花凛1‐1:
まず、更新がなかなか進まないこと、ここにお詫び申し上げます。仕事休みの日にしか更新をする機会がなく……これを読んでくれる人たちにとってはもどかしいと思います。テキトーな頃合いを見て、暇潰し的に読んでもらえれば幸いです。
冒頭:
【遠宮花凛】は、古来より脈々と続く【瀬尾本家】の次女【花京】の一人娘である。性別は女、齢15、今年、高校1年に上がった。身長は163、体重は50キロちょい、長い艶やかな黒髪をいつもツインテールにし、母親と瓜二つの整った顔立ちは美形でありながらも二重瞼の眼光はいつだって鋭く、他人をまったく寄せつけないオーラを醸しつつ、家では常人には想像しがたい日常を過ごしてる。
そんな今日の花凛を形成したのは【幼少の頃より心穏やかでない日々を送ってきた】ことに起因してる。出生が謎に包まれてるにもかかわらず【正当な本家跡取りの候補】として現当主に認められてる花凛は、それを疎ましく思う大人たちの誹謗中傷の格好の的だった。そんな花凛を見かねて現当主は、遠縁の遠宮清衛門のもとに花凛を預け入れることを決める。花凛、6歳の時だった。
清衛門:『生きることは苦しいことの連続じゃ。じゃから、儂のもとで強くなって、自分の足で精いっぱい生きてみせい』
花凛にとって清衛門との生活は、大きく運命を変える転機となったが……花凛がそれでも変わらず【瀬尾本家の第ニ後継者】であるという運命からは逃れることはできなかった。
1‐0:
【相川恵依】……彼女は瀬尾一族の重鎮ともいえる【瀬尾十家】のうちの一家【相川家】の当主の娘である。年齢は花凛と同じ15歳。小・中・高と花凛と学校に通う。身長167、体重50キロの細身、絹ごし豆腐のよーなキレイな白い肌、栗毛色のセミロングの髪、手足はスラリと長く、身長の割には小顔で7等身半という抜群のプロポーションを誇る。顔立ちは花凛と同様、母親似の恵依だが……スッキリした逆三角形の顔に、茶色い大きな瞳の睫毛の長い二重瞼、鼻筋の通った形のいい鼻頭、整った顔立ちをしており、少し大きめなプックリ膨らんだ紅い唇と……【美少女】相当の女子である。
何の不自由もなく幼少期を育ってきた恵依だが、日々のお嬢様生活が不満だったり退屈だったりしたらしい。いつしか、周りの大人たちの目を盗んで家から逃げ出してみたりイタズラするのが頻繁になり……手をこまねいた親たちは瀬尾の本家に頼み、本家直属メイドの白川家より恵依専属のメイドを迎え入れることに。これで恵依も少しは大人しくなったのだが……恵依が大きくガラリと変わるキッカケを作ったのは、近所にある遠宮清衛門の家に引っ越してきた花凛との出会いだった。
1‐1:
花凛:『お前、【変なヤツ】だな。どーせ、従くんなら、【本家を出て遠宮の家に入った】あたしじゃなくって【本家跡取り】の瑠華の方だろーに?』
恵依は時折、思い出す。花凛に【お側つき】にしてくれと頼んだ、あの日のことを。
花凛:『【瀬尾十家の娘】なら、フツーは瑠華の方に従くもんだろ?だって、その方が当然、メリットがあるもんな』
とても小学1年の女子のものとは思えない花凛の物言い。 それと、大人相手でも怯まなそーな凛とした威風堂々(いふうどうどう)の態度。見据える瞳は力が漲り、醸し出してる雰囲気はどこぞの国の覇者のよーだった。
そんな花凛を前に恵依は圧倒されながらも……でも、伝えたい胸の内を吐き出すよーにして伝える。
恵依:『あたしは……あなたに従いていくと決めたんだ!それは何があっても揺るぐものじゃない!』
花凛の力強い瞳がしばし恵依を凝視する。それはまるで品定めをするかのよーで、決意を試すかのよーで。それに対して恵依は『ここで退いたら全てが終わる』と思い、花凛の眼力に怯まず必死で踏ん張って堪える。
1‐2:
その数秒は恵依にしてみたら【生きた心地のしない】ものだった。古風に準えて言えば、それは【死地】ってヤツだ。
そーして、花凛の目元が少しだけ緩み、緊迫した空気が解けた。
花凛:『お前の【覚悟】はわかった!でも……悪いが、当分の間は試させてもらうぞ?』
でも、花凛が恵依を自身の【お側つき】として認めるまでに6年かかった。花凛的には『十家の娘は瀬尾家を出た自分とはつながりを持たない方がよい』という考えから、【振るい落とすために】恵依にはメイドも同然の厳しい扱いを強いてきたの。だが、恵依はそれにも根をあげず従いてきたため、認めざるを得なかったってのがホントのところだった。
