいる。














なぎは?


たすけなければ、なぎのおにいちゃんでしょ。


しっかりしろ、おかあさんはどこいった?


おれはナギの兄貴だ!


「アアアアアアア!!!!」


彼女は引っ込み俺を押した。尊敬、感謝、同情、彼女に伝わったことが伝わってきた。

俺たちは大丈夫だ、うまくやれる。

隣でナギがゆっくりと起き上がる。


「ホズミィ…にぃ、僕どうなってるの」


美しかった。全てを圧倒する生命力が溢れ出し、少し浮いた体も、白金の髪が輝いて見えるのも幻覚などではないのだろう。狼の彼女の記憶を参照するに、ナギは彼ら獣人が信仰していた対象と混ざりあった半神だ。


「なんてこった」


続く言葉は彼女に消された。

彼女も俺も消えてないのはお互いを認め合えたから、彼女の大切なものを馬鹿にする気は一切ない。


ただ弟が混ざり合った存在と何も共有していない様子なのがどうも気になる。俺と彼女は全てを共有し、認め合えたからこそ共存できてる。それならナギは


「ホズミ…どこにいるの」


ナギはそう呟くと倒れ、俺もそれに続いた。


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