最終話
「しっかし、まさか夢まくらがあんなに危険なものだったなんてな」
掃除の時間、ほうきで野球の素振りをしながら、耕平がいいました。
「しかも担当者が、『眠り姫』のお父さんだったなんて、おれも初めて知ったぜ」
「ちょっと男子、ごみが飛び散るから止めなさいよ!」
「へーい」
耕平はしぶしぶ素振りを止めました。
「ちぇっ、怒られちまった。ん? どうした、健介。なんか元気ないみたいだけど」
「えっ、ああ、なんでもないよ」
健介は首をふって、ほうきをさっさと動かしました。
――夢雨、大丈夫かな――
光治さんは夢の世界から帰還したあと、夢まくらプロジェクトの危険性を世間に発表し、自分もそのプロジェクトのトップだったと明かしたのです。この発表に、日本はもちろん、世界中が大騒ぎになりました。
――芹沢はもちろん逮捕されたけど、でも、夢雨も夢雨のお父さんも大変なことになっちゃったからな――
芹沢は夢まくらの危険性を隠していたことや、強引に他人の記憶を消していたことなど、様々な悪事が公になり、つかまったのです。しかし、それだけでは収まりませんでした。画期的な商品として注目を浴びていた夢まくらです。それが危険性を隠して運用されていたということで、公表した光治さんたちもマスコミに追われることになったのです。
――夢雨も、もう何日も学校に来てないや――
光治さんの顔は連日ニュースで報道され、夢雨の家はもちろん、学校にまでマスコミが押しよせてきたのです。そうなることを見越していたのでしょう、発表の日からずっと、夢雨は学校に来ていませんでした。夢雨に会えずに、健介はぽっかりと胸に穴が開いたような、そんなさびしさをずっと感じていたのでした。
――早く会いたいのに。会っていっぱい話がしたいのに――
放課後、耕平と別れてとぼとぼと歩きながら、健介ははあっとため息をつきました。ちなみに健介が持っていた夢まくらは、危険性があるということで、政府に没収されてしまったのです。もちろん、ゲーム機を買ったといううそもばれてしまい、健介は親にこっぴどく怒られてしまいました。
――もう、会えないのかな――
灰色にくもった空は、いつか見た夢の中での空にそっくりでした。
「どうしたの、そんな泣きそうな顔しちゃって」
不意に声をかけられて、健介は飛び上がらんばかりに驚きました。
「夢雨!」
そこには大きな紙袋を持った夢雨が立っていました。前よりもずっと、すっきりした顔をしています。
「わたし本当は、マスコミに追いかけられないようにって、パパからずーっと家にいるようにいわれてるの。でも、面白くないから抜け出してきちゃった」
そういっておかしそうに笑う夢雨は、日記の中で見た夢雨とまったく同じでした。健介はびっくりしたのと、うれしかったのとで、少し裏がえった声でいいました。
「夢雨、もう会えないかと思ってたよ」
「そんなことにはならないわ。それにわたし、まだ健介君に謝ってなかったもんね」
そういうと、夢雨は健介に紙袋を手渡しました。中にはカバーがかかった、ほたるの夕べが全巻そろって入っていたのです。
「えっ、なんで?」
「だって健介君、いってたでしょ。わたしと初めて夢で会ったとき、この女の子のカラーページが破れたって。でも、どの巻なのかわからないから、とりあえず全部買ってきたの。結構高かったんだからね」
すねたように顔をそむける、夢雨のほおが赤くなっていました。健介は困ったような笑い顔で、夢雨を見ていましたが、やがてうなずきました。
「こらこら、おとなしくしとかないといけないのに、出歩いちゃだめじゃないか」
面白がっているような口調で、光治さんが話しかけてきました。健介が目を丸くします。
「おじさん、どうしてここに? っていうか、おじさんこそ外に出たりして、大丈夫なんですか?」
「ああ、夢まくらについての弁明はあらかた終わったからな。マスコミも次のスクープを探しだすころだし、そろそろ大丈夫だと思ってさ。それより夢雨、健介君にプレゼントは渡したのかい?」
「もう、変ないいかたしないで。わたしはただ、健介君がほたるちゃんに会えなくなって、泣いてるかもって心配だっただけよ」
健介の顔がゆでだこのように赤くなりました。
「だれだい、ほたるちゃんって? 健介君、もしかして君は、夢雨以外にもガールフレンドかいるんじゃないだろうね」
光治さんににらまれて、健介はあわてて首をふりました。
「違います違います、ほたるちゃんっていうのは少女マンガのキャラクターで、それにぼく、もうほたるちゃんのことはなんとも思ってないし」
「ほんとかしら? 夢の中だと、ずいぶん仲良さそうにしてたけど」
夢雨がじとっと健介を見つめます。ブンブンッと激しく首をふる健介を見て、夢雨と光治さんが同時に笑いだしました。
「ふふっ、ごめんなさい、健介君からかうの面白くって、つい」
「まったく……」
「でも、ちゃんとわかってるわよ。だってわたし、全部思い出したんだから」
「思い出したって?」
ぽかんとしている健介を、夢雨はじろりとにらみました。
「もう、もしかしてさっきのお返し? ほら、夢の中でいったでしょ、夢から無事に出られたら、どこまで思い出したか教えるって」
夢雨のほおが赤く染まっています。健介は夢の中の出来事を思い返して、やっぱり同じように赤くなってしまいました。
「いったいなんのことだい? 思い出したって、なにを思い出したんだ?」
光治さんに聞かれて、夢雨は怒ったようにそっぽをむきました。
「なんでもないの! パパには関係ないんだから! もうっ、わたしはもう小さな女の子じゃないのよ、パパに内緒の秘密くらいあるわよ」
「ああ、そりゃごめんよ。でも、それはそれでうれしいかもな。夢雨がそれだけ大人になったってことだから」
ハハハと笑う光治さんを見て、夢雨はほおをふくらませましたが、やがてこらえきれなくなったのか、笑いだしてしまいました。健介もつられて笑います。ひとしきり笑いきったあと、健介は少し心配そうに光治さんにたずねました。
「でも、本当に大丈夫なんですか? おじさん、研究所を辞めちゃったんでしょう」
光治さんは、直接の責任は問われませんでしたが、夢まくらプロジェクトのトップだったということで、けじめをつける意味で、研究所を辞めていたのです。
「ああ、しばらくは休養といったところだな。大きな声ではいえないが、けっこう多く退職金ももらったし。それに、研究所は辞めても、研究は続けることができる。わたしはこれからも、夢の研究を続けようと思っているんだ」
「えっ?」
健介はもちろん、夢雨も驚いた顔をしています。光治さんは二人の頭をうれしそうになでました。
「夢の世界で、君たち二人は抹消プログラムに打ち勝ったんだ。理論的には、抹消プログラムを人間が打ち破ることなんて不可能なはずなのに、君たちはそれを乗りこえることができた。つまり、それだけ人の夢にはパワーがあるっていうことだよ。そのパワーを研究し、解明していくことが、わたしのこれからの生きがいの一つなのさ」」
光治さんの顔を、夢雨がほこらしげに見あげていましたが、やがて首をかしげました。
「じゃあ、パパのほかの生きがいってなんなの?」
光治さんはにっこり笑って答えました。
「それはもちろん、夢雨の成長を見守ることだよ。三年間いっしょにいられなかったんだ。これからはずっといっしょだよ」
夢雨はそっと目じりをぬぐって、それから光治さんによりそいました。その髪には、あの古風な銀の髪飾りがよく似合っていました。
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