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第十七話

「うわっ、なんだここ?」


 夢の中で目を覚ました健介は、思わず声をあげてしまいました。そこは日記や研究資料のような、不完全な世界ではありませんでした。黒と銀の配線が、壁一面にはりめぐらされています。近未来的な装飾に、夢の中だということを忘れてしまいそうになります。


「窓がある。うわっ、すごい!」


 正面に広がる巨大な窓の外には、すいこまれそうなほどに深い闇と、粉々になったダイヤモンドをちりばめたように、無数の小さな光が見えました。それはまさに星の海というにふさわしい光景です。


「じゃあ、まさかここは、宇宙船のなかなのか?」


 健介はそのぶ厚い窓へと急いでかけよりました。田舎のおばあちゃんの家で見あげた夜空も、星がはっきり見えていました。ですが、この宇宙船から見える景色は、それとは比べものにならないくらいに圧倒的な広さです。そして飲みこまれると帰ってこれなくなりそうなほどの深さです。健介は窓に顔をべったりつけて、星の海をながめつづけました。


「ここはいったい、なんなの? これがパパの夢の中なの?」


 聞きなれた声がして、健介は反射的にうしろをふりかえりました。


「夢雨!」


 健介は急いで夢雨のもとへかけよりました。夢雨はふりかえらずに、じっと目の前にある巨大な水槽を見あげていました。その二つの水槽は、ライトグリーンの液体に満たされ、あわい光を放っています。しかし、それ以上に目を引いたのが、中に入っているものでした。左側の水槽には、ドクドクと波打つ、赤いハートが入っています。右側の水槽には、たくさんのコードにつながれた、人間の脳みそが入っています。


「なんだろう、これ。夢雨はこれ、なんだかわかる?」


 夢雨のとなりにきて、その横顔を見たとき、健介は目を疑いました。夢雨のからだがすけているのです。その様子はまさに、研究資料のなかで捕獲プログラムの影響を受けていた、あのときの夢雨にそっくりでした。


「まさか、この世界にも捕獲プログラムがきてるのか」


 身構えて、宇宙船のすみずみまで視線をはわせますが、研究資料のときのような、空間のゆがみは見えませんでした。もちろんあの悪魔のような、捕獲プログラムのすがたも見えません。


「どうなってるんだ、ねえ、夢雨?」


 しかし、健介の問いかけにも、夢雨はまったく答えませんでした。それどころか健介がとなりにいることにすら、気づいていない様子です。水槽を指でふれたり、コンコンッとたたいたりして、健介には見向きもしません。


「おい、夢雨、聞こえてるんだろ? どうして無視するんだよ?」


 ムッとして夢雨の肩をつかもうとしましたが、健介の手は夢雨にふれることなく、素通りしてしまったのです。まるでけむりの中に手を入れたような感覚に、健介はみぶるいしました。


「夢雨、おい、夢雨?」


「ピンポンパンポーン……。ようこそ、宇宙移民団の代表者様。この船はおひつじ座星系惑星ベータ発、地球行きの移民船です。それではさっそく、現状の問題点を報告いたします。当船は現在小惑星に接触した影響により、自力での航行維持が困難な状況にあります」


 いきなり機械音声が、宇宙船内に鳴りひびきました。夢雨も健介も、なにごとかとあたりを見わたします。


「当船は現在、自動航行システムとして、人造船長が指揮を執っております。しかしながら小惑星の影響により、知能か精神のどちらか一方しか維持することができません」

「ちょっと待って」


 機械音声に対して、夢雨がたまらず声をあげました。


「いかがいたしましたか?」

「よく話が見えないけれど、質問させてもらってもいいかしら?」

「ええ、なんなりと」


 機械音声が夢雨の言葉を待ちます。夢雨は少しの間考えこんでから、水槽に向かってたずねました。


「人造船長というのはいったい何者なの?」

「人造船長は当船の航行を指揮しております人造人間のことでございます。知識に特化した人工知能と、感情に特化した精神をそれぞれ独立した機関として持っております。しかしながら小惑星に接触したため、現在当船はエネルギー配賦システムがダウンした状態となっております」

