第二十二話
「う……ううん、ここは……」
いつの間に眠ってしまっていたのでしょうか、健介はのろのろと顔をあげました。見覚えがある光景に、健介は首をかしげます。
「あれ、どうして学校の図書館に?」
なぜか健介は、学校の図書室にいるのでした。しんとした空気で、みょうに耳が痛くなります。健介以外には人がいない様子です。外していためがねをかけて、壁にかけてあった時計を見あげると、すでに五時を回っていました。
「いったいなにがどうなってるんだ。宇宙船に、遊園地、そして今度は図書室だなんて」
健介はいすから立ち上がりました。自分がつっぷしていた机に、開きっぱなしの本がおいてあります。どうやら本を読んでいる途中で居眠りしていたようです。健介はあわてて、読んでいた本を調べました。よだれはついていないようでしたが、ページが少しだけしわくちゃになっています。
「ちょっとあなた、本は大事にあつかうようにって、図書室の標語にも書いてあるでしょう」
うしろから声をかけられて、健介はびくっと肩をふるわせました。おそるおそるふりむくと、そこには怖い顔をした女の人が立っていました。その人の顔を、健介は穴が開くほどにじっと見つめます。
「なにかしら? わたしの顔になにかついているの?」
「いえ、でも、どうしてあなたが……」
その人はついさっき遊園地で見た、夢雨のお母さんである時雨さんだったのです。時雨さんは夢雨によく似た静かな声でしかりました。
「どうしてじゃありません。まったく、破れた本を直すのも、司書のわたしの仕事なんだから。あ、ちょうどいいわ。あなた本を傷つけた罰よ。返却された本を片づけてもらうわ」
時雨さんは、奥のほうにあった返却カートを、ガラガラと引いて健介のところまで持ってきました。
「ちょっと待ってください、ぼく、そんなことしているひまはないんです。夢雨を探さないと! 夢雨の居場所、知ってるんですか? それに、夢雨のお父さんも?」
時雨さんは首をかしげました。
「なにをいっているの? さてはうまいことをいってわたしをごまかそうとしているのね。もう怒ったわ。時間制限も設けますからね!」
時雨さんはどこからか、白い砂がつまった砂時計を取り出しました。
「この砂時計の砂が、黒くなるまでに本を片づけてもらうわ。終わるまで図書室からは出られないからね」
パチンッと時雨さんが指を鳴らしました。するととたんに、まだ明るかったはずの窓の外が、まっくらな闇に染まってしまったのです。健介は度肝を抜かれました。
「こんなことができるなんて、まさかあなたは」
しかし時雨さんは、健介の話をまったく聞かずに、ひらひらと手をふりながら笑いました。
「ちゃんともとに戻さないと、永久にこの部屋からは出られないから。それじゃあ、がんばってね」
それだけいうと、時雨さんのすがたはけむりのように消えてしまったのです。口をパクパクさせる健介でしたが、今度は砂時計から声が聞こえてきました。
「あと三十分です」
砂時計に目をやると、いつの間にひっくり返されていたのでしょうか、砂時計から白い砂が、さらさらと下に落ちはじめています。落ちた砂は白から、血のように濃い赤黒い色へ変わっています。ぞくぞくっと背筋が寒くなる色でした。
「急がないと、本当に夢の中にとらわれてしまう!」
健介はあわてて、返却カートに並べてある本をつかみとりました。五年生のときに図書委員をしたことがあるので、返却された本を片づける手順はだいたい覚えています。
「とりあえず背ラベルを見て、どこに返せばいいか分けるんだよな」
返却カートの本をラベルごとに分けていくうちに、健介はおかしなことに気がつきました。
「なんだか難しい本ばっかりだな。『レム睡眠時のy帯神経活動について』に、『明晰夢と脳の活動状態の関連性』、それにこれは……ブ、ラ、イン? テ……だめだ、英語で書かれてるから、読めないや」
その難しい本の分類は、全て460番台でした。
「ていうか、こんな難しい本、うちの図書室にあったかな? まあいいや、番号がばらばらのほうがもとに戻しづらいし。あれ、これは別の番号だ。これも、これも……。なんだか一気に本のジャンルが変わったな」
今度は全て、恋愛に関する本ばかりでした。しかもその内容は、『彼のハートをがっちりつかんで離さないテクニック』やら、『彼をとりこにしちゃおう』など、なんだか別の意味で怖い本ばかりでした。
「あと十五分」
再び砂時計から声が聞こえてきました。健介はあせりながらも、なんとかラベルごとに本をまとめ終わりました。
