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第六話

 夢雨の日記を夢まくらにセットするときには、健介もさすがに胸がチクチクと痛みました。ですが、まくらもとにおいてあった、ぐしゃぐしゃに破れたほたるちゃんの笑顔を見て、健介は決意を固めました。


「待っててね、ほたるちゃん。必ずぼくが、カタキをとってやるから」


 健介は夢まくらのスイッチをオンにして、ヘッドギアを頭につけました。ほたるの夕べのときとは違って、シャッ……シャッ……と、なんだか調子が悪そうな音がします。しかし健介は、夢雨への怒りとほんのちょっとの好奇心とで、頭がいっぱいだったため、音がおかしいことには気づきませんでした。


「よし、これで準備オッケーだ。夢雨のやつ、見てろよ」


 ――もう夢まくらは使わないで――


 不意に夢雨の声が、頭の中で聞こえてきました。なぜか、顔を真っ赤にしている夢雨の顔も思い出されます。急に健介は、ひどく悪いことをしているような、うしろめたい気持ちでいっぱいになりました。


 ――もし日記の世界に入ったこと、夢雨が知ったらどう思うかな。やっぱりぼくのこと軽蔑するのかな。それに、どうしてあんなに夢まくらを嫌っているんだろう――


 ベッドに横にはなりましたが、健介はなかなか寝つけませんでした。頭の中に、メェーという羊の声がひびいてきましたが、もやもやも頭の中でふくらんでいきます。健介は迷いをふりきるように、ぶんぶんっと首をふりました。


 ――あいつが悪いんだ。ぼくのほたるちゃんをバカにするから――


 意を決したように、健介は夢まくらに顔をうずめました。そのまま一気に、健介は夢の世界へ落ちていったのです。





「なんだ、ここ? いったいどうなってるんだ?」


 夢の中で目をさました健介は、思わず悲鳴をあげていました。そこは目が痛くなるほどに、真っ白な世界だったのです。空も、壁も、地面すらありません。白い世界の中に、ただひとり、ぽつんとたたずんでいるのです。


「え、ええっ? わわわっ」


 バランスをくずしそうになって、健介は両手をぶんぶんっとふりまわしました。白い世界が目の前にせまってきて、思わず目をつぶります。自分が今立っているということだけが、かろうじてわかりましたが、それ以外の感覚がないのです。暑さも寒さも感じません。風もちっとも吹いていません。


「そんな、こんな世界になっているなんて、いったいこれ、なんなんだ?」


 健介は口に手をそえて、大声で遠くに呼びかけました。


「おーい、誰かいませんか!」


 白い空間が、ほんのわずかにゆらいだ気がします。健介はもう一度大声でさけびました。


「おーい!」


 しかし、やはりなにも起きません。白い世界に閉じこめられて、健介の胸はだんだんと心細さにしめつけられていきます。


「とにかくここから、抜け出さないと」


 健介はおそるおそる、真っ白な世界に一歩ふみだしました。


「わっ、わわっ!」


 足がスーッと、白い空間にすいこまれていきます。健介はあわてて足を引っこめました。いやな汗が、背中をつたいます。


「もしかして、ぼく、このまま永遠に、ここから出られないんじゃ……」


 しかし健介は、かすかになにかが聞こえてくるのに気がつきました。ヒューッと、笛のように静かな音が、確かに聞こえてきます。どうやら上のほうから聞こえてくるようです。


「わっ、なんだ!」


 健介は思わずのけぞりました。体勢がくずれて、またもや手をバタバタさせます。そうしているあいだに、白い空間から巨大な物体がひゅっと落ちてきたのです。


「なんだこれ?」


 落ちてきたものは、金属でできた四角い枠でした。よく見ると、その枠には透明なガラスがはまっています。それは健介も見慣れたものでした。ただ、大きさだけが違っていました。


