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第三十二話

「危ないっ!」


 ありったけの精神力をこめて、健介が左手の盾で夢雨を守りました。黄金の盾と黄金の剣がぶつかりあい、そして両方とも砕けちります。その衝撃で、健介はふきとばされ、もんどりうって地面に倒れこみました。


「ああっ、盾が!」


 健介は必死で、砕けた盾の破片をかき集めようとしました。夢雨も健介のもとへかけより、盾の破片にふれたとたん、その両手が金の光に包まれたのです。夢雨が悲鳴をあげました。


「これ、なんなの? 健介君!」

「盾が、夢雨に吸いこまれていく……?」


 黄金の盾の破片は、夢雨のうでに吸収されて、そして消えていきました。信じられないといった表情で、夢雨が健介に顔を向けます。


「とにかくこっちへ!」


 ふるえていた夢雨の手を取り、健介は抹消プログラムへと背を向けました。抹消プログラムはかすかに首をかしげましたが、やがて再び両手をかかげました。もう一度さっきの剣を作り出すつもりです。光治さんが声を荒げました。


「だめだ、こいつにはなにをやっても勝つことができない! 早くここから逃げるんだ」


 健介もうなずき、光治さんのところへかけよろうとします。しかし夢雨の様子がなにか変でした。走りながらも、じっと両うでを見つめています。


「健介君は……そうか、わたしを、わたしの心たちを守ってくれた。光も、闇も。なら……」

「夢雨?」


 健介から手を離し、夢雨は抹消プログラムに向き合いました。歯を食いしばって、抹消プログラムをにらみつけます。


「だめだ、夢雨! 早く逃げないと」


 健介がさけんで、夢雨を連れ戻そうとします。夢雨の両うでが、金色に輝きはじめました。


「汚らわしいバグどもめ、浄化してやる!」


 抹消プログラムの手にも、目がくらむような光が集まっていきました。再びあの黄金の剣を作り出す気でしょう。それより早く、夢雨がうでを前につきだしました。竜巻が手から発せられ、抹消プログラムをふきとばします。抹消プログラムは、竜巻にもみくちゃにされましたが、黒いつばさをわずかにはためかせるだけで、風をすべて打ち消してしまいました。


「やはりやつにはなにをしても効果が」

「健介君に、近づかないで!」


 夢雨のさけびとともに、夢雨の両うでに黄金の弓矢が現れました。ワクチンの矢と同じように、夢雨はつがえた矢を抹消プログラムにはなちました。矢が抹消プログラムの胸に突きささり、動きが止まります。


「あっちへ行きなさい!」


 目にもとまらぬ連射で、夢雨は抹消プログラムに黄金の矢をはなちまくりました。矢が胸に何本も突きささり、最後に夢雨は三本同時に矢をつがえてはなったのです。抹消プログラムは矢の勢いに押され、吹きとばされました。地平線のかなたへ飛ばされていく抹消プログラムを見て、光治さんがぽつりとつぶやきました。


「なんて力だ、抹消プログラムとまともに戦うことができるなんて……」


 ぼうぜんとしている光治さんには目もくれず、夢雨は健介のそばにかけよりました。すり傷だらけになっていますが、どうやら無事なようです。


「健介君、大丈夫?」

「ああ、ぼくは大丈夫だ。でも、夢雨は……すごかったけど、大丈夫か?」


 夢雨はうなずき、健介のからだを抱き起こしました。突然のことに、健介の顔がボッと赤く染まりました。夢雨は自分の弓矢を見せて、健介にいいました。


「この弓矢は、健介君の盾と同じよ。健介君が守ってくれた、わたしの心たちが宿っている。だから、あいつの、抹消プログラムにも攻撃が効くみたいだわ」

「わたしの心たちってことは、夢雨、思い出したのか?」


 うなずく夢雨を見て、健介はハッとしました。顔が燃えるように熱くなり、今さらながら恥ずかしさに胸がもだえました。夢雨のほおも赤くなっていますが、首をふって小声でささやきました。