「とにかく早く戻してしまおう。それから夢雨を探すんだ!」
まずは最初に見た、難しそうな本をかかえて、健介は本棚の番号を追っていきました。
「440、450、あった、ここだ。460番台。でも、やっぱりこんな難しい本なかったよな。夢の中だからかな?」
もやもやしながらも、健介はてきぱきと本を戻していきました。夢の中でも現実の図書室と同じらしく、本が借りられたあとはすきまが開いているので、そこを見つけていけば割と早く戻すことができます。健介はもくもくと本を戻していきました。
「あと十分」
「なんだ、まだそんなにあるのか。こっちは終わったから、もう楽勝だな」
460番台の本を戻し終わった健介は、そのまま恋愛に関する本の束をかかえました。
「えーっと、これは全部、1000番台か。……まてよ、1000番台とかあったか?」
本の片づけかたを習ったときに、たしか三けたの数字を見て片づけるようにと教わった気がします。
「そういえば1000番台の本棚とか、なかったよな。どうしよう、じゃあこれ戻せないじゃないか」
健介は大あわてで、図書室の中を一回りしていきました。
「ここは980、ここは990……あった!」
どうして気がつかなかったのでしょうか、確かに1000番台の本棚があります。他の本棚より、通路がきゅうくつでしたが、確かに1000番台と書かれています。
「あと五分」
砂時計の声がしんとした図書室にひびきわたりました。健介は大急ぎで本をもとに戻していきます。ここもさっきの本棚と同じで、すきまを見つけていけば、さっさと片づけることができます。健介はすきまに、どんどん本をつめこんでいきました。しかし……。
「あと一冊だ! って、あれ?」
最後の一冊、『おりの中のだんな様』を戻そうとして、健介は目をむきました。
「どうして、もうすきまがないじゃないか」
本棚には本がびっしり入っていて、かみそりの刃も通らないような状態でした。まさに本でできた壁を前に、健介はとほうにくれるしかありません。
「あと二分」
背中に砂時計の声がふりかかってきます。健介は最後の一冊を手に持ったまま、他の本棚まで調べはじめました。
「うそだろ、まさかどこか他にも、1000番台の本棚があるんじゃないだろうな?」
しかし、もちろん他にそんな本棚があるはずもありません。あぶら汗をかく健介に、おいうちをかけるように、砂時計の声が聞こえてきました。
「あと六十秒。五十九、五十八……」
「くそっ、どこだ、どこに戻せばいいんだよ! やっぱりさっきの本棚のどこかか?」
1000番台の本棚の前に戻り、健介は目を皿にして、本を調べていきました。
「あと三十秒、二十九、二十八……」
「やっぱり無理だよ、こんなにたくさんつまってるのに、もう一冊入れるなんて。せめてどれか一冊抜いていいなら」
そのとき健介の目のはしに、チラッとなにかが光るのが見えました。急いで光った本を取り出すと、それだけ背ラベルがはられていないことに気がついたのです。
「そうか、これが混ざっていたから、すきまがなかったんだ!」
「キキキキキ、あと十秒、九、八……」
どこかで聞いた笑い声がして、健介は反射的にうしろをふりかえりました。砂時計の砂が、あの汚らしい虹色へと変わっています。
「早くしないと!」
健介は最後の一冊を、できたすきまへ乱暴におしこみました。しかし、砂時計の秒読みは止まりません。
「キキキキキ、六、五……」
「なんでだよ、全部戻したはずなのに!」
パニックになる健介でしたが、急に右手に温かいぬくもりを感じました。さっき取り出した、あの背ラベルがはられていない本から感じてくるようです。本には『夢枕』と題名が書いてありました。
「キキキキキ、三、二……」
「そうか、この本だ!」
砂時計が砕け散り、捕獲プログラムが現れると同時に、健介は『夢枕』を開きました。捕獲プログラムが健介を捕らえようと、飛びかかってきましたが、まばゆい光とともに、健介は本の中へ吸いこまれていきました。
くやしそうにキキキキキと笑う捕獲プログラムに、どこからか現れた、やせた長身の男が話しかけました。
「そう怒るな、問題はない。どこへ逃げようと結局はいっしょだ。いや、むしろやつらを泳がせれば、いずれ久方博士を見つけ出すことだろう。そこでお前たちを『抹消プログラム』にバージョンアップさせれば、今度こそやつを本当の眠りへいざなうことができる。遅かれ早かれ、同じことさ」
やせた長身の男は、ハッハッハと耳ざわりなだみ声で笑い、そして消えていきました。