花凛:『なあ、恵依、お前にひとつ問うけど……。もし、あたしが【お側つき】になるためには相川の家を捨ててこいと言ったら、お前はどーする?』
その問いは恵依を試すための最後の言葉だった。花凛は『もし、引き返すのなら、これが最後だぞ?』と言いたかったのだろう。その言葉が花凛なりの深謀遠慮と配慮だと分かっていた恵依は笑って答えた。
恵依:『そんなの、家を捨てるに決まってるだろ』
1‐3:
元々、恵依は自分が【瀬尾家の血をひく女】だの【瀬尾十家の跡取り娘】だのっていう【しがらみ】には囚われてもなかったし、興味も関心もまったくなかった。ただ、物心ついた時より周りから【腫れ物に触れるがごとき扱い】を受ける日々にいい加減、飽き飽きしてて逃げ出したかったのだ。そんな時、自分の目の前に花凛が現れた。初めて会った瞬間に感じた【全身に雷が走るにも似た強烈な衝撃】が今日の恵依を形成し、それが今も尚、自身を突き動かす原動力となっている。そんな恵依にしてみれば、当然、自分の血筋や家柄よりも花凛と一緒にいることを選ぶことだろう。
恵依からの答えを聞いた花凛は思わず苦い表情をする。そして、その表情を恵依に向けて遣り、『お前はホント変なヤツだな』と言ってカラカラと肚の底から笑ったみせた。そんな花凛を見て、恵依は密やかに胸の内で安堵した。『花凛たんはやっとあたしのことを【自分のお側つき】として認めてくれた』と。
1‐4:
それ以降の花凛は恵依に身の振り方を問い質すことは一切しなかった。花凛は自身の腹心とも言える、幼少の頃より付き従ってるメイドの瑠依子と同様に恵依を扱った。それは花凛が恵依に信頼を寄せてる証とも言える。
でも……こーして今日まで月日が流れてきた頃には、恵依の胸には【花凛に対する幾つかの素朴な疑問】が沸き立っていた。その疑問について、花凛本人やメイドの瑠依子、それに自身の親に問い質し、その都度答を得た恵依だが……。その答は確かに整合性も辻褄も合ってるのだが、恵依的にはどーも腑に落ちず……胸の内は晴れるどころか、益々(ますます)靄がかかったみたく深まるばかりだった。そんな恵依を見かねて、恵依御付きのメイドの紗世は言う。
紗世:『お嬢様……花凛様のことについて、これ以上は触れない方が良いかと……』
紗世は花凛や恵依と同い年のメイドである。花凛に仕える3歳年上の瑠依子とは出自が異なる紗世だが、紗世の家もまた瑠依子の家と同様、【瀬尾家に代々仕える、格式と伝統のあるメイドの家系】である。したがって、多少の事情は知ってる紗世であった。
紗世:『たとえ【瀬尾十家の相川家の息女のお嬢様(恵依)】とて、花凛様の秘密に触れたが最後……本家の隠密に消されること免れませぬ。ですから何卒、御自重くださいますよう』
1‐5:
この時ばかりは、いつもの【おっちょこちょいでドジっ娘のナヨナヨ腰メイド】とは違い、ピリッとした緊迫感と【できる感じ】を醸し出してる紗世であった。そんな普段とは違う紗世を前に、恵依はこの時ばかりは従うより他にないと思わざるを得なかった。
恵依:ーでもな……ー
胸の内がスッキリしないまま過ごす恵依を見てた花凛が、ある日の朝の登校時にこう言ってきた。
花凛:『なあ、恵依……お前が知りたい【あたしの秘密】、話せる限りのことは喋ってやってもいいぞ?ただ……【とある場所】でなければ喋れんがな……』
花凛は自分達と同じ制服を来て登校する紗世に目配せをし、それに対しての紗世からの合図を待ってから恵依に言葉を注いだのだ。
花凛:『それと……あまり紗世を困らせるな。あたしやお前みたく【家の跡取り】でない者に瀬尾のメイドが仕えるってことは、それ相応の覚悟がなくてはできないことなんだ。終生、お前に仕える覚悟をもった紗世のこと、お前は【メイドの主として】少しは自覚するべきだな』
恵依は花凛のことを『瀬尾家のしがらみに囚われすぎだ。もっと自由に生きればいいのに』と思ってたが……。花凛はそのしがらみとちゃんと向き合って生きてて、対して自分はその実はしがらみを受け入れるのが嫌で今まで逃げてたんじゃないんだろーか?と思え、自責の念とともに己の精神の稚拙さを悔いた。
1‐6:
打ち拉がれて少し項垂れる恵依を見て、花凛は恵依の背中を叩いて、カラカラと高々に笑い飛ばす。
