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第二十三話

 健介は再び夢の中で目を覚ましました。ほおに冷たい風がふきつけてきて、思わずぶるるっとみぶるいします。急いで立ち上がり、健介はあっと驚きの声をあげました。


「なんだこれ、服が、変わってる!」


 今までの世界では、自分でイメージしない限り、服が変わるなんてことはありませんでした。ですが、この世界の健介の服装は、いつもの服とまったく違いました。シャツとズボンはいつものですが、その上にまとっているのが、青くふんわりとしたローブだったのです。そのすがたはまるで……。


「これじゃあ、ゲームの世界の魔法使いじゃないか」


 よく見ると足元にも、がっしりした木で作られた、長い杖が置いてあります。健介は杖をひろいあげました。


「それにしても、いったいここはどこかな」


 健介はあたりをぐるりと見まわしました。広い草原のようで、遠くに地平線が見えます。夜でしたが、不自然なほどに大きな月が、銀色に輝いているせいか、それほど暗いとは感じません。星はなく、時おり冷たい風がふきぬけていきました。ローブのすそをしっかりにぎりしめて、健介はもう一度あたりを見まわします。銀色の光につやめく、黒く長い髪をした少女が、健介をじっと見つめていました。


「夢雨!」


 名前を呼ばれて、夢雨はゆっくりと健介に近づいてきました。どうやらこの世界の夢雨は、ちゃんと健介のことを認識できているようです。健介も急いで夢雨にかけよります。


「よかった、無事だったんだね!」


 夢雨もいつものかっこうではなく、今日は真っ白なドレスを着ていました。すきとおるような白い肌に純白のドレス、そして髪は月の光に照らされて、いつもよりも黒くしっとりとしているようです。白と黒のコントラストが、いっそう夢雨を美しく、ミステリアスに見せていました。


「夢雨、きれいだ……」


 夢雨が小首をかしげました。自分がつぶやいた言葉を思い出し、健介は真っ赤になってしまい、早口でまくしたてました。


「ごめん、変なこといっちゃって。久しぶりに会えたからうれしくてさ。でもよかった、本当は会えるかどうか不安だったんだ」


 健介の顔を、夢雨は初めて会ったときのような、無愛想な表情で見ていました。夢雨の視線に気づいたのでしょう、健介は首をかしげました。


「えっと、どうしたの?」

「ねえ、どうしてきたの?」


 不意に聞かれて、健介は言葉につまってしまいました。そんな健介に、夢雨はくりかえしてたずねました。


「どうしてわたしを追ってきたの?」

「えっと、そりゃあ、夢雨のことが心配だったからだよ。夢雨が、もう二度と帰ってこないんじゃないかって、心配で」

「別にいいじゃない。帰ってこようと帰ってこなかろうと、それはわたしの勝手でしょ」

「夢雨……?」


 健介は目をぱちくりさせて、夢雨の顔をまじまじと見ました。あの能面のような表情で、夢雨は健介を見おろしています。


「まあいいわ、それは別に。でも、見てのとおりわたしはパパとママの夢の中で、幸せなの。だから、あなたのことはもうどうでもいいの。さ、帰って」

「夢雨、なに、いってるんだよ……」


 抑揚のない声で話す夢雨に、健介はとまどいがちに近づこうとしました。夢雨はパチンッと指を鳴らして、白銀に輝く剣を出現させました。月の光が反射して、よりいっそう輝きが増します。


「夢雨、いったいなにをするつもりだよ」


 そういいながらも、健介は長い杖をにぎりしめていました。夢雨はなにも答えずに、剣を健介に向けました。


 ――来る――


 巨大な盾をイメージし、健介ははじかれたように横っ飛びしました。盾を光の剣が軽々とつらぬき、そして粉々にくだきました。健介は集中して、光の剣に何本もの鎖をまきつけました。剣が白い炎に包まれ、鎖がとけて消えていきましたが、そのたびに健介は鎖をイメージし続けました。


「こんなものでわたしを倒せると思うの?」


 剣をにぎっている夢雨が、あきれたように聞きました。額に汗をたらしながら、健介はしぼりだすように答えました。


「倒すつもりは、ないよ。ぼくは夢雨を、傷つけたくない」


 夢雨の足元から、何本ものつたがのびてきて、夢雨の足にからんでいきました。退屈そうなため息をついて、夢雨は青い炎をイメージしました。炎はつただけを燃やして、夢雨の足を自由にしました。


「実力の差は歴然なのに、わたしを倒すんじゃなくてつかまえようとするなんて。そんなんじゃあなた、すぐにやられちゃうわよ」


 いい終わらないうちに、健介のからだをとてつもなく重たい空気のかたまりがおそいました。思わず片ひざをつく健介でしたが、すぐに竜巻をイメージして、重い空気のかたまりを切りきざみました。


 ――なんとかして、動きを止めないと――


 健介は夢雨の周囲をおおうように、強い重力をイメージします。重力のゆがみを感じ、夢雨が光の剣をくるっと一回転させます。健介のイメージした重力は、剣の波動で簡単に消し飛ばされてしまったのです。光の剣が月の光から外れ、一瞬だけ夢雨の素顔が映りました。


 ――夢雨、泣いてる――


 剣に映った夢雨の表情は、泣いているように見えました。しかし次の瞬間には、夢雨は健介に向かって光の剣をふりきっていました。風の刃が光をまとって、健介におそいかかります。その場にふせて刃をよけましたが、夢雨はダンスを踊るように、光の剣を次々ふって、風の刃を健介に飛ばします。


「やめろよ夢雨! ぼくは君と戦いたくない!」


 健介も何重もの盾をイメージし、夢雨の剣にさっきより集中して重力をかけていきました。風の刃が、盾に当たって何度も甲高い音をかなでます。少しずつ盾が切られて、砕けていくのを感じながらも、健介は剣への重力だけに集中しました。刃が盾をすりぬけ、健介の足に切りつけてきましたが、それでもぎゅっとくちびるをかみしめ、健介は重力のイメージを続けました。


「くっ、こいつ、いったいなんなのよ!」


 あまりの重さに、ついに夢雨は剣を手から落としました。健介もその場にどさりとすわりこみます。


「剣を落としたぐらいで、調子に乗らないで。他にいくらでも武器はイメージできるわ」


 夢雨が能面のような顔で語るのを、健介はじっと見つめていました。まゆひとつ動かさない夢雨に、健介は荒い息をしながら聞きました。


「夢雨、なんで君は、そんな悲しそうに話しているんだ?」


 夢雨は首をかしげましたが、やがて、おかしそうに笑いだしました。しかしその笑いは、あの能面のような表情を、無理やり笑顔に変えているようでした。


「悲しそう? どうしてそんなことをいうの? だってわたし、こんなに幸せなのに」


 作られたような笑い顔の夢雨に、健介は静かにいいました。


「だって夢雨、本当に笑ってないだろ。夢雨の笑顔は、そんながちがちした笑顔じゃない。夢雨が本当に幸せなら、もっと自然に笑っているはずだよ。君の日記の中で見たような、心からの笑顔。でも、今は違うよ。君は悲しんでいる、そうだろう?」


 夢雨の切れ長の目が、かすかにゆらめきました。


「それこそあなたの勘違いじゃない? わたしは幸せよ。パパとママの夢の中で、自由に、いつまでも生きられるんだもの」

「じゃあ君は、お父さんを助けられなくてもいいの?」

「えっ?」


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