第二十一話
「夢雨!」
急いでかけより、健介はハッとしました。宇宙船のときと同じく、夢雨のすがたはすけて見えました。どうやらこの夢雨も、記憶の世界の夢雨みたいです。気が抜けて健介は大きなため息をつきました。
「なんだ、ここにも夢雨はいなかったのか。でも、もしここが夢雨の記憶の世界だとしたら、いったいなにが起こるんだ? やっぱりほたるちゃんが出てくるのか?」
なにが起きてもいいように、健介は頭の中でいろいろな武器をイメージしていきました。いつでも攻撃できるようにみがまえますが、健介の目の前には、予想外の光景が広がったのです。
「うわっ、いつの間に?」
まばたきする間に、ドリームワールドに再び無数の人影が戻ってきたのです。
「そんな、マネキンたちはみんな消えたはずなのに」
無人だったはずのドリームワールドは、ざわざわとした人のにぎわいにつつまれました。しかし、そのどれもが、さっきのようなマネキンではありませんでした。もちろんほたるでもありません。
「なんだよ、こいつらは」
そこにいたのは、ドラマに出てくるようなたくさんのイケメンたちだったのです。しかもそのタイプはさまざまで、ワイルドで筋肉質な男の人がいたと思えば、きりっとしためがねをかけた、知的でクールな男の人もいます。ダンディな魅力をただよわせたおじさんに、健介たちと同じくらいの年の、ハンサムな男の子もいます。
「なんなの、この人たち? いきなり現れたけど、これもパパの夢の中なの?」
記憶の世界の夢雨が、困惑した表情で男たちを見ています。すると、男たちも夢雨のほうに顔を向け、白い歯を見せて笑ったのです。
「ああ、なんて美しいおじょうさんなんだ。どうでしょうか、ぼくとドリームワールドでデートをしませんか?」
さっきのめがねをかけた男の人が、夢雨の前で片ひざをついたのです。まるで騎士のようなそのしぐさに、夢雨は度肝を抜かれたようです。口をぽかんと開けたまま、その場に固まってしまいました。
「いやいや、そんな男より、ぜひぼくとデートをしましょう!」
「ガキどもはすっこんでな、おじょうちゃん、おじさんといっしょに来な。大人の世界ってやつを体験させてやるぜ」
「いやぼくと」
「いやおれだ」
「ぜひわたくしと」
「わしはどうだ」
男の人たちが、まるで花に群がるミツバチのように、いっせいに夢雨にせまってきたのです。その光景に、健介の胸はかきむしられるような痛みを覚えました。記憶の中の夢雨なので、まったく無駄だということはわかっていても、健介はかけよらずにはいられませんでした。
「夢雨! 大丈夫か!」
さっきのほたるちゃんたちよりも激しく、まるで押しのけるかのように、健介は男たちをかきわけて夢雨のもとへ急ぎました。けれどもそんな男たちの群れが、一気にふきとばされたのです。いきなりのことに健介は目をむきます。つちけむりがおさまったところに、夢雨がしっかりと立っていました。
「夢雨!」
「悪いけどわたし、好きな人がいるの。だからあなたたちとデートなんてできないわ」
夢雨は両手を左右にのばし、ゆっくりとその場でターンしました。男たちが地面にグググッと押しつけられ、ついには動かなくなりました。健介は思わず夢雨のもとへかけよります。
「よかった夢雨、無事だったんだね。……って、そうか、記憶の中の夢雨だから、話しかけることはできないのか」
残念そうにうつむく健介でしたが、さっきの夢雨の言葉を思い出して、ハッと顔をあげました。
――夢雨、さっき好きな人がいるっていってたぞ。誰だろう、好きな人って。ていうかそんなの初めて知ったよ。夢雨、他の男子なんて興味なさそうだったから。誰なんだろう――
胸のなかが熱く、そしてもやもやとうごめいていきます。苦しいのに、どうしようもないもやもやに、健介はわけもわからず歯がみします。しかしそれでも、健介は夢雨をじっと見つめました。
――誰が好きとか、そんなことは今関係ない。夢雨を守らないと――