「エネルギー配賦システム?」


 夢雨と健介が同時にたずねました。健介は少し顔を赤らめて、夢雨の横顔を見ます。ですが、夢雨はやはり、健介のことなどお構いなしといった様子で、じっと水槽を見つめたままです。


「エネルギー配賦システムとは、知能と精神の稼働状況に応じて、エネルギーを分配するシステムでございます。このシステムが小惑星との接触により、損傷を受けております。現状では修復作業も行えません。そのため知能か精神か、どちらの機関を維持するか、移民団の代表者様にご決定いただきたいのです」

「なるほど、わかったわ。じゃあわたしは今、この世界で移民団の代表者になっていて、その知能か精神か、どちらを維持するか決めないといけないってことね」


 夢雨は納得したようにうなずきました。話の流れについていけずに、健介が夢雨の顔をうかがいます。水槽を見ている夢雨は、難しそうに顔をくもらせています。


「でも、いったいどっちを選べばいいかなんて、わたしにはわからないわね。もっと情報がないと、決めようがないわ。それぞれどんな役割を持っているのか教えてちょうだい」


「それではそれぞれの役割と、残したときのメリットとデメリットをご説明しましょう。当船の現状維持を重視するのであれば、知能を維持することをお勧めします。しかしながら、知能は精神と違い、合理的な判断を行いますので、現状維持のために、エネルギーを極力おさえようとするでしょう。具体的には、当船の大多数を占めている、移民居住区のエネルギー供給を取りやめます」


 健介は息を飲みました。機械音声は、さっきこの船を移民船といっていました。ということは、たくさんの人間が乗っているのでしょう。その人間たちが住む場所に、これ以上エネルギーを回さないとなると……。


「そんなのだめだよ、そんなことしたら船に乗っている人たちが、死んじゃうかもしれないじゃないか。夢雨もそう思うだろ?」


 しかし、夢雨は健介には見向きもしませんでした。それに、機械音声も健介にはまったく反応しません。この空間全てに無視されているような感覚におそわれ、健介はがくぜんとまわりを見まわしました。


「……精神を維持する際の、メリットとデメリットは?」


 夢雨の言葉に、機械音声は再び説明しはじめました。その声は、さっきよりはずんで聞こえました。


「精神を維持する際のメリットは、合理的な判断は行わず、人道的な判断を行うという点です。当然移民居住区のエネルギー供給は今までどおりとし、救助がくるのを待ちます。現在当船は、地球と惑星ベータ両星に対して、遭難信号を発信しています。どちらかから救助隊がくるまでであれば、知能がなくとも現状を維持することは可能でしょう。もちろん救助隊が遅れたり、遭難信号が届かなかったりといったデメリットも考えられますが、それらはささいなものです」


 健介は、おそるおそる夢雨を盗み見ました。夢雨は目を閉じ、じっとなにかを思い出しているようです。健介は鼻を鳴らしました。


 ――夢雨のやつ、なにをそんなに悩んでるんだよ。こんなの悩む必要もないじゃないか。どっちを選ぶかなんて、幼稚園児だってわかるような問題だろ。だいたいどうしてぼくのことを無視するんだよ。せっかく助けに来てやったのに、どうして――


 いらいらしながら、夢雨の顔をにらみつけていると、ようやく夢雨は顔をあげました。もちろん健介にはまったく目をやりません。健介はとげとげしい口調でいいました。


「もちろん答えは精神を維持する、だろ。どう考えたってそうなのに、いったいなにを迷ってたんだよ」


 しかし、夢雨はもちろん、機械音声も健介の言葉には反応しません。健介は顔を真っ赤にして、どなりました。


「精神だっていってるだろ! どうしてみんなぼくのことを無視するんだよ!」

「……ねえ、答える前に、ひとつ聞いてもいいかしら」

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