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第二十話

「ここって、もしかして」


 健介はごしごしっと、自分の目をこすりました。日記や研究資料とは違って、そこは不完全な世界ではありませんでした。しかし、さっきの宇宙船のようなエスエフチックな世界でもありませんでした。むしろ、健介は一度この世界に来たことがありました。夢まくらを一番最初に使ったときに……。


「ここは、ドリームワールドだ! でも、どうして夢雨のお父さんたちの小説のなかに、ドリームワールドが?」


 いぶかしがる健介でしたが、すぐに首をふりました。ドリームワールドのなかは、たくさんの人でごっちゃがえしています。それでも健介は、まわりを見まわしながらかけだしました。


「ここがどこだろうと、そんなことはどうでもいい。早く夢雨を探さないと」


 人ごみをかけわきながら、夢雨のすがたを探していきますが、健介はおかしなことに気がつきました。なんだか観客たちがみんな、生き生きとしていないのです。前に来たときは、人々の熱気がすごくて、臨場感たっぷりに感じられました。しかしこの世界の人たちは、生気を感じられないというか、熱がないというか、とにかくリアリティにかけている気がします。違和感を覚えながらも、健介は夢雨のすがたを探します。


「健介君、こっちこっち! わたし、今日のデートずっと楽しみにしてたんだからね」


 聞いたことのある声がして、健介はうしろをふりむきました。ピンク色の髪の毛をふわりとゆらして、ほたるが健介に手をふっていたのです。


「もう、ずいぶん探したのよ。健介君ったら、どこかに行っちゃうんだから。おいていかないでね」


 まるでこびを売るようなしゃべりかたに、健介はまゆをひそめました。よく見るとこの世界のほたるは、前に見たときよりもずっとつくりものっぽく、なんだか不気味です。健介は思わずあとずさりました。


「どうしたの? ほら見て、ドリームワールドのロイヤルフリーパスチケットだよ。せっかく今日のために手に入れたんだから、今日はいっぱい遊ぼうね!」


 どうしてでしょうか、この世界のほたるは、健介よりもずいぶん背が高く、見おろされるような感覚でした。前に会ったときは、むしろほたるを見おろしていたのに。健介は自分のすがたを見て気がつきました。


 ――そうか、前はぼくは高校生の姿だったんだ。でも、今は本当のぼくのすがたなんだ。本当のぼくは――


 健介はほたるに首をふりました。そしてはっきりした口調で拒絶したのです。


「悪いけど、ぼくは今人を探してるんだ。だから、君とデートしてるひまはないんだよ」


 そのとたん、ほたるの顔からいっさいの表情が消えて、まさにマンガの顔そのものに変わってしまったのです。まるでほたるちゃんのお面をつけているかのような、ぞっとする顔に、健介はヒッと息を飲みました。


「どうして? 健介君はわたしとデートしたいんでしょう。それなのにだれを探すっていうの? 今日のデートを楽しみにしてたんじゃないの?」


 以前の健介だったら、そんなことをほたるにいわれればきっと、二つ返事でほいほいついていったことでしょう。ですが、今の健介にはほたるのすがたは、ただのマンガのお面をつけたマネキンにしか見えませんでした。


「ごめんね、でも君とはデートできないよ。ぼくは夢雨を探さないと。さよなら」


 健介はほたるに背を向けて、急いで人ごみの中へかけこみました。ほたるがぶるぶるとふるえていましたが、健介はふりかえらずに夢雨のすがただけを追い求めました。


「待って、どうしてなの? わたしとデートするストーリーじゃないの? わたしのことを好きなんでしょう? ねえ、デートしましょうよ、デート、デート、デート、デートデートデートデートデートデート……」


 まるで壊れたラジオのように、ほたるはデートという言葉をくりかえします。しかし変です。いつの間にかほたるの声が、背中からではなく左右から聞こえてくるような気がします。健介はその声から逃れるように、人ごみをかきわけ進みます。しかし、だれかにドンッと押されて健介はその場にしりもちをついてしまいました。


「いたっ、なにするんだよ」

「デートデートデートデートデートデートデートデートデートデート」


 健介は目を疑いました。健介を押してきたのは、ほたるの顔がはりつけられたマネキンだったのです。


「うわあっ!」


 あわてて起き上がり、かけだそうとしますが、今度は足を引っかけられてつんのめってしまいました。健介はずれためがねを、急いで指でかけなおします。しかしいつの間にか、ほたるのデートという言葉が、四方八方から聞こえてくることに気がついたのです。


「デートデートデートデートデートデートデートデートデートデートデートデートデートデートデートデートデートデート」


「うそだろ、どういうことだよ!」


 あまりのことに、健介の顔から血の気が引いていきます。ドリームワールドの観客全員が、ほたるの顔をしたマネキンになっていたのです。四方を囲まれ、デートと連呼しながらじりじりと健介にせまってきます。


「来るな、こっちに来るなよ!」

「デートデートデートデートデートデート」

「くそっ、それなら!」


 健介は竜巻をイメージして、両手をブンッとクロスさせました。健介のまわりに風の壁がまきおこり、ほたるのマネキンたちを一気にふきとばしたのです。


「ぼくの邪魔をするな!」


 健介がほえると同時に、空にふきとばされたマネキンたちが、虹色の光につつまれたのです。健介は目を見開きました。


「なんだ、いったいなにが起きているんだ」


 ふきとばされたマネキンたちに、落書きのようなぐちゃぐちゃのつばさが生えていきました。つばさがはためくとともに、その空間が虹色にゆがんでいきます。背筋がぞくっと寒くなるような光景でした。


「うそだろ、これ、まさか捕獲プログラムなんじゃ」


 つばさを生やしたマネキンたちは、いっせいに健介に向かって急降下してきます。健介は無数のナイフをイメージして、マネキンたちのつばさをきりきざみました。


「デートォォォッ!」


 耳をつんざくような断末魔とともに、マネキンたちは地面に激突していきました。休む間もなく、健介は巨大なワシをイメージしました。ワシは健介の肩をつかんで、勢いよく空へ登っていきます。


「危なかった、でも、やっぱり捕獲プログラムじゃないのか? もし捕獲プログラムだったら、あんなに弱いはずないものな。まあいいや、空からだったら、きっと夢雨のことも見つけられるはずだ」


 目を皿のようにして、健介はドリームワールドをすみずみまで調べていきます。しかし、どこを見てもほたるの顔をしたマネキンばかりで、どこにも夢雨のすがたは見えません。次第に健介の顔にあせりの色が見えてきます。


「いったいどこにいっちゃったんだよ、夢雨。早く君に会いたいのに」


 そのとき、健介の目のはしになにか光るものが見えました。マネキンだらけのドリームワールドですが、そこだけはなぜか半透明のもやにおおわれています。それなのになぜかみょうに現実味がありました。健介はワシの足をトントンッとたたいて、光っているところへ向かいました。


「デートデートデートデートデートデートデートデートデート」


 ぐちゃぐちゃのつばさを生やしたマネキンが、途中で何体も健介の行く手をふさぎました。ですが健介も、火をはく竜を何体もイメージし、マネキンたちに炎のブレスで対抗します。燃えつき、ちりになっていくマネキンたちを見て、健介はいいようのない寒気を覚えました。


 ――早く夢雨を見つけて、こんな世界、一刻も早く抜け出さないと――


 ついに健介は、半透明の光を放つもやの中へと飛びこみました。そのとたん、さっきまでそこらじゅうにいたマネキンたちがちりとなって消えていったのです。無人となったドリームワールドに降りたつと、そこには夢雨が立っていました。


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