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第二十六話

「なんだ、ここは」


 景色が完全に変わって、あたりを見わたした健介は、言葉を失ってしまいました。そこは今までのような、整然とした世界とはまったく違う場所だったのです。地面はこげたさびのように赤黒く、熱気をおびた風がふきつけてきます。遠くからゴォォッと、うなるような音も聞こえてきます。遠くを見ようとしても、熱の影響でしょうか、ゆらいで蜃気楼のように見えるだけです。


「本当にここが夢の世界なのか? でも、なんでかわからないけど、さっきまでの世界よりも、リアルな感じがする。熱気も、息苦しさも」


 ごつごつとした岩山から、時おりマグマのようなどろっとした液体が、ふきだしては固まっていきます。足元を確認して、健介は思わずよろけそうになりました。夢雨の苦しそうなうめき声が聞こえて、健介は夢雨のすがたを探しました。


「夢雨、大丈夫か?」


 すぐ近くのごつごつした地面に、夢雨はぐったりと倒れていました。いつもの服装に戻っています。健介は急いでかけより、夢雨を抱え起こしました。


「うう……ここは……?」

「夢雨、よかった、気がついたんだ」


 夢雨は顔をしかめながら、焦点のあわない目で健介を見あげました。


「大丈夫? どこか痛むの?」

「うん、頭が、ガンガンするわ。ねぇ、健介君、ここはいったいどこなの?」


 夢雨はゆっくりと頭を上げました。あたりの荒廃した景色を見て、夢雨のひとみが大きくなります。


「どこって、夢雨もわからない場所なの?」

「わからない、確かわたし、パパの夢の世界に入っていたはずなのに」


 健介は目を丸くしました。気づかうような口調で夢雨に聞きます。


「夢雨、ゆっくりでいいから思い出してみて。ぼくと会ったことは、覚えてる?」


 夢雨はじっと目をつぶっていましたが、やがて弱々しく首をふりました。


「……覚えていないわ。わたし、健介君と会えたの? わからない。確か、パパに会って、そして……」

「夢雨、じゃあ君は覚えてないんだね? お父さんに操られてたことも、ぼくと戦ったことも」

「戦う? わたしが、健介君と? そんなことするはずないじゃない! だってあなたは、わたしの」


 そこで夢雨は、ハッと口を閉ざしました。頭をかかえて、苦しげに顔をゆがめます。


「おかしいよ、いったいどうなっているの? わたし、パパとママの世界に入ったはずなのに、どうしてこんな恐ろしい世界になっているの? まさかこれが、パパが望んだ世界だというの?」


 夢雨の目に、再び涙があふれてきました。健介はどうしていいかわからずに、夢雨を支えたまま、空を見あげました。血のように赤い夕焼けです。さっきのあの月は、この世界の太陽だったのでしょうか、赤黒い光が全てを焼きつくそうとしているように見えます。なんと高く、それなのにのしかかってくるような、とてもせまい空なのでしょう。熱で目がかわき、痛くなってきます。


「まるですべてが死に絶えたような、そんな世界だよ……」


 健介の言葉にこたえるかのように、うしろから声が聞こえてきました。


「気に入ってくれたかな。ここがわたしの本当の世界さ」


 聞いたことのある声でした。健介は急いでうしろをふりかえります。ごつごつした岩山に、ふさふさのひげを生やし、めがねをかけた男の人が立っていました。


「……パパ」


 夢雨がぽつりとつぶやきました。しかし、父親である光治さんは、夢雨には目も向けずに、憎々しげに健介をにらみつけました。


「いったい君はなんなんだ。どうして今になって、こんなにも邪魔が入ってくるんだ。せっかくわたしと時雨だけの世界を作りあげたというのに」

「時雨って、たしか夢雨のお母さんの名前だ」


 光治さんはぶすっとした顔でうなずき、すたすたと健介たちのところへ歩いてきました。光治さんが歩いたあとは、地面がくだけ、マグマがどろどろとふきだしていきます。熱気がからだじゅうからあふれているかのような、強い圧迫感がありました。


「そうだ、ここはわたしと時雨の、ずっと昔から夢見てきた場所だ。夢まくらの研究を終えて、ようやく時雨とめぐり会えたというのに」


 光治さんが初めて夢雨に視線をあわせました。しかしその目は、健介を見る目よりももっと、とげとげしく感じました。


「それもこれも全て、夢雨、お前がやってきてからだ! お前がわたしたちの世界に来てから、全てが狂ってしまったんだ!」


 光治さんが、夢雨に向かって手をつきだしました。そのとたん、夢雨が悲鳴をあげたのです。頭をグッと押さえて、その場にへたりこんでしまいます。そのすがたは、光の剣に映った夢雨とまったく同じでした。


「やめろ、やめろよ!」


 健介は盾をイメージして、夢雨の前に立ちはだかりました。夢雨と健介の前に、巨大な盾が現れます。


「盾などを作り出したところで、無駄なことだ。わたしは今夢雨の脳に直接攻撃を仕掛けているのだからな。物理的な防御など……」


 光治さんの目が見開かれました。盾が熱せられているかのように、どんどん赤くなっていったのです。あせったように光治さんが盾をにらみつけます。


「なぜだ? なぜ精神攻撃を防げるのだ? 君は、いったい」


 赤く光をまとっていた盾が、一気に熱を光治さんへはねかえしたのです。防御する間もなく、浩二さんに赤い光が直撃します。


「ぬおっ!」


 光治さんのからだがふきとびました。夢雨がふらつきながらも立ちあがり、健介の肩ごしから光治さんに顔を向けました。


「夢雨、大丈夫か?」

「ごめんなさい、ありがとう。なんとか大丈夫よ。……それより、パパは?」


 盾が消え、つちぼこりがおさまると、光治さんのすがたが見えてきました。もうすでに起きあがっています。強力な熱だったのに、直撃しても全くこたえた様子がありません。健介は息を飲みました。


「ふうむ、驚いたよ。まさかこれほどまでに、夢の世界で自由に力を使える人間がいるとは。わたしが夢まくらを開発していたときでは、普通の人間はただ夢の中を移動するぐらいしかできなかったんだが。それとも君が特別なのかな?」


 光治さんは興味深そうに健介を見つめました。じろじろと無遠慮な視線にさらされて、健介の胃がむかむかしてきます。まとわりつくような視線をはらうように、健介は頭をふりました。


「ぼくが特別かどうかなんて、そんなのどうでもいいじゃないか」

「いや、どうでもよくはない。わたしは研究者だからな。君のような人間には当然興味がわくものだ」


 光治さんが、めがねをくいっと指でかけなおします。健介のうしろから、夢雨が光治さんにたずねました。


「パパは、どうしてこんな世界にいるの? こんな恐ろしい世界に。本当にここが、パパが望んだ世界なの?」


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