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リザードマン疑惑と昆虫食

 近くに草原さんという変わった人が引っ越して来た。何故か、ハウスのような大きな施設にたくさんの海水魚を飼っているのだ。うちの近所は、比較的田舎にあってやって来る人は珍しい上に娯楽が少ない。それで草原さんの家に、近所の子供達が遊びで忍び込むようになってしまった。

 てっきり子供達は酷く怒られるとばかり思っていたのだけど、草原さんは子供好きの人当たりの柔らかい人で、まったく怒らないらしい。子供達の話を信じるのなら、むしろ喜んでいるのだとか。それで謝りついでに僕は彼の家を訪ねてみたのだった。

 僕は高校生なのだけど、何故か、近所の子供達からよく懐かれていて、なんだか世話係のような立場になってしまっているものだから。

 いや、少しはその私設の水族館(?)を見てみたくもあったのだけどさ。

 

 「こんなに大きな水槽を持てるなんて、随分とお金持ちなのですね」

 

 海水魚を飼っているハウスを見せてもらいながら、僕はそう言った。すると、それを聞いて草原さんは大笑いをする。

 「そうだったら、良いんだけどね。これは僕の持ち物じゃないんだ。実は仕事でやっているんだよ」

 それから彼はこんな説明をして来た。

 随分と昔から、発展途上国が経済発展をして、海の魚を食べるようになったら、海の生態系はピンチに陥るのじゃないかと心配されていた。そして実際、中国などの国々が経済発展するのに伴って、世界の漁獲高はハイペースで減少していて、その懸念は本当になりつつある。

 もちろん、世界有数の水産資源の消費社会である日本も、その問題に対して大きな責任を担っている。そして、その一つの解決策として、養殖がある……

 

 「つまり、これって養殖をやっているんですか?」

 そう僕が尋ねると、「その通りだね」と草原さんは答えて来た。

 「正確に言えば、その実験なのだけど。僕は娯楽で魚を育てているのじゃなくて、仕事で育てているんだよ」

 そう言われてみれば、水槽で育てられている魚はヒラメ、ブリ、フグといった食用のものばかりだった。

 なるほどね、とそれを聞いて僕は思った。世の中には様々な仕事があるものだ。

 

 そして僕は感心して、草原さんの家を出たのだけど、出るなり近所に住んでいる赤春君という小学生が不安そうな顔でいるのに出くわしたのだった。

 「村上君、大丈夫だった?」

 彼は何故かそう訊いてくる。因みに、“村上”というのは僕の名前だ。

 「何が?」と、僕は不可解に思いながらそう尋ねる。すると赤春君は草原さんの家の中を指差しながら、

 「だって、あの人、リザードマンかもしれないよ?」

 などと、とんでもない事を言って来るのだった。

 リザードマンというのは、まぁ、トカゲ人間の事だと思ってくれていい。

 「いやぁ、赤春君は何を言ってくれているのかな?」

 流石子供だ、と思いながら、僕はそう訊いてみた。そんなものがいるはずないし。すると彼はこんな事を言う。

 「あの人、夜中に虫をたくさん捕っていたんだよ。でも、家の中で虫なんか飼っていなかった。

 きっと、全部、食べているんだよ!」

 なんという、理論の飛躍。

 多分、リザードマンが虫を食べる漫画かなんかでも読んだのだろう。

 僕が「そんな事があるはずがない」、と言っても赤春君はまったく納得しなかった。やれ、仕方ないと思った僕は、こう言ってみる。

 「なら、今度、確かめてみようか? 草原さんが虫を捕まえている現場を押さえて、何をするつもりでいるのか訊いてみるんだ」

 すると、彼は嬉しそうに大きく頷いた。

 このまま変な疑惑を持たれたままじゃ、草原さんにも迷惑だろう。

 (……こんな感じでなんだかんだで面倒を見てしまうから、僕は近所の子供達から懐かれてしまうのかもしれない)

 

 夜中、赤春君が草原さんを見たという森の近くの辺りで僕らは待ち伏せをした。すると、赤春君の言う通り、防虫の為か、多少着ぶくれした様子の草原さんがやって来た。

 草原さんは大きなライトの光で照らして虫を呼び、赤春君の言う通り、たくさんの虫を集めていた。種類は大して気にしていないようで、手当たり次第に捕まえている。

 「ほら、やっぱり……」

 と、赤春君は怯えている。

 「いやいや、大丈夫だって」

 そう僕は言うと、草原さんに近付いていった。実は僕には既に予想がついているのだ。草原さんは魚を育てている。魚を育てるのには餌が必要だ。そして、種類にもよるのだろうけど、魚は虫を食べる。なら、答えは簡単じゃないか。

 「何をやっているんですか?」

 僕はそう尋ねた。

 すると、草原さんはキョトンした表情で僕を見た。

 

