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第二十五話

 光の剣をふり下ろそうとして、健介は闇の夢雨と目があいました。あきらめたような、それでいてすべてを恨むような、それは見たこともない夢雨の表情でした。健介は思わず光の剣を止め、そしてうしろへ飛びのきました。


「……夢雨?」

「とどめを刺さないなんて、あなたは本当に弱虫で、お人好しで、見ているだけでむしずが走るわ! あなただけじゃない、パパも、ママも、他の人たちもみんな、みんな、大っキライ!」


 はじかれたようにバッと起きあがり、闇の夢雨は闇の剣へと手をのばしました。闇の剣は、すいこまれるように夢雨の右手へと戻っていきます。健介は再び光の剣をかまえました。


「あんた、なんて、親に甘えて、家族に囲まれた、幸せ者の甘ったれじゃない!」


 闇の剣をふるうたびに、夢雨の涙が、夢雨の感情が、夢雨の想いがはじけて健介におそいかかります。光の剣でそれを受けるたびに、夢雨の悲鳴が二重になって聞こえてきます。


「なんだよ、夢雨、お前ぼくのことを、そんなふうに思ってたのかよ! くそっ、それなら!」


 健介も光の剣に、自らの感情を乗せて斬りかえしました。光の剣の取っ手が、熱くなり、持っている右手をさいなみます。剣の中の夢雨が、いやがっているかのようです。それでも健介はおかまいなしに、光の剣をふっていきました。


「お前だって、ぼくのことを、なんにも知らないくせにっ! ぼくが、どれだけ、お前を心配してたか、わかんないだろ!」


 二人ともお互いの剣に気持ちを乗せてぶつけるので、どちらの剣もどんどん刃こぼれしていきました。そしてそのたびに、夢雨の悲鳴が二重に聞こえてくるのです。闇の夢雨の目からも、光の剣に映る夢雨からも、どちらからも涙が流れています。光の剣が、燃えるように熱くなりました。


「キライ、キライ、キライ、キライ! パパも、ママも、健介君も、それに……わたしも!」


 闇の夢雨のさけびを聞いて、健介はハッと顔をあげました。闇の剣を光の剣で受け流し、健介はすばやく距離をとりました。


「どういうことだよ、夢雨?」

「パパのためだなんてうそついて、本当はずっと嫉妬していたの、わたし知っているのよ! 幸せな夢を見ている人たちに、ずっと嫉妬して、それで邪魔をしていたんでしょ!」


 闇の夢雨がいきりたって健介に斬りかかります。ですがそれは、健介ではなく光の剣に対する怒りだったのでしょう。健介は光の剣ではなく、自らの盾で闇の剣を防ぎました。光の剣をかばうように、闇の剣を傷つけないように。盾で夢雨の刃を受けていきます。


「ずっとその気持ちを隠して、パパを見つけるためだって自分をだまして、そんなわたしがずっと大嫌いだった! 最後は健介君の夢まで壊して、そんな自分をずっと責めてた!」

「夢雨……」


 もう健介は、光の剣をふるうことはできませんでした。ただただ闇の剣を、盾ではじいて防ぐだけです。盾に少しずつですが、亀裂が入っていきました。


「夢雨、落ち着くんだ! ぼくは君を、もう責めたりしないよ、だから!」

「うそつき、うそつき、うそつき、うそつき! さっきわたしを斬ろうとしたくせに! わたしにひどいことをいったくせに!」


 闇の夢雨は、頭をブンブンふって健介をにらみつけました。長い黒髪が、バサバサとゆれて顔にまとわりつきます。健介はなにもいえませんでした。なにもいわずに、ただ闇の剣を盾で防ぎます。


