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第二十九話

 三人の背後から、低いだみ声が聞こえてきました。夢雨の顔が恐怖にゆがみます。光治さんはふりむき、とげとげしい声でいいました。


「その声は、芹沢か」


 そこにいたのは、やせた長身の男でした。色白でくすんだ肌は、健康的とはいいがたく、どことなく不吉な印象を与える男でした。健介がちらりと夢雨のほうを見ると、夢雨はその男の顔にくぎづけになっていました。額に汗がにじんで、切れ長の目を大きく見開いています。


「どうして君がわたしの夢の中にいるのかはよくわからないが、いったいなんの用だ、芹沢。まさかわたしたちを助けるためにむかえに来てくれたのか?」


 芹沢と呼ばれた、やせた長身の男は、いやらしい笑いをうかべました。くぼんだ眼がギラリと光り、育ちすぎたコウモリが獲物をねらっているかのようです。夢雨がぎゅっと、光治さんのうでにしがみつきました。


「久しぶりですね、久方博士。どうでしたか、初代夢まくらの夢心地は?」


 芹沢がまるでバカにしたような口調で問いかけてきたので、光治さんは顔をしかめました。油断なく芹沢を見ながら、光治さんは皮肉っぽく答えます。


「そうだな、覚えていないのでなんともいえないが、夢から覚めて三年以上経っているなんて、まるで浦島太郎のようだからな。残念ながら、夢まくらには重大な欠陥があるといわざるを得ないよ。これではとてもじゃないが、商品化することはできない」


 芹沢はわざとらしく両手を広げて、驚きの表情を作りました。動作がいちいち人をいらだたせるようなものだったので、光治さんはもちろん、健介も芹沢をにらみつけます。芹沢はしばいがかった口調で再びたずねました。


「なるほど。では、このプロジェクトは破棄すると?」

「ああ。夢まくらはすばらしい商品になるはずだったが、しかたない。危険性がある以上、このプロジェクトは破棄するしかない」

「それじゃあだめなんだよ」


 芹沢は、光治さんをにらみつけながら、はき捨てるようにいいました。さっきまでのバカにしたしゃべりかたはかなぐり捨てて、感情をむき出しにしてどなったのです。


「夢まくらはもうすでにすばらしい商品になってるんだ。それをいまさら危険性があるなんて発表されたら、おれの築いてきた地位は、完全に崩れちまう!」


 光治さんは目をむきました。怒りで声をふるわせながら、芹沢を問いただしました。


「すばらしい商品に、なっているだと? まだ研究段階だったはずだ。それに、三年以上夢にとらわれている人間がいたのに、その危険性を無視して商品化できるはずがないだろう?」


 芹沢は鼻で笑って、肩をすくめました。あおるようにあざ笑いながら答えたのです。


「ああ。だから大変だったぜ、上を丸めこむのは。あんたが夢まくらの実験ではなくて、病気で意識を失ったことにして、夢まくらの最終チェックを通したんだ。それでようやく商品化にこぎつけたってことさ。クハ、クハハハハ」


 そのいやらしい笑い声を聞き、夢雨がヒッと短い悲鳴をあげました。芹沢が夢雨のおびえた顔をとらえます。なめるような視線をあびせかけられ、夢雨ががたがたとふるえだします。芹沢はにやりと笑いかけました。


「そうか、おじょうちゃんは久方博士の娘だね。そうだよ、おじさんのことは覚えているだろう?」


 夢雨はふるえを押さえこもうとしてか、光治さんのうでに強くしがみつきました。がまんできなくなったのか、光治さんは芹沢にどなりつけました。


「芹沢、貴様、夢雨になにをしたんだ!」

「なにもしちゃいないさ。ただ、その子だけは、あんたが夢まくらのせいで意識を失ったと知っていたんだ。パパを返せって、泣きながらおれにつかみかかってきてね。だが、証拠はなにもないわけだ。小娘一人がわめいたところで、世間は知ったこっちゃないってことさ。それでもおれにつっかかってくるから、ちょっとばかり世間の厳しさを教えてやったってわけさ。なあ、おじょうちゃん」

「貴様!」


 今にもなぐりかかろうとする光治さんに、芹沢はパッと手を突き出しました。その手にはなぜかフラッシュメモリを持っています。


「芹沢、まさか貴様……」


 目をむく光治さんを無視して、芹沢は話を続けました。


「それに対して、今やおれは、夢まくらを完成させた天才科学者。それなのにあんたがのこのこ出てきて、夢まくらに欠陥があるなんて発表したら、それこそおれは夢から覚めちまう。だからあんたには、ここでずっと眠っておいてもらうのさ」


 芹沢がパチンッと指を鳴らすと、芹沢の両脇から落書きのような悪魔が二体現れました。捕獲プログラムです。健介が盾を左手にイメージし、夢雨たちの前に立ちふさがりました。


「ほほう、これほどのスピードで盾をイメージするとは。よほど夢に慣れているようだな。だが、そんなものはまったくのむだだ。普通の人間なら、捕獲プログラムにすらあらがうことはできない」

「そんなの、やってみなくちゃわからないじゃないか!」


 怒りをぶつけるように吠える健介に、芹沢は少し気おくれしたようにあとずさりました。しかし、すぐに健介をにらみつけてからあのいやらしい笑いを浮かべました。


「ふん、生意気な小僧だな。ずいぶんと威勢のいいことをいうが、あとで泣いて許しをこうことになってもおれは許してやらんぞ。おれの指先ひとつで、お前たちが消えてなくなるかどうか決まるんだ。そんな態度は損をするだけだと思うがな」

「お前なんかに許しなんてこうもんか! 夢雨にひどいことをしたんだろう? お前だけは絶対に許さないからな!」


 芹沢はチッと軽く舌打ちして、それから持っていたフラッシュメモリを見つめました。


「ケッ、なめた口をききやがって。そこまでいうならいいだろう。えんりょはいらんな。捕獲なんてなまぬるいことをいわず、それ以上に恐ろしいものを見せてやろう」


 芹沢はクククッと笑い声を上げ、捕獲プログラムにさっきのフラッシュメモリをつきさしたのです。つきさされた捕獲プログラムが、グニャグニャとゆがみ、虹色の光を放っていきます。


「それは、やはり貴様、捕獲プログラムのバージョンアップを!」


 光治さんが健介と夢雨の手をつかみました。ぐっと引っぱり、うしろを向きます。


「待ってください、あいつを一発ぶんなぐらないと!」

「だめだ、健介君! くそ、芹沢のやつ、捕獲プログラムをいじっていたなんて! もしわたしの予想が正しければ、あれは危険すぎる。早くここから脱出するんだ!」


 健介と夢雨を引っぱって、光治さんは芹沢からいちもくさんに逃げ出しました。芹沢は耳ざわりなだみ声で、もう一匹の捕獲プログラムに命じました。


「行け、やつらはおれの人生にとって最大のバグだ! あのバグどもをつかまえるんだよ!」


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