「これって、窓だよね?」


 ずり落ちためがねをかけなおして、健介はその大きな四角い窓を見つめました。まるでビルのような大きさです。そして、窓の向こう側も、やはり真っ白な世界でした。


「なんで、窓が落ちてきたんだ?」


 ヒューっと、またさっきの音が聞こえてきました。健介は身構え、上を見あげました。


 ひゅんひゅんっと、巨大な窓がいくつもいくつも落ちてきました。窓の雨のような光景に、健介の歯が自然とガチガチ鳴り出します。


「こんな世界になっているなんて、なんだよこれ、日記の中じゃなかったのかよ。そうだ、これは夢だ、夢なんだ。早く終わってくれ、早く、早く!」


 目をぎゅうっとつぶって、ぶつぶつとつぶやいている間に、ひゅんひゅんっという音がやみました。気持ち悪くなるほどに、まったく音のない世界が戻ってきたのです。


「終わった、のかな?」


 こわごわ健介は、両目を開きました。


「うわっ!」


 健介は腰を抜かしそうになりました。まるで霧が晴れるかのように、足もとの白い世界が消えていたのです。そこは細くぼろぼろと崩れる山道でした。幅はやっとで二人並んで歩けるぐらいでしたが、両端は切り立ったがけで、ずっと下は白いもやで見えなくなっています。

 

「ひぃぃっ」


 おそるおそる下をのぞきこみ、健介は足がすくんでしまいました。そのとき突然、ヒュウッと風がふき、健介はわわっとよろめきました。風にまかれて、ぱらぱらと土ぼこりが飛んでいきます。


「うそだろ、もうぼくはいやだよ。怖いよ、こんな世界。夢なら早く覚めて、って、そうだった、これが夢の世界なんだ」


 健介はしゃがみこみ、半泣きになってしまいました。すると、今度はバチバチッと、電気がはじけるような音が聞こえてきたのです。


「なんだよ、まだなにかあるのかよ!」


 音がしたほうは、一番最初に落ちてきた窓からでした。健介は窓を見あげました。窓のガラスに、バチバチと稲妻のような光が走っています。


「いったいなにが始まるんだ」


 いつでも逃げられるように、健介は足に力を入れます。すると、窓の奥に見える、真っ白な世界が突然ふっと消えたのです。次の瞬間、そこに健介もよく知っている顔が映っていました。


「えっ? あれ、夢雨?」


 窓にはなぜか、夢雨の姿が映っていました。今よりも身長が低く、はじけるような笑顔を浮かべています。健介の脳裏に、同じクラスだった、小学生のときの夢雨の笑顔がありありと浮かんできました。


「夢雨、笑ってる。昔の、夢雨の笑顔だ」


 いつの間にか健介は、夢雨の笑顔にくぎづけになっていました。そのとき初めて、夢雨のとなりに、ふさふさのひげを生やして、めがねをかけた男の人がいることに気がつきました。


「あれ、確か夢雨のお父さんだ」


 小さいころ、一度だけ健介も見たことがありました。夢雨によく似た目をしています。


「そうだった、一年生のとき、夢雨のやつよく自慢してた。わたしのパパはすっごい研究をしてるのよって。とっても頭がよくて、かっこよくて、大好きなパパなのって。あいつ、昔はよく笑うやつだったのに、いつの間にツンツンしだしたんだろう?」


 夢雨の笑顔を見ているうちに、健介は次第に落ち着きを取り戻してきたようです。


「でも、ずっとここで夢雨の顔を見てるわけにはいかないし、なんとかここから出る方法を探さないと」


 そのとき健介の耳に、再びバチバチッと、電気がはじけるような音が聞こえてきました。どうやら他の窓から聞こえてくるようです。窓のガラスに光が走って、他の窓にもどんどん、夢雨の映像が映っていきます。


「もしかして、これ、窓っていうより、テレビなんじゃないか?」


 健介は他の窓も、一つ一つ見ていきました。どの窓も、それぞれ違う夢雨の姿が映っています。そして、そのどれもが、今よりもずっと幼い夢雨でした。


「まさか、夢雨の日記だから、日記に書かれていることが、テレビみたいになってるってことか?」


 夢雨とその父親が映った窓のとなりでは、夢雨が机に向かって、なにか書類を一心不乱に読んでいる姿が映っていました。そのとなりの窓でも、そのまたとなりでも、夢雨がなにかを読んでいる姿しか映っていませんでした。しかもその書類は、すべてあわく光を放っているのです。


「なんだろうこれ、学校の宿題か? でも、なんで光っているんだ? それに、数字と記号ばっかりじゃないか。あいつ、あんなに勉強できたか?」


「数字と記号ばかりなのは当たり前よ。あれはパパの書いた研究資料なんだから」


 うしろから、聞きなれた声が聞こえてきました。


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