「どうしてなにもいわないのよ! わたしがあなたを攻撃するから? わたしがあなたにひどいことをいうから? わたしが」

「違う!」


 健介も激しく頭をふりました。闇の剣を止め、夢雨が健介を見つめます。健介はめがねをかけなおし、それから盾を下ろしました。


「夢雨にいわれて、気づいたんだ。ぼく、夢雨のことわかったようで、実はなんにもわかってなかったって」


 夢雨は静かに首をかしげましたが、なにもいいませんでした。闇の剣をおろして、健介の言葉を待っています。健介はまっすぐに夢雨を見たまま、話を続けました。


「ぼくは夢雨を……君を、闇の夢雨を斬れば、この光の剣に封じられている夢雨を、光の夢雨を助けられるって思った。でも、きっとそれは違うんだ。だって夢雨は……夢雨だから。光も闇もない。いや、光の夢雨も闇の夢雨も、どっちも夢雨なんだよ。この世界にたった一人の存在。そして……ぼくが好きになった夢雨なんだ」


 好きという言葉を口にしても、健介は照れることも、恥ずかしがることもありませんでした。それは当り前のことだったから。当り前なのに、この夢の中に来て、こうして闇の夢雨と戦うまで気がつかなかったことだったから。だから健介は恥ずかしがることもなく、言葉を続けることができました。


「それなのにぼくは、君を、闇の夢雨を斬ろうとした。でも、そうじゃなかったんだ。好きな人のいいところだけを、光の面だけを見るんじゃなくて、闇の面も、闇の夢雨も知らないと、本当に好きになったとはいえないんだって」

「……でもわたし、こんなにいやなやつなんだよ。自分のさびしさをうめるために、他の人の夢を、今までたくさんの人の夢を壊してきた。自分本位なお説教までして、たくさんの人の夢を台無しにした。それでもさびしさはうまらないで、パパとママの夢まで壊そうとした。幸せな夢の中にいるパパを、無理やり連れて帰ろうとしたのよ」

「夢雨、さびしいって思うのは当然のことだよ。それに、君がお父さんを、夢から助けたかったのは、夢にとらわれてほしくなかったからだろう。それは悪いことじゃない。いや、もし悪いことだったとしてもかまわない。君がどんなに闇の夢雨になっていこうとも、そんなのはどうだっていい!」

「健介君……?」


 否定されるのをおそれるように、闇の夢雨が健介を見ました。闇の剣が、パキパキという音とともにひび割れていきます。


「だって、どれだけ夢雨が悪いことをしていたとしても、闇の夢雨になったとしても、ちゃんとぼくが迎えに行くから。ぼくが夢雨を止めるから。もし止められなくても、ちゃんと罪をせおうよ。一緒にせおうよ。それを全部ひっくるめて、ぼくは夢雨が好きになったんだから」


 健介が持っていた光の剣にも、パキパキとひびが入っていきました。光の剣に映った夢雨が、かすかに笑ったように見えましたが、光の剣は粉々に砕けて、光の粒となっていきました。夢雨のほうを見れば、闇の剣も同じように、闇の粒となっています。光と闇はゆっくりとまじりあって、健介の盾へと吸いこまれていきました。


「どうして、ぼくの盾に?」


 ――わたしたちを、健介君が守ってくれたから。だから今度は、わたしたちが――


 銀色だったはずの盾が、まばゆい輝きをはなちました。健介は思わず目をおおいます。光がやんで、健介は目をまたたかせながら盾を見ました。


「色が……。それに、温かい」


 盾の色が、銀色から金色へと変わっていました。冷たい金属でできているはずなのに、盾からはしっとりとしたぬくもりが感じられます。健介はしばらく盾を手でなでていましたが、やがて夢雨へと顔を向けました。


「えっ、夢雨?」


 健介は思わず声をあげました。そこには夢雨が二人、向かい合って立っていたのです。一人はあの純白のドレスを着た、闇の夢雨でした。もう一人はいつもの服装の、光の夢雨でした。二人の夢雨が向かい合い、ゆっくりと近づいていきました。


「夢雨が……二つの心が、戻っていく」


 二人の夢雨はお互いを抱きしめあい、そして一つに溶けていきました。夢雨が一つの、完全なる心に戻るのと同時に、空では昼と夜がまざりあい、だんだんとまわりの景色が変わっていきました。さっきまで広い草原だった空間が、じょじょにゆがんで世界が変化していきます。ただ、あの不自然な月だけは空にうかんだままでした。月は冷たい銀の光から、月食のように赤黒い光へと変わっていきました。

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