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第八話

「どうして、夢雨が夢まくらのことを?」

「それは」

「あっ、ちょっと待って」


 口を開こうとする夢雨を、健介が止めました。いぶかしげに夢雨に見つめられても、健介はなにもいいません。


「どうしたの?」


 夢雨がたずねましたが、健介は真っ白な空をじっと見つめているだけです。夢雨もつられてそちらを見ました。


「どうしたのよ、いったい。なにかあったの?」

「いや、あそこ見てよ。なんだろう、あれ、空間が、ゆがんでる?」


 健介が指さした先の空が、ジジッジジッと、黒くかすれていたのです。夢雨も目をこらしましたが、短くチッと舌打ちしました。


「まずいわね。あいつら、気づいたみたい」

「あいつら?」

「開発チームよ。夢まくらを作り出したやつらのこと。夢まくらは、はさまれた本が物語かどうか、判別することができないの。でも、物語以外をはさめば、どこかでほころびが生じる。それをあいつらは監視しているのよ」

「でも、監視してるんだったら、ぼくたちが夢の世界に閉じこめられているって、気がついているってことだろう? じゃあ、ぼくたち助かるってことか」


 気の抜けたような言葉に、夢雨はじろりと健介をにらみつけました。


「あいつらが、開発チームが、ただ単に助けてくれるはずないでしょ!」

「ごめんよ、夢雨」


 あわてて健介は謝ります。夢雨はまゆをつりあげたまま、低い声で続けました。


「あなたのいうとおり、確かに助かるとは思うわ。ただ、ちゃんと説明書に書いていたと思うけど、夢まくらには物語しかはさんではいけないことになっているのよ。それをやぶったあなたは、夢まくらを没収されるでしょうけどね」

「えっ、なんだよそれ」

「説明書読んでないの? まったく、よくそんなので夢まくらを使ってたわね」


 夢雨が苦笑いします。健介は口をごにょごにょさせました。


「だって、早くほたるちゃんに会いたくて」

「まあいいわ。とにかくあいつらには関わりたくないでしょう。わたしだってそう。わたしの場合は、ただでさえあいつらに狙われているんだから。早くここから脱出しないと」

「狙われてる? いったいどうして?」

「むだ口たたかないで。時間が惜しいわ」


 夢雨にぐいぐい引っぱられて、健介も早足になりました。空間のゆがみは、今のところはわずかなものですが、こころなしか少しずつ広がっているように見えます。と、そのとき夢雨の足が止まりました。


「道が、分かれてるわ」


 山道は三叉路になっています。どの道も、ずっと遠くまで続いています。果ては見えず、細い道は真っ白い世界をどこまでも、それこそ地平線まで続いているようです。夢雨はちらっと空を見あげました。


「やっかいね。どの道にも窓があるわ。どれが正解かわからない」

「えっ、じゃあ」


 なにかいおうとする健介を制して、夢雨はじっと山道をにらみつけました。


「どれが正しい道なのかしら。時間がないのに」


 山道と空を、夢雨は交互に見ます。空間のゆがみは、じりじりと広がっているように見えます。健介も夢雨のうしろから目をこらして、それぞれの道の先を見つめました。


「あれ?」

「なに、どうしたの?」


 夢雨が健介をふりかえります。健介はめがねを両手でかけなおし、それから再び目をこらしました。


「いや、ちょっと、右の道の先で、なにかがきらって光った気がして」

「ホント?」


 夢雨も右の道をじっと見つめました。眉間にしわをよせていましたが、やがて首をふりました。


「わたしには、なにも見えないわ」

「じゃあ見間違いかな、夢雨のほうが目がいいもんね。でも、なんだか右の道の先で、光っている窓が見えた気がしたんだ」

「光ってる窓? まさか……」


 夢雨はしばらく考えこんでいましたが、もう一度空を見て、健介の手をぎゅっとにぎりました。


「わかった。あなたのことを信じるわ」

「えっ、でも」

「どっちにしても、どれか選ばないといけないんだし、いいわ。さあ、急ぎましょう」


 再び夢雨に引っぱられながら、二人は山道を走っていきました。空間のゆがみが気になり、健介がちらりとうしろをふりむきます。


「よそ見しないで。早く行くわよ!」


 夢雨にどなられ、あわてて健介は前を見ます。その瞬間に、ピカッと光が目に入りました。思わず立ち止まり、今度は健介が、夢雨の手をぎゅっと引っぱりました。


「待って、これだ!」


 健介が止まった先には、小さな窓がありました。そこにはおさげ髪の夢雨が、父親と一緒に台所で料理をしているところが映しだされていました。記憶の奥底にしまわれていた、小さいころの夢雨の笑顔そのものでした。