そう切り替えようと思っても、なかなかもやもやからは抜け出せません。一度とらわれたら抜けることのできない、それこそ底なしの夢のような気持ちにやきもきしていると、夢雨がふうっとため息をつきました。
「本当になんなの、この世界は。これが本当にパパとママの世界なのかしら。それともまさか、ここも芹沢たちの、開発チームの影響を受けているの?」
動かなくなった男たちに向けて、夢雨は手をかざしました。竜巻がまきおこり、男たちのからだがふきとばされて道ができます。いぶかしげな表情のまま、夢雨はその道を進んでいきます。そのうしろを健介もついていきます。
「やあ、探したよ、時雨。いったいどこに行ってたんだい?」
聞き覚えのある男の人の声がしました。声のしたほうへ夢雨も健介も顔を向けます。そこには、さっきまでたくさんいたイケメンのすがたはなく、男の人と女の人しかいませんでした。あの公園で見た、夢雨のお父さんとお母さんのすがたでした。
「パパ? それにママも? どうして……」
切れ長の目を大きく見開き、夢雨は二人を見つめています。まるでそこにだけスポットライトが当てられているかのように、お父さんとお母さんのまわりは、きらきらとした輝きに満ちていました。
「本当にちゃんと探したの? せっかくのドリームワールドなのに、あなたったら全然興味なさそうなんだもの。わたしといっしょじゃ楽しくなかった?」
「そんなことないさ。まあ、人ごみだらけで、君を見つけるのが遅くなったのはあやまるけど」
苦笑いをするお父さんに、お母さんはふうっとさびしそうなため息をつきました。
「もうわたしを離さないでね。ずっといっしょにいてくれないと、わたし」
「わかっているさ。ずっと君といっしょにいるよ。わたしたちに子どもができても、ずっと君といっしょだよ」
夢雨の目が、一瞬だけきらりと光ったように見えました。しかし、夢雨はすぐに首をふり、お父さんに声をかけました。
「パパ、わたしよ、夢雨よ。さ、帰りましょう。わたしたちの世界、現実に。夢の世界から、いっしょに帰りましょう」
お父さんが夢雨のほうへふりかえりました。とまどったような、困り顔になってたずねます。
「君は……いったい、誰だい?」
「なにいってるの、わたしよ、夢雨よ。パパの娘よ」
しかし、お父さんはピンときていないようで、あいまいに笑いました。
「きっとなにか人違いだよ。君はなにか勘違いしているんじゃないかな」
「勘違いなんかじゃない! 思い出して、パパ! わたしはパパを、夢の世界から連れ戻しにきたのよ! お願い、いっしょに帰りましょう」
夢雨がお父さんに手をさしのべました。お父さんの表情が、少しだけゆらいだ気がします。わずかに夢雨のほうへからだを向けて、そして……お父さんはお母さんのほうへふりむきました。
「あなた、どうしたの?」
「ああ、いや。なんでもないんだ。悪かったね、一人にさせて」
お父さんはお母さんの手を取り、夢雨に背をむけて行ってしまいました。たまらず夢雨がさけびました。
「パパ!」
ですが、もう夢雨の声はお父さんには届いていないようです。お父さんとお母さんのすがたは、空気にすいこまれるように、きらきらと半透明になっていき、やがて消えていきました。ドンッという音で我に返った健介は、夢雨へと向きなおりました。夢雨はその場にすわりこんで、うつむいていました。
「夢雨!」
夢雨にかけより、肩をつかもうとしましたが、もちろん健介の手は夢雨のからだをすりぬけていきます。
「どうして、どうしてなの、パパ……」
ドリームワールドが、だんだんと暗く、ゆがんでいきます。夢雨の手足がゆらぎ、闇につつまれていきます。
「夢雨、夢雨! おい、しっかりしろ!」
健介のどなり声も、夢雨にはまったく届きません。その間にも世界はどんどん色を失っていき、夢雨のからだも闇にとけていきました。最後の瞬間に、健介は夢雨の声を聞いたような気がしました。
「健介君、わたしを、見つけて……」




