第五話
けっきょく夢雨が起きたのは、給食時間になってからでした。もそもそと給食を食べ終えたあと、昼休みもぐっすり眠っています。五時間目、六時間目は起きていましたが、やっぱり授業は上の空です。けれども先生に当てられたら、ちゃんと正解するのです。
「くっそぉ、なんだよあいつ」
「ん? どうした?」
ほうきで野球の素振りをしていた耕平が、くるりとふり向きました。
「夢雨のことだよ。なんだよあいつ、授業全然聞いてないくせに、先生に当てられてもすらすら答えるし。耕平くんはどう思う?」
「いや、べつにどう思うっていわれてもなあ、眠り姫はいつもああだよ。ん? でも、答えわからないこともあるぜ、あいつ」
耕平の言葉に、健介は突っかかるように聞き返しました。
「うそだろ、だって今日は全部あってたじゃないか」
「ああそっか、今日は国語も社会も当てられてなかったからなあ。あいつ、数学と理科はむちゃくちゃできるんだけど、それ以外の教科はからっきしだぜ。というかやる気ないって感じでさ」
耕平はもう一度、ブンッと素振りをしました。
「ちょっと男子、ちゃんとそうじしなさいよ! それに耕平、ほうきで素振りしないで。ゴミが飛び散るでしょ。まじめにはきなさいよ」
「ちぇっ」
女子にどなられて、耕平はしぶしぶほうきでろうかをはきはじめました。それから思い出したように、健介のそばによってきました。
「そうそう、眠り姫だけどさ、あいつあれでいて、けっこう男子に人気あるんだよ」
「男子に?」
「ああ。こないだなんか、二組の山下がコクったそうだぜ。当然冷たくあしらわれたらしいけどな。でも、他のクラスからは人気があるんだって」
今度はゴルフのスイングをする耕平から離れて、健介は教室の中に目をやりました。夢雨がもくもくと机を運んでいます。長い髪がさらさらとゆれていました。もっとよく見ようと、教室の窓に近づいたときです。女子たちのするどい声が背中に飛びかかってきました。
「ちょっとあんたたち、やる気あるの? 健介くんも、なにぼーっと教室の中見てるのよ」
「あっ、ごめんよ。ちゃんとやるよ」
あわてて健介は、サッサとほうきであたりをはきました。
「へへ、ごめんごめん、健介まで巻きこんじまったな。けどよ、男子に人気あるくせに、授業中ずっとあんなだから、眠り姫、女子にはかなりきらわれてるんだよ」
「ムダ口たたかない!」
「へいへい、わかってますって」
耕平は肩をすくめて、ちりとりでゴミを集めはじめました。健介もちりとりを手にして、もう一度ちらっと教室の中を見ました。そういえば夢雨のほかに、誰も机を運ぶのを手伝いません。教室担当の女子たちは、窓をふくフリをして、にやにや笑っています。
――ふーん、あいつやっぱり、みんなからきらわれてるんだな。まあ、あんなことしてるんだから、当然だよな――
健介はゴミを集めながら、フンッと鼻を鳴らしました。
帰りの会が終わっても、健介はしばらく教室に残っていました。チラッとうしろをふりかえり、夢雨の様子を確認します。夢雨はなにかを探しているようで、ランドセルにがさがさと手をつっこんでいます。
――とにかくみんなにばれないように、あいつに文句いわないと。放課後にあいつと話してるところ見られたら、最悪ぼくもあいつにコクってるって思われちゃうからな――
「どうした健介、帰らないのか?」
「あっ、耕平くん、ぼくちょっと探し物があるから、先に帰っててよ」
「そうか。じゃあまた明日な」
耕平が帰り、ついに教室には夢雨と健介だけになりました。健介は大きく深呼吸しました。
――ようし、いってやるぞ。あいつに文句を、いってやるんだ――
そう思いながらも、なかなか健介は夢雨に話しかけられません。いざとなると、足がすくんで前に出られなくなるのです。ぐずぐずと机の中を探すフリをしていると、夢雨のほうから近づいてきました。
