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第十一話

「あなたの夢にって、いったいどういうこと?」


 夢雨が目を見開きました。健介の胸に、熱いものがこみ上げてきます。健介は早口でまくしたてました。


「ぼくが自分の夢まくらで、お父さんの研究資料に入りこめば、夢雨も入れるだろ。ぼくの夢の中になら、夢雨は自由に出入りできるんだろう?」

「ええ、確かにあなたの夢まくらは、一度侵入しているから座標がわかる。だから入ることはできるわ。でも、危険すぎるわよ。日記のあの世界を見たでしょう。研究資料の中だって、きっと同じくらい、いいえ、もっと危険な可能性だってある。それなのに、あなたをこれ以上巻きこみたくない」


 健介の目が、再び夢雨の目をとらえました。


「夢雨はお父さんに会いたいんだろう?」

「それは……」


 夢雨はとまどうように、健介から視線をそらしました。


「それは、そうよ。でも、そのために無関係なあなたを巻きこむなんて」

「無関係じゃないよ」

「えっ?」


 健介はめがねを指でそっとかけなおしました。夢雨をまっすぐ見て、大きく息を吸いこみました。


「夢雨はぼくの夢の中に現れた。だから、無関係じゃない。ぼくにも手伝わせてよ。夢雨のお父さんを探すのを」

「……健介君」


 健介は照れくさそうに笑いました。


「やっと名前で呼んでくれたね」


 夢雨の顔が、ボッと赤く染まります。ぷいっと顔をそむけて、夢雨はランドセルをつかみました。


「わたしの家までついてきて。あなたにパパの研究資料をわたすから。でも、これだけはいっておくわ。物語以外に侵入するのは、本当に危険よ。だから」

「わかってるよ。大丈夫、だって、夢雨と一緒にいるんだから」


 夢雨は答えずに、ランドセルをせおいました。


「バカ、早く行くわよ」

「あっ、待ってくれよ」


 足早に教室を出る夢雨を、健介は急いで追いかけました。





 夢雨の家は、二階建てで庭のある、けっこう大きな一軒家でした。ぽかんと口を開けて二階をながめる健介に、夢雨が不思議そうにたずねました。


「どうしたの?」

「あ、いや、すごい大きな家だなって思って」


 あいまいに笑ってほめる健介でしたが、夢雨の顔はなぜかくもりました。


「わたしにとっては、大きすぎるわ。パパはずっと眠ったきりだし、午前中にお手伝いのばあやが来てくれるのをのぞけば、家の中にはわたしひとりだもの」

「えっ、夢雨はひとりで暮らしてるの? ご飯とかはどうしてるの?」


 思わず疑問を口にする健介に、夢雨は当たり前のように答えました。


「ばあやがいるときは作ってもらっているけど、ばあやが帰ったあとはわたしが作っているわ。もちろん小さいころはばあやに手伝ってもらってたりしたけど、今は自分で作ることができるもの」


 健介が口をぽかんと開けたまま、つっ立っていたので、夢雨は首をかしげました。


「さっきからどうしたのよ?」

「いや、すごいなって思って。夢雨って、なんでもできるんだな」

「なんでも? わたしが?」


 今度は夢雨がぽかんとする番でした。ですが、健介から期待のまなざしで見られているのに気がついて、夢雨はほおを赤らめました。


「そんなことないわ。わたしなんてなにもできないわよ。パパを助けることすらできてないのに」


 夢雨は怒ったように肩をいからせると、さっと健介の手をつかみました。


「ほら、早く入って」

「えっ、でも」


 健介のほおも赤く染まっていきました。女の子の家に入るなんて、人生で初めてのことです。あたふたする健介に、夢雨がぐいっと手を引っぱりました。


「なにやってるの。早くきてちょうだい」

「いいの? ぼくがお邪魔しても」


 きょとんとしている夢雨でしたが、すぐにふふっと、おかしそうに笑いました。


「なんだ、そんなこと気にしてたの。わたしは別に気にしないわ。健介君なら大丈夫よ。それより早く入って」


 夢雨に手を引かれて、健介は家の中にお邪魔しました。女の子の家ということで、健介はかわいらしい飾りつけなどを想像していたのですが、実際はそんなものはどこにもありませんでした。中は整然としています。というよりも、よけいなものがなにもなく、必要最低限のものしかおいていませんでした。さっきいっていた、ばあやがこまめにそうじをしているからでしょうか、ちりひとつ落ちていません。けれどもそれが、逆に人の気配をなくしているような気がします。


