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第十話

「夢雨の、お父さんの夢には侵入できないの? 『夢まくら改』を使って、お父さんの夢に直接侵入できないの?」


 健介の言葉に、夢雨はさびしそうに首をふりました。


「それは無理だわ。『夢まくら改』は、他の夢まくらの座標を探知して、それからその夢にもぐりこむの。だから座標がわからなければ、もぐりこむことはできない。ランダムに座標を打ちこんで侵入するしかないわ」

「そうなんだ、てっきり名前とか入力すれば入れるものだとばかり思ってたよ」

「そんな簡単だったらよかったんだけどね。わたしもずいぶん苦労したわ。パパの残した研究資料をずっと読んで、使いかたを理解するまで一年近くかかったもの」


 健介が目を丸くします。夢雨はくちびるをかみしめながら続けました。


「使いかたがわかったところで、パパの夢に入ることはできなかった。だからわたしは、ランダムにずっと座標を打ちこみ続けた。それからはずっと夜が怖かったわ。もしかしたらいつか、わたしもパパのように夢にとらわれてしまうのかもしれないって思うとね。でもそれ以上に、パパが夢にとらわれたままで、目覚めないことのほうがいやだった」

「夢雨……」

「皮肉なものよね。となりでパパが眠っているのに、パパの夢に近づくこともできない。今日こそはパパの夢にって祈りながら、眠りにつくことしかできないのよ」


 夢雨が窓の外へ視線を動かしました。落ちてくる雨をじっと見ながら、夢雨は静かにうつむきました。


「この雨と同じくらい、いいえ、もっともっと、人の夢はたくさんある。その中の一粒を、たった一粒のパパの夢を探さないといけない。雨に打たれたまま、ずっとずっと……」


 雨の音が激しくなりました。本当に一粒一粒が夢だとしたら、その夢を全部砕くような、冷たく無機質な雨の音でした。言葉を探すように健介も窓の外を見つめました。


「なあ夢雨、君のお父さんは、どの本の世界に入りこんでいるのかな?」


 夢雨は肩をすくめました。本当に今にも折れてしまいそうな、きゃしゃな肩をしていることに、健介は今さらながら気がつきました。


「わからないわ。あの夜、わたしはパパがどの本を夢まくらに入れたのかまでは見ていなかったの」

「どうにかして確かめることはできないの?」

「残念だけど、本を確認することはできないわ。それにもし、パパの夢まくらから無理やり本を取り出したりすれば、きっとパパは二度と夢から覚めることはないわ。くやしいけど、パパを奪ったのも夢まくらだけど、パパの命を保っているのも夢まくらなのよ」

「そう、か……」


 うなだれるようにうつむく夢雨を見て、健介はぎゅっとくちびるをかみました。どうにかして力になりたいと考えるうちに、健介はあることを思い出しました。


「ねえ夢雨、もしもだけど、君のお父さんはもしかしたら、君が見ていた研究資料の中にいるんじゃないかな?」

「えっ?」


 夢雨がばっと顔をあげました。


「どうしてそう思うの?」

「だって、夢雨のお父さんは、ずっと夢まくらを研究していたんだろう。だから、もしかしたらなにか手がかりだけでもあるんじゃないかって思って。それに」


 健介は考えこむように、あごに手を当てました。


「日記の中で、夢雨がお父さんの研究資料を見ていたところが映っていただろう。見間違いかもしれないけど、あのときの研究資料が、なんだか光っていたような気がしたんだ。ほら、夢雨の一番幸せな記憶も、同じように光っていたから。だからもしかして、君のお父さんにとって一番大切な記憶が、あの研究資料なんじゃないかって思ったんだ」


 健介の言葉を聞いて、夢雨はうつむいてしまいました。


「夢雨?」

「そういえば、どうしてあなただけに、その光が見えたのかしら。だってあの世界に映っていたのは、わたしの記憶だったのに、一番幸せな記憶を見つけたのはあなただった。どうしてかなって思ったの」


 健介は困り顔で夢雨を見ました。夢雨はしばらくなにかを考えている様子でした。その表情は、お父さんの研究資料をじっと見ていた、小さいころの夢雨そっくりでした。


「そういえば、パパの研究資料に書いていたわ。夢まくらの脳波パターンを分析したときに、異常な数値を計測することがあったって。それは物語でいえばクライマックスのときで、脳内イメージになんらかの影響がある可能性がある。機械がどうしてクライマックスであると認識するのか、さらに研究の余地があるとも書いていたわ」


「夢雨?」


「それがもし物語以外にも当てはまるとしたら? 物語以外に当てはまるなら、感情がたかぶる場面、つまり一番強い気持ちにふれたときに夢まくらの世界からはじき出されてしまうのも納得がいくわ。異常な脳波を計測したときに、夢まくらは覚醒プログラムを作動させるはずだもの。そしてわたしは、本来の夢の主ではないから、覚醒プログラムが作り出した出口を強い光として認識することができなかった。覚醒プログラムは『夢まくら改』のことなんて想定していないだろうから。でも、そうなると」


「ちょっと夢雨、夢雨! どうしちゃったんだよ」


 健介の言葉に、夢雨は我に返りました。目をぱちくりさせて、見るともなしに健介をながめています。


「あ、ごめんなさい。ちょっといろいろ考えごとをしちゃって」


 ばつの悪そうな顔をする夢雨に、健介は思わず笑ってしまいました。


「ちょっと、なにがおかしいのよ」


 夢雨がむきになって、健介につめよります。健介は笑い顔のまま手をふりました。


「いや、ごめんよ。ただ、今の夢雨、まさに研究者って感じだったからさ。きっと夢雨のお父さんも、今の夢雨みたいだったんだろうなって思って」


 夢雨がだまりこんでしまったので、健介はあわててあやまりました。


「あっ、ごめんよ、お父さんのこと……」

「ううん、違うの。ただ、そんなこといわれたことなかったから、ビックリしちゃって。でも、うれしかったわ」

「夢雨……」


 いつの間にか夢雨のほおが、かすかに赤く染まっています。健介の視線を感じたのか、夢雨は早口で続けました。


「そうね、もしかしたらあなたがいう通りかもしれない。パパは夢まくらの研究を一番大事にしていた。ママが死んじゃってからは、それこそとりつかれたように。だからあなたがいうように、もしかしたらパパの研究資料に、なにか手がかりがあるかもしれないわ」


 夢雨はそこで言葉を切りました。しばらくなにかを考えている様子でしたが、やがて首をふりました。


「でも、わたしの『夢まくら改』じゃ、他人の夢の中にしか侵入できない。だから、パパの研究資料には入りこめないわ」

「じゃあ、ぼくの夢なら?」

「えっ?」

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