第三十話
キキキキキと甲高い笑い声をあげて、捕獲プログラムが三人にせまってきました。絵の具をごちゃまぜにぬりたくったような、ぞっとする虹色をまきちらしながら、捕獲プログラムが夢雨に飛びかかります。健介が盾を夢雨の前にイメージしますが、捕獲プログラムの槍が健介の盾をつらぬきました。紙一重で夢雨には届きませんでしたが、健介はきもを冷やしました。
「こっちだ、夢雨、健介君!」
光治さんが二人に呼びかけます。そこにはいつの間にかワゴン車が用意されていました。ワゴン車のドアを開けて、光治さんが手をふっています。
「パパ、どうやったの?」
「イメージしたんだ、夢まくらの中ではイメージしたものがすべてだからな。だが、あの捕獲プログラムは違う。あいつはバグを修正するためのプログラムだから、わたしたち夢まくらを使っている人間のイメージは通用しない。できることは逃げることだけだ」
健介と夢雨が乗りこみ、光治さんは急発進させました。遠くからキキキキキと、ガラスを引っかくようないやな笑い声が聞こえてきます。
「そんなもんでオレ様から逃げようってのか? バカどもが、キキキキキ!」
バックミラーに映る捕獲プログラムが、手に持っていた槍を地面につきさしました。そのとたん、ガタンッと大きなゆれとともに、車が止まってしまったのです。
「そんな、ガス欠だと? いや、これはまさか」
ガソリンメーターをにらみつけていた光治さんは、はじかれたようにドアを開けました。
「二人とも、早く降りるんだ! 今すぐ!」
「どうなってるの、パパ?」
「話はあとだ、とにかく降りるんだ!」
光治さんにうながされて、夢雨と健介はあわてて車から逃げ出しました。三人が抜け出してすぐに、車がボンッと炎上したのです。健介は口をあんぐり開けて、捕獲プログラムをにらみつけました。
「なんてやつだ、あいつ、ぼくたちを殺すつもりか?」
「あいつはまだいいほうだ。もし芹沢が、捕獲プログラムをいじって、もっとひどいものにしていたのなら、あんなもんじゃなくなる」
光治さんの手に、ごつい機関銃がにぎられていました。それもイメージしたものなのでしょう、光治さんは捕獲プログラムめがけて乱射しました。機関銃の爆音に負けないくらいの大声で、健介と夢雨にさけびました。
「二人とも、わたしがあいつを足止めしている間に逃げるんだ!」
「そんなのいやよ! わたしたちもいっしょに戦うわ!」
銃弾をくらっても、ぴんぴんしている捕獲プログラムの頭上に、巨大な隕石が出現しました。夢雨がイメージしたのでしょう。さらに四方からもビルほどの大きさの巨岩が、捕獲プログラムにせまります。
「同じ手は食わないぜ、キキキキキ」
捕獲プログラムは槍を目にもとまらぬ速さでふりまわし、隕石も岩もあっという間にくだいたのです。しかしくだかれた岩の破片が、いっせいに爆発し、捕獲プログラムを炎の柱が包みこみました。
「同じ手は食わないといったはずだぜ! キキキキキ」
捕獲プログラムはブンッと槍をふりまわして、巨大な竜巻を引き起こしました。炎の柱が、竜巻によってかき消されていきます。夢雨の目が大きく見開かれました。
「今度はオレ様の番だぜ、キキキキキ」
捕獲プログラムの耳ざわりな声が、竜巻の中から聞こえてきました。なにが起こってもいいように、二人は身構えます。すると突然、竜巻の中から、一気に槍がのびてきたのです。
「夢雨、危ないっ!」
夢雨のからだを、健介ががっしりつかんで横っ飛びします。夢雨がいたところを、捕獲プログラムの槍がつらぬきます。健介は槍に重石がまきつくイメージをして、左手の盾をかまえました。
「そんな盾でオレ様とはりあおうってのか? 死にたいらしいな、キキキキキ」
重石は簡単にくだけ、捕獲プログラムは健介に向かって槍をのばしました。槍が健介の盾につきささります。
「キキキキキ、くし刺し、一丁上がりだぜ」
「健介君!」
夢雨の悲痛なさけびがこだましました。捕獲プログラムがキキキキキと笑っていますが、やがて笑いが焦りの声に変わりました。
「キキキキキ……なんだ、どうして槍が抜けないんだ?」
健介の盾が、金色に輝いています。盾につきささった捕獲プログラムの槍が、だんだんと金色に変わっていきます。捕獲プログラムが世界を虹色に侵食していくように、健介の盾が槍を金色に侵食しているようです。捕獲プログラムがぐいぐいと槍を引き、なんとか盾から引き抜きました。つらぬいたはずの健介の盾は、傷ひとつ残っていませんでした。
「なにっ、なぜだ、なぜバグであるお前なんかが、オレ様の槍を受けられるんだ?」
捕獲プログラムはキキキキキと、狂ったように笑い出し、健介の盾に何度も何度も槍をつきつけてきました。そのたびに盾は甲高い音をたてて、槍の穂先をはじきます。
――健介君は――
――わたしたちが守るから――
光と闇の夢雨の声がして、健介はハッと顔をあげました。盾にありったけの力をこめて、健介は夢雨にさけびました。
「夢雨、そのまま逃げるんだ! こいつは、ぼくが引き受ける!」
「そんなことできるはずないじゃない! 健介君を置いていくなんてできない、そんなのいやよ!」
夢雨はすがるように光治さんを見ました。光治さんはぐっとくちびるをかみしめていましたが、どうしようもありませんでした。
「くそ、せめてパソコンの上であれば、捕獲プログラムも止めることができるのに」
槍を防ぎ続ける健介を見ながら、夢雨はハッと顔を上げました。光治さんに早口で問いかけます。
「パパ、あいつがもしプログラムだったら、そのプログラムを止めるプログラムって覚えてる?」
「えっ、ああ、覚えてるが、いったいなぜそんなことを?」
「わたしに考えがあるの。パパ、そのプログラムを覚えてる限りでいいから、頭の中に思いうかべて」
夢雨にいわれて、光治さんは目をつぶって集中しはじめました。金色の盾は、捕獲プログラムの槍をはじいてはいますが、どんどん傷つき、ぼろぼろになっていきます。夢雨は光治さんの頭にふれて、自分も集中してなにかをイメージしはじめました。すると、夢雨のうでに、木でできた小さな弓と、真っ白な矢が現れたのです。夢雨は弓に矢をつがえ、キリキリと弦を引きました。
「健介君、ふせて!」
夢雨の声がして、健介がバッと身をかがめました。健介のいたところを、すんでのところで真っ白い矢が通過していきます。矢はそのまま捕獲プログラムにつきささりました。
「なんだこりゃ? こんな矢で、このオレ様が……キ? キキ? キキキ……キキィーッ!」
捕獲プログラムが、鼓膜が破れそうになるほど甲高く、不快な断末魔をあげました。耳を押さえる三人の目の前で、捕獲プログラムは虹色の破片となって砕けました。破片はシューッとガスが抜けるような音とともに、黒い灰となって消えていったのです。捕獲プログラムの断末魔がやみ、あたりに再び静寂がおとずれました。