「こっちよ」


 夢雨に手招きされて、健介はそろそろとろうかを進んでいきました。


「ここがわたしのパパの部屋よ。部屋というか、研究室なんだけど。ここに研究資料があるわ。それに、パパもこの部屋で眠っているの」


 夢雨がそーっとドアを開きました。つられて健介も、音を立てないように気をつけながら部屋に入ります。


「すごい部屋だな」


 健介がぽつりとつぶやきました。玄関やろうかには、ほとんどものが置かれていませんでしたが、この部屋はまったく逆でした。部屋の中は、壁一面が本棚になっていて、びっしりと本が並べられています。正面には書斎机の上に、パソコンのモニターが三つも設置されています。広さでいえば、健介の部屋の二倍以上はあるでしょう。でも、本棚やらパソコンやらがたくさん置いてあるために、実際はとてもきゅうくつに感じます。


「パパが夢にとらわれてから、ずっとそのままにしているの。もちろんそうじはちゃんとしているけど、なにか下手にさわって、万が一パパの夢まくらが壊れたりしたらいやだから」


 本棚に指を伸ばしていた健介は、あわてて手を引っこめました。夢雨は気にせず、慣れた感じですいすいと部屋の中を進んでいきます。びっしり本で埋まった本棚に、ゆっくりと目をはわせていきます。


「自分のことだけじゃなくて、お父さんのことまでしてるなんて、ぼく、知らなかったよ。夢雨が大変なの、ちょっとだけだけどわかった気がする」

「だって、たった一人のパパだもの。大変とかは思わないわ。もちろん最初はばあやに助けてもらってたけど、今ではなんでもお世話できる。食事だってからだを起こして食べさせられるし、からだをふいたり、おむつを替えるのだってできるわ」

「おむつ?」


 夢雨の顔が少し赤くなりました。小声でぼそっとつぶやきます。


「だって、眠っている状態だから、おトイレにも行けないでしょ。でも平気だもの。大事なパパだから」


 健介があらためて、夢雨のお父さんへと目を向けました。部屋のすみに置かれたベッドに、ふさふさのひげをときどきゆらしながら、夢雨のお父さんは眠っていました。もちろん頭には、夢まくらのヘッドギアをつけています。


 ――この人が、夢雨のお父さんなんだ。目をつぶっているけど、夢雨の目元にそっくりだ――


 健介は夢雨のほうに向きなおりました。夢雨は本棚から、一冊の分厚い冊子を取り出しているところでした。その横顔が、ひどく疲れたように見えました。


「夢雨、大丈夫か?」


 健介に声をかけられて、夢雨は顔をあげました。さっきのは見間違いだったのでしょうか、いつもの表情に戻っています。


「どうしたの? 別に大丈夫よ。それよりこれが、夢の中でわたしが見ていた、パパの研究資料よ。冊子になっているから、夢まくらにもちゃんとはさみこむことができるわ」


 夢雨から研究資料を渡され、健介はその重さとぶ厚さに目を丸くしました。ちょっとだけぱらぱらとページをめくってみましたが、見たこともない数式やグラフが並んでいます。健介はめまいがしてきました。


「こんなすごい研究資料、普通のまくらにはさんでも眠くなっちゃいそうだな。でも、夢雨はすごいよ、こんな研究資料を小さいころから読んでいたなんて」

「別にすごくはないわ。パパを助けるためだもの」


 そうつぶやく夢雨の顔は、やはり疲れて、はかなげに見えました。健介は研究資料をランドセルに入れると、夢雨にうなずいてみせました。


「大丈夫、ぼくたちで夢雨のお父さんを助け出そう」


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