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第九話

 夢雨と健介のうわさは、いつの間にかクラスみんなに知れわたっていたようです。しかし、不思議と健介は気になりませんでした。それよりも早く夢雨にいろいろ話をしたくて、ついちらちらと夢雨のほうを見てしまいます。それに気づいた耕平が、ちゃかすように話しかけてきました。


「おいおい、いつの間に眠り姫と仲良くなったんだよ。まさかの急展開だぜ」

「別に、耕平君が思っているようなことじゃないよ。ただ、ちょっと夢雨に用事があるだけだから」


 帰りの会のあと、何人か野次馬が残っていましたが、健介はみんなが出て行くまでは、夢雨に話しかけないようにしていました。気を利かせてくれたのか、そんな野次馬たちを耕平がシッシと追い払ってくれました。


「来週ちゃんとどうなったか聞かせてくれよ」


 耳元で耕平がささやくのを、健介はあいまいに笑ってごまかしました。その耕平も帰り、教室には夢雨と健介だけになりました。


 夢雨が健介の目を、じっと見つめます。耕平にちゃかされたときには、何も思わなかったのですが、いざ夢雨を前にすると、胸がどきどきします。夢雨の表情は、いつもの無表情のままでした。


「さっそくだけど、かえしてくれる? わたしの日記」


 夢雨が健介に手を突き出しました。健介はきまりが悪そうにうつむきました。


「あの、ごめんよ夢雨。勝手に日記持ち出して、夢まくらで見るようなことして」


 健介は自分のランドセルから、夢雨の日記を取り出しました。


「別にいいわ。わたしもあなたにひどいことしたわけだし。だからおあいこってことで、許してあげる」

「ひどいこと?」

「あなたの夢の中で、いろいろ邪魔しちゃったでしょ。それに、あなたのマンガ、ページが破れちゃったっていってたから」


 夢雨の表情が、少しくもったように見えました。健介はあわてて首をふりました。


「そんなこと、気にするようなことじゃないよ。それに、夢雨が夢に出てきてくれたから」


 いったあとに、健介はハッと口を押さえました。夢雨はきょとんとしています。


「いや、なんでもないよ。それより、はい」


 健介から日記を受け取り、夢雨は大事そうに自分のランドセルにしまいこみました。


「でも、どうして夢雨は学校にまで日記を持ってきてたの? いや、大事なものだってことはわかるけどさ、そのせいでクラスの女子に隠されたんだろう。そりゃあ、隠すやつらがぜったい悪いけど、でも家に置いておいたほうが、なくしたりしないだろう」


 健介の言葉に、夢雨はしばらく考えこんでいました。健介があわてて首をふります。


「いや、別にどうしても知りたいとかじゃないんだ。ただ、ちょっと気になっただけだから。答えたくなかったら答えなくてもいいよ」

「ううん、そういうわけじゃないけど。その……日記帳を持っていると、なんとなくパパとつながっているような気がするから」


 顔をあげた夢雨のひとみが、一瞬夢の中の夢雨のひとみに重なって、健介は思わず息を飲みました。小さいころの、お父さんといっしょに笑っていた、幸せそうな夢雨を思い出して、健介はグッとこぶしをにぎりしめました。


「なあ、夢雨。君はどうして、他の人の夢に侵入するんだ?」


 夢雨はまっすぐに、健介のひとみを見つめました。心臓がバクバクと波打ちますが、健介も夢雨をまっすぐに見返しました。


「それがわたしの使命だからよ」

「君の、お父さんに関係しているのか?」

「別に、あなたには関係ないわ」


 夢雨が顔をそむけます。言葉では強がっていましたが、その横顔は、なぜかはかなげに見えました。夢の中ではあれほど頼もしく見えた夢雨なのに、今は小さな子供がいやなことをぐっとこらえているような、そんなもろさを感じました。


「ごめんよ、ただ、君の日記に入りこんだとき、小さいころの夢雨が、幸せそうに笑っていたから。今の夢雨はぜんぜん楽しそうじゃなくて、なんだか無理にそうしているっていうか。うまくいえないけど、苦しそうな夢雨を見てると、ぼくにもなにかできるんじゃないかって思えて」


 夢雨のひとみが、わずかにゆらぎました。夢雨は健介から視線をそらし、しばらく窓の外を見ていました。日記の中と同じ、白くもやもやしたくもり空でした。


「別にあなたの助けなんて必要ないわ。でも、わたしがあなたを巻きこんでしまったのも事実ね。いいわ。どうしてわたしが他人の夢に侵入するか、話してあげる」


 夢雨はふうっと大きくため息をつきました。


「あなたのいうとおり、わたしのパパが関係しているの。わたしのパパは、夢まくらの開発者だった」

「えっ?」

「パパは脳科学研究の第一人者だったわ。特に夢のメカニズムについては、独創的な発想を持っていた。だからパパは、夢のメカニズムを解き明かすだけでなく、どうやってそこに入りこむのかまで研究していた。そして、まるで映画の主人公になるように、自由に夢を構築し、思いのままに操る機械を発明した。それが夢まくらなのよ」

「そんなすごい、研究者だったなんて」


 健介の言葉に、夢雨は苦々しくうなずきました。


「でも結局は、その夢まくらにパパはつかまってしまった。夢まくらの研究はパパのアイディアのおかげで、商品化できるレベルにまで進められた。そして最終チェックとして、パパは自分が夢まくらを使うことになった」