「どうしたの? わたしになにか用があるんでしょう?」
抑揚のない声で話しかけられ、健介は言葉につまってしまいました。夢雨にいう文句を探しながら、つい別の言葉が出ていました。
「いや、別に。夢雨は、どうして残ってるの?」
「わたしは探しものしてるだけよ」
「探しものって?」
夢雨は健介から顔をそむけました。五月なのに教室の中は寒々しく、健介はぶるっとみぶるいしました。しばらくすると、夢雨は首をふって、つっけんどんに答えました。
「別にあなたには関係ないわ。それよりなにか用があるんでしょ?」
夢雨にじっと見すえられて、健介はなにも答えることができませんでした。のどがからからになって、夢雨の顔をまともに見ることができません。夢雨は夢の中と同じように、ふうっとわざとらしいためいきをつきました。
「まあいいわ。それより、ちゃんと忠告は守ってくれるわよね」
「えっ?」
きょとんとしている健介に、夢雨があきれ顔でいいました。
「あなたもしかして、本当に、夢まくらの故障だって思ってたわけ? 夢まくらの中でまで寝ぼけるなんて。あれはわたしよ。わたしがあなたの夢の中に侵入したのよ」
「そんな、じゃあ」
健介の顔から血の気が引いていきました。夢雨の無表情が、バカにするような笑い顔に変わりました。
「そうよ。わたしは知っているの。あなたが少女マンガの世界に入りこんだってことを」
絶句する健介を、夢雨は満足そうに見つめました。かすかにおもしろがっているような口調で、夢雨は続けました。
「岡山が少女マンガ好きだったなんて、思いもよらなかったわ。でも、かわいかったわね、あの子。ほたるちゃん、だったかしら。あれだけかわいい子だったら、夢で会いたくなる気持ちもわかるわ」
「……ろよ」
「でも、本当に夢まくらを買うなんて、ちょっとびっくりしたし、正直引いたわよ。で、わかってるとは思うけど、このこと他の人に知られたくなかったら、ちゃんと忠告は守って」
「やめろよ!」
健介はバンッと机をたたきました。夢雨が一瞬押し黙ります。
「お前なんかに、なにがわかるんだよ! 人の夢の中にまで出てきて、邪魔をするお前なんかに」
「夢の中でもいったはずよ。夢まくらを使い続けると、大変なことになるの。夢の世界と現実の世界が区別できなくなってしまうわ。そうなったら」
「そんなの関係ない! お前はほたるちゃんとぼくとのデートを邪魔したんだ。ほたるちゃんのカラーページが破れたのだって、お前がぼくの夢の中に現れたからに決まってる!」
「ページが破れた? わたしが夢の邪魔をしたから破れたの?」
切れ長の目が、大きく見開かれました。健介は夢雨を指さし、声を張り上げました。
「そうだ、お前が夢の中でひどいことしたから、だから破れたんだ! せっかく大事にしてたのに、ぼくのほたるちゃんを、絶対に許さないぞ!」
夢雨の顔がわずかにくもりました。うつむいてじっと、考えこむ夢雨を、健介は憎々しげに見ています。しかし、夢雨が顔をあげると、健介はうっと目をそらしてしまいます。
「許さないなら、どうするつもり?」
夢雨は健介をにらみつけました。健介はしりごみしてしまいます。もともと夢雨は、女の子にしては背が高いほうでした。健介は背が低い上に猫背なため、見おろされているようです。
「どうせなにもできないでしょ。夢にこもっているだけで、口先ばっかり。で、用事はそれだけ? わたしはまだ探しものがすんでないから、もう話は終わりでいいわよね」
夢雨はくるりと健介に背を向け、自分のランドセルをあさりはじめました。健介はこぶしをわなわなとふるわせながら、夢雨の背中にどなりつけました。
