第三十六話
窓だらけの森で、健介は目を覚ましました。夢雨が切れ長の目を見開いて、健介の顔をのぞきこんでいます。泣いていたのでしょうか、夢雨のほおには涙のあとが幾筋もできていました。
「健介、君……?」
健介はこわごわからだを起こしました。抹消プログラムから受けたはずの傷は、ここでもなくなっていました。ただ、服だけは血だらけで、左手の盾も真っ二つに割られています。健介はハッと顔をあげました。
「なぜだ? なぜ生きている? ……だが、まあいい。どうせ同じことだ。我が力の前には、その盾も無力だからな」
抹消プログラムが、再び黄金の剣をふりあげました。しかし今度は、夢雨のほうが一瞬早く、黄金の矢で抹消プログラムのうでを射抜いたのです。黄金の剣がふきとびました。夢雨は間髪いれずに、黄金の矢を連射します。抹消プログラムはうしろにさがり、ふきとばされた黄金の剣をひろいました。
「健介君、早く逃げて!」
夢雨がどなり声をあげましたが、健介はそこを動きませんでした。健介の右手が、まばゆい銀の光につつまれていたのです。
「おい、なにしてやがる! 早くその小僧をやってしまわんか!」
芹沢のだみ声が聞こえてきて、抹消プログラムが再びおそいかかってきました。しかし、銀色の光が壁となって、抹消プログラムを押し戻したのです。黄金の剣で光に切りかかりましたが、光は剣をはじき返しました。
「なんだ、この力は? なぜ我が力が通じないのだ!」
むちゃくちゃに黄金の剣をふりまわしても、抹消プログラムの攻撃はまったく銀の壁を傷つけることができません。健介はそっと右手を開きました。そこには時雨さんから渡された、あの銀の髪飾りがにぎられていたのです。
「それは、ママがいつもつけてた髪飾り? でも、どうして健介君が?」
健介は答えるかわりに、夢雨の長い黒髪に、その古風な髪飾りをつけてあげました。健介が思ったとおり、髪飾りは夢雨によく似合っていました。
「お母さんから、君へのプレゼントだって。夢雨、すごいきれいだよ」
夢雨の顔が、一気に真っ赤に燃えあがりました。急いで顔をそむけて、怒ったようにいいました。
「こんなときに変なこといわないでよ!」
しかし、健介はそんな夢雨の手をにぎって、それから静かに続けました。
「夢雨、もう一度だけ、ありったけの力をこめてあいつに矢をはなとう。ぼくもいっしょに弓を引くから」
健介の言葉に呼応して、夢雨の弓が銀色の光をはなちはじめました。さっきの光と同じ温かさに、夢雨は自然とうなずいていました。
「おい、なにやってる! バージョンアップしたんだ、あんなやつらに負けるんじゃねえぞ!」
汚い言葉でののしる芹沢を、抹消プログラムはにらみつけました。芹沢はうっとたじろぎます。抹消プログラムは芹沢を無視して、健介と夢雨に向きなおりました。
「ふん、バグどもめ、調子に乗るなよ。我が全力を持って、お前たちを抹消してやる!」
抹消プログラムが、とんでもないスピードで剣をつきだし飛んできました。全身が金色に輝き、まるで流星のようです。夢雨と健介は、二人で弓の弦を力いっぱい引きしぼりました。黄金の矢が、太陽のように白熱した銀の矢へと変わっていきます。
「行くよ、三、二、一……今だ!」
二人は同時に弦を放しました。銀の矢が金の流星をつらぬき、そして粉々にくだいたのです。抹消プログラムは跡形もなく消し飛び、その破片は黒いちりとなって消えていきました。
「そんな、おれの抹消プログラムが……。くそ、こうなったらおれだけでもこの世界から逃げ出さないと!」
うずくまっていた芹沢が起き上がって、窓の森へと脱兎のごとく逃げ出しました。健介たちが急いで追いかけようとしましたが、芹沢の足元からがっしりしたおりが現れ、芹沢を閉じこめてしまったのです。
「なんだ、これは。おい、ここから出せ!」
「お前にはしばらくここで反省してもらうぞ、芹沢」
窓の森から、光治さんがすがたをあらわしました。
「パパ!」
夢雨が光治さんに飛びつきます。健介も急いで光治さんのもとへかけよりました。
「よかった、無事だったんですね。出口は見つかりましたか?」
「ああ、夢雨のおかげで見つけることができたよ。それに君も。二人とも無事でよかったよ」
光治さんが夢雨を力強く抱きしめ、健介の肩を親しみをこめてたたきました。
「さあ、それじゃあ帰ろう。わたしたちの世界へ」
「でも、パパ、いいの? わたしのせいで、ママに会えなくなっちゃうのに」
夢雨がえんりょがちに聞きました。心配だからでしょうか、夢雨はぎゅっと目をつぶって身をちぢめています。光治さんは笑い出しました。
「ハハハ、そんなこと心配してたのか? さっきいっただろう。わたしにとって一番大切なのは、夢雨と作るこれからの未来なんだ。……それに、思い出はいつだってわたしの心の中にある。時雨はいつまでも、わたしの心の中で生きているんだ。さあ、帰ろう。現実の世界へ」
夢雨と健介はうなずき、出口へと歩んでいきました。




