お前も燃えたらよかったのに
「もういーかーい?」
「まーだだよー」
放課後、雨が降っていて、かさを持ってきていない男の子たちは、おむかえが来るまで校舎で待つことになりました。
「もういーかーい?」
「まーだだよー」
和人もその一人でした。和人たちは、お母さんがかさを持っておむかえに来てくれるまで、みんなでかくれんぼをすることにしたのです。
「もういーかーい?」
「もういーよー!」
教室の、教壇机の下に隠れて、和人は息をひそめます。雨が窓をバチバチとたたく音がひびいて、背筋がぞっとします。机の下はせまくて少しほこりっぽい感じですが、せっかくかくれんぼしているのに、一番に見つかるのはいやでした。和人は体操すわりして、ぎゅうっと身をちぢめます。と、誰かの手ががしっと和人のうでをつかんだのです。
「ひゃっ!」
「おい、なにしてんだよ! ここは危険だ、早く逃げるぞ!」
うでを乱暴に引っぱりあげられて、和人は悲鳴を上げて起きあがりました。いつの間にか雨の音が消えて、代わりに、けたたましいサイレンの音と、なにかすごい轟音がします。思わずおびえる和人のうでを、男の子はさらに引っぱります。
「ほら、逃げるっていってんだろ! 死にたいのか!」
「えっ、死にたいって、えっ?」
なにが起きているのかわからず、困惑する和人を見て、男の子はチッと舌打ちしてから無言で引っぱっていきます。その迫力に気おされて、和人は男の子に従おうとしました。しかし……。
「和人、ダメよ!」
ハッとしてうしろをふりかえると、そこには真っ白な着物姿のおばあちゃんがいたのです。和人が大好きだった、キヌおばあちゃんでした。
「和人、ここから出てはダメよ。ここにいなさい。大丈夫、なんにも怖いことはないよ。さ、おばあちゃんのそばにおいで」
「おばあちゃん」
「バカッ、なにやってんだよ! とにかく早く来い、爆撃で死ぬぞ!」
男の子の引っぱる力が、どんどん強くなっていきます。しかし、和人はその手をふりほどこうともがいて、それからキヌおばあちゃんに助けを求めます。
「おばあちゃん! キヌおばあちゃん! 助けてよ、ぼく、死にたくないよ!」
しかし、和人の必死のさけびも聞こえないのか、キヌおばあちゃんは顔色一つ変えずに、同じことをくりかえしています。
「和人、ここから出てはダメよ。ここにいなさい。大丈夫、なんにも怖いことはないよ。さ、おばあちゃんのそばにおいで」
「おばあちゃん!」
「和人、ここから出てはダメよ。ここにいなさい。大丈夫、なんにも怖いことはないよ。さ、おばあちゃんのそばにおいで」
「助けて、おばあちゃん!」
「和人、ここから出てはダメよ。ここにいなさい。大丈夫、なんにも怖いことはないよ。さ、おばあちゃんのそばにおいで」
「おばあ、ちゃん……?」
「和人、ここから出てはダメよ。ここにいなさい。大丈夫、なんにも怖いことはないよ。さ、おばあちゃんのそばにおいで」
だんだんと和人の胸に、おばあちゃんに対する恐怖の気持ちがわきあがってくるのでした。それとともに、男の子の引っぱる力がどんどん強くなり、ついに和人は、無理やり教室の外へと連れ出されてしまったのです。あまりの勢いに、和人はそのままもんどりうって、ドテンッとしりもちをついてしまいます。
「イタッ! なにするんだよ! ……あれ」
男の子のすがたが消えていたのです。それどころか、明かりがついていたはずのろうかが、今は真っ暗で、サイレンの音がひびきわたっています。心細くなった和人は、半泣きになって教室のドアに指をかけました。その瞬間……。
「ボゴォォォンッ!」
鼓膜が破れんばかりのすさまじい爆発音がして、教室の中がオレンジ色の炎でいっぱいになったのです。和人は「ぎゃあっ!」と悲鳴を上げて、またもやしりもちをついてしまいました。そのままずるずるとあとずさっていきますが、炎は教室の中だけを燃やしているようで、窓ガラスが割れたり、ドアが吹き飛んだりはしませんでした。
「な……なんなんだよ、いったい……! ぼく、かくれんぼしてて、それで、どうしてこんな……ヒッ!」
べちゃっと誰かの顔が、オレンジ色一色の窓ガラスにはりついたのです。誰の顔か気がついて、和人はまたもやすっとんきょうな悲鳴をあげます。
「ぎゃああああっ!」
「……と……か……と……」
「ヒィッ、ヒィ、ヒィィッ!」
壁に背をビッタリつけて、和人はガチガチと歯を鳴らして窓ガラスを凝視します。そこにはりついていたのは、先ほどのキヌおばあちゃんだったのです。荒い呼吸音が聞こえてきて、和人はひぃっと耳を押さえます。しかし、いくら耳を押さえても、呼吸音はやみません。さらに、なにかぶつぶついう声も聞こえてきました。
「……も……よ……に……」
「おおお、おお、おば、おばぁ……」
「……まえ……えた……よか……のに……」
「キ、キキ、キヌ、おば、おばおば……」
「おまえ……もえた……よか……たのに……」
「おばあちゃん! キヌおばあちゃん!」
「お前も燃えたらよかったのに」
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