「本当だ、夢雨だ。夢雨と、お父さん。笑ってる、幸せそうだよ」


 夢雨は答えずに、ただ映し出された記憶だけを、食い入るように見ています。


「これが、君の一番幸せな記憶なの?」


 健介に聞かれて、夢雨はそっと顔をそむけました。


「……夢雨?」


 夢雨は指で目をこすり、それから健介にふりかえりました。いつもの無表情な夢雨の顔に戻っていました。


「そうみたいね。でも、どうして気がついたの? わたしも見落としていたのに」

「わからない。でも、夢雨が通りすぎるときに、突然この窓がピカッて光ったから。その、まるで、この記憶が、忘れないでって夢雨にいっているような気がして」


 夢雨は切れ長の目で、健介の顔をじっと見つめました。いつものようなきつい視線ではなく、わずかにうるんでいるように見えます。健介は落ち着かなさそうに顔をそむけました。


「いいわ、とにかく早くここから脱出しましょう。先にわたしが窓にさわるわ」

「大丈夫か?」


 とまどう健介に、夢雨は力強くうなずきました。


「あなたがこれだと思ったんでしょう。じゃあ大丈夫。信用するわ」


 夢雨は健介の手を離し、そして窓にそっと指で触れました。とたんに夢雨の体が、光の粒となって消えていきました。


「わっ、消えた。ぼくも早く脱出しないと。……それにしても、夢雨のやつ、昔はかわいく笑えていたんだな」


 窓に映る夢雨の笑顔を、健介は見つめました。ゴロゴロと雷のような音が聞こえてきます。空を見ると、いつの間にか空間のゆがみが、半分以上にまで広がっていました。健介は急いで窓に手を触れました。あたりの景色がぐるぐると回転し、意識が遠くなり、やがて健介は眠りへと落ちていきました。夢の中の、本当の夢へと。





「ん……。なんだい、耕平君。さっきいっただろ、せめて休み時間は寝かせてくれよ」


 ねむけまなこをこすって、健介はのろのろと顔を起こしました。昨日の大冒険が原因でしょうか、昼休みだというのに、健介は強い睡魔に襲われていたのです。いつもは耕平たちと校庭にボール遊びに行くのですが、この日は教室でずっと眠っていたのでした。それを起こされたので、健介は少し不機嫌そうにめがねを顔にかけました。


「ずいぶんと眠そうだし、用件だけ伝えるわね。今日の放課後、ちょっと残ってちょうだい」


 女の子の声だったので、健介は一気に眠気がふきとびました。目の前に夢雨が、あの能面のような無表情で健介を見おろしています。


「えっ、あ、その」


 口ごもる健介に背を向けて、夢雨はさっさと自分の席に戻っていきました。そして健介と同じように、机につっぷして眠ってしまいました。いつの間にか教室中に、ざわざわと話し声が広がっています。自分のことがうわさされていることに気がつき、健介は真っ赤になってあわてて教室を飛び出ていきました。


 ――なんだよ、いったい夢雨のやつ、なんの用事で……。あ、そうか、日記か――


 教室から図書室へ避難しながら、健介は一人でうなずきました。夢雨にいわれるまでもなく、健介は夢雨に日記を返そうと思って、今日持ってきていたのです。でも、渡すタイミングを間違えたら、それこそみんなにあやしまれると思って、なかなか渡せずにいたのでした。


 ――夢雨のほうから声をかけてくるなんて。ちょっとドキドキしちゃったな。でも、いつもの仏頂面だったな。昔はあんなに笑ってたのに――


 夢の中で見た、夢雨とお父さんの記憶を思い出して、健介は首をかしげました。


 ――でも、どうして夢雨は日記を学校に持ってきてたんだろう。そのせいでクラスの女子に隠されたりしたのに――


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