「そんなだから、そんなだから女子からもきらわれるんだよ! 探し物だって、どうせ女子になにかかくされたとか、そんなオチだろ! 自業自得じゃないか!」
少しのあいだ固まったあと、夢雨がゆっくりと健介のほうにふりかえりました。切れ長の目がわずかにつりあがっています。
「そうよ。あなたのいうとおり、誰かがわたしの持ち物を隠したみたい。でも、別にきらわれるのはかまわないわ。探し物で帰りが遅くなるのはしゃくだけど、他の子たちがどう思おうと、わたしには関係ないもの。わたしにはやるべきことがあるんだから」
「他の人の夢に、勝手に入りこむことか?」
夢雨から顔をそむけたまま、健介はしぼり出すようにいいました。夢雨はまゆ一つ動かさずに答えました。
「ええ、そうよ。わたしは夢まくらを絶対に許さない。夢まくらを使う人も。だから今日も、他の人の夢に侵入して、もう二度と夢に逃げようなんて思わせないようにする。それがわたしの使命だから」
「使命だって? 他の人が、楽しい夢を見ようとするのを、邪魔するのが使命なのか?」
今度はまっすぐに、健介は夢雨をにらみつけました。夢雨の目が、わずかにゆれ動きました。
「わたしは、夢にとらわれて、現実を生きられない人たちを助けているのよ。それなのに、どうしてそんなふうに憎まれないといけないの? わたしはただ、パパとの約束を」
ハッと夢雨は、口を手で押さえました。
「パパ?」
夢雨の顔が、みるみるうちに赤くなっていきます。
「夢雨、お父さんのことパパって呼んでるんだ。なんだかちょっと意外だな」
「うるさいわね! 別にいいじゃない、なんて呼んだって」
夢雨が健介をにらみつけますが、ほおを真っ赤にしているので、怖さが半減しています。
「確か夢雨のお父さんは、どこかの研究所で働いてるんだろ? じゃあその約束って、もしかして夢まくらの」
「なんでもいいでしょ、とにかくもう夢まくらは使わないで! 使ったら岡山が少女マンガが好きな変態だって、みんなにいいふらしてやるからね!」
夢雨は自分のランドセルをひっつかみ、健介を手でドンッと押しのけました。うわっとよろける健介を見もせず、夢雨は教室から出ていきます。
「きゃっ!」
夢雨が手で持っていたランドセルがぶつかり、ゴミ箱がバタンッと倒れました。
「あっ、おい待てよ!」
夢雨は一瞬立ち止まりましたが、逃げるように走っていってしまいました。あとに残された健介は、しばらくその場に立ちつくしていました。
「なんだよ、あいつ」
チェッと舌打ちして、健介はランドセルをせおいました。
「あーあ、こんなにゴミが散らかってるし。まったく、なんてやつだよ」
ぶつぶつと文句をいいながら、健介はゴミを片付けていきます。
「あれ、なんだこれ?」
ゴミに混じって、ノートが捨てられていました。名前の欄に、きれいな字で久方夢雨と書かれています。
「これ、夢雨のだ」
健介は何気なく、ぱらぱらとノートをめくりました。ノートには日付と、その日なにがあったかがいろいろと書かれています。
「あっ、これ日記帳だ」
健介はあわててノートを閉じました。
「もしかしてさっき夢雨がいっていた、隠されたものって、この日記帳だったのかな。でも、なんであいつ学校に日記帳なんか持ってきてんだ」
健介はじっとノートを見つめました。
「なにが書いてあるんだろう、気になるな。もしかしたら、あいつの秘密がなにかわかるかもしれないし。いや、でもだめだ。いくら夢雨の日記でも、人の日記をのぞき見するなんて」
日記を夢雨の机に置こうと思った瞬間に、ほたるちゃんをバカにしたときの、夢雨の顔がうかびました。健介はぎゅっとくちびるをかんで、小さくうなずきました。
「そうだ、あいつだってぼくの夢をのぞき見したんだ。だから、ぼくもあいつの日記を、夢まくらでのぞき見してやる。それならおあいこだ」