 「あっはっは。そうか、僕がリザードマンか。それは大変に愉快な話だね」

 

 草原さんの家。

 彼は僕らの説明を聞くと、楽しそうにそう言って笑った。僕はそれを受けてこう言う。

 「捕っていた虫は、魚の餌にしていたのでしょう?」

 「まぁね」と彼は返した。

 「実は、ただ養殖するだけじゃ、海の生態系は護れないという主張があるんだよ。

 養殖の為には当然、餌が必要なのだけど、その餌を海から捕っていたら、結局は海の生態系にダメージを与えてしまう。だから、なんとか地上のもので、豊富に捕れる餌が必要なのだけど、その有力候補の一つが虫なんだね。

 虫はコストをかけずに簡単に増やせる。これを餌にできたら、大いに養殖の助けになるよ。実際、既に始まっているのだけどね」

 その草原さんの説明を聞き終えると、僕は赤春君を見てみた。ほら、心配する必要はなかったろ?って感じで。

 赤春君は安心した顔を見せる。

 が、ところがだ。

 それから、草原さんはこう続けるのだった。

 

 「まぁ、もっとも、僕が虫を食べているというのも本当の話なのだけど」

 

 ――え?

 と、僕と赤春君はその言葉に固まった。

 草原さんは澄ました表情で、そんな僕らを見ている。

 

 「オメガ3って知っているかな? 魚に含まれている脂肪酸だ。これは実は、人間の暴力行動に影響を与えていると言われている。暴力行動を抑えるというのだね。

 最も有名な事例は、この日本だ。

 日本は魚を大量に食べる社会だと知られているが、実際に犯罪が少ないだろう? 実はこれは他の国でも同様で、魚を食べれば食べる程、殺人の発生率が低いという相関関係を示すデータがあるんだな」

 

 草原さんは、それからそんな事を僕らに語った。どうしてそんな説明をするのか、僕にはよく分からなかった。けど、まだ草原さんは説明を続けた。

 「もちろん、これは相関関係であって、因果関係ではない。“何か関係がある”程度のものでしかないから、魚を食べない人が暴力的とは限らない。

 この点は非常に重要だ。

 しかし、それでもこの事実は役に立つ。オメガ3をたくさん食べさせれば、その社会の犯罪率を下げる事が可能かもしれない。しかしだ。前にも説明した通り、世界の魚達は急速に減っているんだよ。いつまでも、安定して魚を食べられるかどうかは分からない」

 そう言葉を切ってから、草原さんは乾燥したコオロギのようなものを僕らに見せた。そして、こう言う。

 「ところがだ。昆虫の中には、魚に含まれるのと同じオメガ3を栄養素として持っているものがいるんだよ。つまり、昆虫が魚の代わりになるかもって話さ。

 ま、本当にオメガ3だけでそれが可能なのかは分からないけど、僕はその代替の可能性を考えて、魚の餌にするのと同時に実際に食べて確かめているのだね」

 それを聞くと、赤春君はなんだか苦そうな表情を見せた。

 「でも、虫を食べるなんて気持ち悪いよ……」

 すると、草原さんは軽く笑う。

 「そう思うかい? でも、よく考えてみてくれよ。エビだって、カニだって、ナマコだってかなり気持ち悪いよ? でも、人間はそれを平気で食べている。しかも、高級だったりもしている。

 これは“慣れ”の問題なのじゃないかと僕は思うんだ」

 赤春君はそれを聞いてもまだ納得できないといった感じだった。すると、草原さんはそれを予想していたのか、ノートパソコンを開いてこちらに向ける。

 そこには“昆虫食が世界の食糧難を救う”と書かれてあった。

 僕らは目を見開く。

 「まだまだ世界中の人口は増えそうだし、これからは世界的な環境破壊で気候も不安定になりそうだ。

 つまり、いつ飢えが僕らの社会を襲うかも分からないのさ。

 そして、さっきも言ったけど、虫は育てるのに非常に効率が良い。だから、昆虫食というのは注目されているんだ。それを普及させる事で、世界を飢えから救おうとしている人達がいるのだね。そして僕もその一人になろうとしているのだよ」

 赤春君は、それを聞いてもまだ納得はしていなかった。その様子に、草原さんは少し寂しそうな表情を見せる。

 

 「昔は、この日本でもたくさんの虫が食べられていたんだよ。他にも陸貝のカタツムリとかね。ところが、いつの間にかそれらは廃れてしまった。

 もしかしたら、その“文化”は非常に重要なものであったのかもしれないのに……」

 

 その憂いた顔は、なんだか、僕らを心配しているようにも思えた。


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― 新着の感想 ―
[一言] 実際、去年は温暖化と乱獲の影響で、サンマが高値でしたからね。近い将来、大衆魚がなくなる可能性が高い思うと、悲しくなります。 陸上で海の魚を養殖するのはコストに見合う高級魚になってしまうでしょ…
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