「えっ? じゃあ、まさか」

「そう、あなたが考えているとおりよ。パパは夢まくらを使ったあと、二度と夢から目覚めなかった。夢まくらは起動したままだから、もちろん生きているんだけど、でも目を開けることはなかった。わたしが何度呼びかけても、パパは答えてくれないのよ」


 かすれ声になったからでしょうか、そこで夢雨は言葉をきりました。五月のはずなのに、真冬のように空気が冷たく固まっています。空気の重さにたえられなくなったのか、健介が沈黙をやぶりました。


「ごめんよ、夢雨。ぼく、なんにも知らなくて」

「謝らなくてもいいわよ。わたしも誰かに話そうなんて思わなかったし。話したのはあなたが初めてよ」


 夢雨が首をふりました。またも思い沈黙がただよいます。夢雨を見ると、いつものようなとげとげしさは感じなかったので、健介は思い切ってたずねました。


「夢雨のお父さんは、どうしてそんな危険な実験に参加したんだろう?」

「きっと、自分が作った夢まくらだから、ほかの人を危険な目に合わせたくなかったんだと思うわ。でも、それ以上にパパは、きっとママに会いたかったんだと思う。わたし、今でも覚えてるわ。がっしりしたヘッドギアをつけているパパが、わたしの頭をなでながら、『パパは今から、夢の中でママに会ってくるからな』っていうのを」

「夢雨、君のお母さんって」

「わたしが五歳のときに病気で死んでしまったわ」


 それだけいって、夢雨は目をふせました。健介もなにもいえませんでした。雨が降り出したのでしょうか、ぽつぽつという音が、やけに大きく教室にひびいています。


「パパはママが死んでから、よりいっそう研究に没頭するようになった。さびしかったわ、ママがいなくなって、パパもずっとお仕事で家を空けるようになって。最終チェックのとき、わたしパパに、いっしょに連れていくようにせがんだの。パパといっしょに行って、ママに会いたいって」

「夢雨……」

「バカよね、あのときもし止めていれば、ママだけじゃなくてパパまで失わずにすんだのに。けどパパは夢まくらを起動して、そして戻ってこなかった。夢まくらによって作られた夢の中に、いまだにとらわれているのよ」


 雨が窓をたたく音が激しくなりました。昨日の日記の世界を思い出し、健介は背すじが寒くなるのを感じました。


「だから夢雨は、夢まくらを使わないようにって何度もいっていたのか」

「そうよ。夢まくらはまだ欠陥がたくさんある。パパはそのことをよくわかっていた。でも、開発チームは商品化を急ぐあまり、欠陥があることをうやむやにしようとした」


 健介は目を見開きました。


「そんな、それじゃああまりに」

「あまりに危険すぎる。そうよね。でもパパは、開発チームとは別に、独自に改良した夢まくらを作っていたの。それがわたしの使っている『夢まくら改』よ」

「『夢まくら改』?」

「そう。パパが開発チームと作っていたのは、自身の夢に入りこむ機械だった。でも、わたしの使っている『夢まくら改』は、他人の夢に侵入できる。正確にいえば、他人の夢にしか侵入できないのだけれど」


 夢雨が言葉を切りました。二人だけの教室は、重苦しい空気に包まれています。雨の音に声が消えてしまわないように、健介はわざと明るい声でたずねました。


「じゃあ、それを使って夢雨は、他の人の夢に侵入して、夢まくらを使わないように警告していたんだね?」

「そうよ。きっとパパも、わたしにほかの人たちを救ってほしいって、そう思っていたんだわ。だから『夢まくら改』も、ママの部屋にほかの思い出の品と一緒にしまってあったのよ」


 夢雨のほこらしげな顔を見て、健介の胸がかすかに痛みました。


「でも、それじゃあ夢雨はどうなるんだ? 他人の夢だって、危険なことに変わりないだろう? いくら君のお父さんの願いだとしても、そんなの危ないじゃないか。……それに、直接君のお父さんから頼まれたんじゃないだろう? 本当にお父さんは、そんなこと夢雨に望んでいたの? 夢雨にそんな危険なことをしてほしいって、望んでいたの?」


 夢雨は疲れたように笑いました。切れ長の目が、かすかに光ったように見えました。


「そうね。あなたのいう通り、パパはそんなこと望んでいなかったかもしれない。『夢まくら改』だって、本当はママの部屋に隠してあったんだもの。それをわたしが見つけて、勝手に使ってるだけ」

「それじゃあ」


 健介の目から、夢雨は視線をはずしました。日記の世界で、健介を引っぱっていった強い夢雨はそこにはいませんでした。健介の目に映るのは、ただ強がっているだけの、か弱そうな夢雨のすがたでした。健介の視線を感じたのか、今度は夢雨が、無理に明るい声で続けました。


「でも、これはわたしのためでもあるの。『夢まくら改』を使えば、いつかはパパの夢の中にも侵入できるかもしれない。そうすれば、わたしはパパを救い出せる。……だから、本当いうと、別に人助けのためだとか、そんなんじゃないの。わたしはパパと、もう一度お料理したり、一緒にテレビ見たり、どこかに旅行したり、そんな普通の生活がしたいだけ。ただそれだけなの」

「夢雨……」


 健介はなにもいえませんでした。ただ、じっと夢雨のうつむいた顔を、見つめるだけしかできませんでした。


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