「どこまで思い出したかは、秘密。ここから無事に出られたら、教えてあげるわ」

「夢雨……」


 切れ長の目を細めて笑う夢雨に、健介は力強くうなずきました。


「ああ、絶対にここから無事に出よう! ……だけど、このままだとどうやっても勝ち目はない。ぼくの盾も、一発しか耐えられないし、そもそももう一度出せるかどうかもわからないよ。砕けてしまったんだから」


 夢雨は切れ長の目を細めて、ふふっと笑いました。どぎまぎする健介をよそに、夢雨は続けました。


「盾はちゃんと出せるわ。だって、わたしがここにいるんだから。わたしがここにいる限り、心は健介君とともにあるよ。それに、あいつを倒す必要はないわ。わたしたちはこの世界から脱出すればいいんだもの」


 それから夢雨は、光治さんのほうへふりむきました。


「パパ、お願いがあるの」


 夢雨に呼ばれて、光治さんも二人のところへ走ってきました。光治さんはあせった様子でいいました。


「すごい力だが、抹消プログラムにはほとんどダメージはないだろう。早く出口を見つけないと」

「パパ、出口を探すのは、パパに任せるわ」

「なんだって?」


 光治さんはすっとんきょうな声をあげましたが、夢雨はその手を取って続けました。


「パパじゃないとだめなの。だってこの世界は、パパとママの世界なんだもの。出口を見つけられるのは、パパにしかできないわ」

「だが、わたしはどうすれば」


 今度は夢雨が、健介を見ました。ぽかんとしている健介に、夢雨がたずねました。


「健介君、あなた、わたしの日記の世界で、どうやってわたしの思い出を見つけたの?」

「えっ? ああ、あのときは確か、光っている窓を見つけて、それでそこに幸せそうな夢雨のすがたが映っていて……」


 健介がいい終わらないうちに、世界が再びすがたを変えていきました。野原から何本もの木が生えてきて、木が四角く変形していったのです。それは日記の世界と同じ、思い出を映す窓へと変わっていきました。


「これは、いったい……」


 驚く光治さんでしたが、窓に映る景色を見て、思わずあっと声をあげました。光治さんと時雨さんが、ベンチにすわってくつろいでいるすがたが映し出されていたのです。急いで他の窓にも目をやると、どの窓にも、光治さんと時雨さんの幸せそうな様子が映し出されていました。夢雨が静かな声でいいました。


「きっとこの窓のどこかに、パパとママの一番の思い出が映っているはずよ。その思い出を見つけてほしいの」

「だが、夢雨たちはいったいどうするんだ? まさか」


 光治さんの顔が、驚きと恐怖でゆがみました。夢雨の手をつかみ、首をふります。


「夢雨、お前抹消プログラムと戦うつもりなのか? だめだ! あれは人間の精神力が手出しできるような代物じゃない。捕獲プログラムですら、どうしようもないといわれていたのに、それをバージョンアップさせた抹消プログラムとなると、精神を消されてしまうぞ!」


 しかし夢雨は、光治さんの手をにぎりかえしてうなずきました。


「大丈夫、わたしだってあんなやつに、勝てるとは思っていないわ。でも、守ることならできる。健介君が教えてくれたもの。戦うんじゃなくって、守ることこそが大事だって。わたし、守りたいの。パパとママの思い出を、あの悪魔から」


 夢雨はまっすぐに光治さんを見つめました。光治さんはまだなにかいいたげでしたが、やがて口をつぐみました。


「わかった。だがこれだけは約束してくれ。危なくなったら、どうしようもなくなったら、すぐに逃げるんだぞ。思い出なんてこれからいくらでも作れるんだ。パパにとって一番大事なのは、過去じゃなくて、夢雨と作るこれからの未来なんだから。それだけは約束してくれよ」


 夢雨はにっこりと笑って立ち上がりました。健介も立ち上がって、光治さんにいいました。


「ぼくが前に出口を見つけたときは、窓が、そして窓に映る映像が光っていました。心の中にある、一番幸せな思い出を探してください。思い出と、それに夢雨はぼくが守ります」

「ありがとう。……頼んだぞ」


 光治さんは、窓の森の奥へと走っていきました。


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