花凛:『そう、いちいち凹むなよ?あたしはお前のそーゆー【まっすぐな心根】が好きだよ』
恵依にしてみたら、からかってるのか?あるいは誉めてるのか?分かりにくい花凛の言葉だったけども。でも、自分が思ってたほど花凛は自分のことをちゃんと見ててくれてたのだなってことだけは分かった。
そーして、その日の昼休み。恵依と紗世は、チャイムが鳴ると同時にクラスに迎えにきた花凛に連れられて、4階にある文化部の部室が並ぶうちの1室の扉をノックして入った。
そこは歴史研究部の部室で……中に入ると、まず、壁際にズラリと並ぶ本棚に上から下までビッシリと詰められた書籍の量に思わず圧倒される。窓のカーテンを閉めきり薄暗い蛍光灯が灯る中、長テーブルにコーヒーメーカーを置き、マグカップに注がれたコーヒーをすすり飲むボブショートの黒縁メガネの女子がパイプ椅子に座ってた。
花凛:『なあ、南條……さっそくなんだが、隣の恵依に【あたしのこと】を話してやってくれないか?』
花凛にそう言葉をかけられた、ボブショートの黒縁メガネ女子の南條はマグカップをテーブルに置き、恵依と紗世の方に無愛想な眼差しの白い丸顔を向ける。
南條:『ほう……。遠宮の隣のセミロングの美人が相川家の末女で……んで、その隣の頼りなさそーなおチビさんが白川家の才女か……なるほど……』
1‐7:
恵依から見るに南條は、自分や花凛から比べたら背も大きくなく、身体の肉質も【いかにも文化系でフェミニン的】って感じの体躯だった。花凛とずっと寝食をともにし、痣やら打ち身やらが絶えない花凛の鍛え抜かれたバッキバキの筋肉質で引き締まった身体を毎晩風呂で拝んでる恵依は、目の前の南條の身体的な戦闘力は花凛のそれよりもはるかに劣るだろうと、ついつい分析してしまった。
南條:『フフフフ……。そう、身構える必要もないじゃろ?見てのとーり、【儂】は遠宮やお主の隣のメイドと殺り合えるよーな身体的なスペックは備えておらんて』
南條は黒縁メガネの向こう側から恵依の思考を見透かしたよーに目もとを緩めて不敵な笑みを浮かべてみせた。
南條:『……の代わりにじゃ、儂には【相手の一定量の情報から心理や思考を逆算する】っていうスペックは兼ね備えちょる。まあ、それが儂の【このフィールドで生きて残るための唯一のスペック】なのじゃがな』
南條に瞬時に自身を見抜かれた恵依は思わず焦って慌てふためいたが……すぐさま思考を切り替え、南條の慧眼に恐れ入って自身の無礼を頭を掻きながら詫びた。そんな切り替えの早さと素直さに南條も思わず感心し、恵依に下げた頭を上げるよう促した。
南條:『ところで……お主と隣のメイドさんはどーするのじゃ?遠宮は毎度、【恐ろしく甘いカフェオレ】を儂に所望するのじゃが……儂的にはアレは客人にはお薦めできん飲み物でな……』
1‐8:
恵依と紗世は花凛の【ズレた糖分摂取の仕方】を重々承知している。学校でのお昼ごはんですら、アスリートがレース中に摂取するよーな【高カロリーのめちゃくちゃ甘いゼリー】を食して済ませちゃうよーな花凛なのだから、南條の言ってる【めちゃくちゃ甘いカフェオレ】が恐ろしく甘いだろうことは容易に想像がついた。
恵依:『あ、ああ……それじゃ、ブラックで……』
恵依の浮かべた苦い表情から察した南條もまた、花凛の【恐ろしく甘いカフェオレ】の味を思い出して苦笑いをし。まだ、ドリップして間もないコーヒーをマグカップに注いで恵依と紗世の前に出してやる。
南條:『ま、とりあえず……コーヒーを飲みながら【本題】に入ろうかの?』
南條の言う【本題】とは、もちろん、恵依が知りたい【花凛の出生の秘密】だった。南條はこの時のためにあらかじめ花凛からある程度の聞き知っており……あとは恵依の出方次第でどの引き出しを開けて、どの情報をどのよーに活用してゆけばよいか?コーヒーをすすりながら様子を窺っていた。
恵依:『まず……南條さんのことについて聞きたいのだけども……』
しばらくして……恵依が言葉を慎重に発した。それに対して南條は余裕ある態度でコーヒーを口に運びつつ、でも、向ける視線は恵依の僅かな表情の機微をも逃さんばかりの鋭さを帯びていた。
南條:『ああ、そーか……。儂のじい様はよく遠宮のじい様のところへ将棋を指しに足を運んでおったが……。遠宮の家に下宿してる君と儂は今日が初顔合わせになるんじゃったな?』
1‐9:
恵依は花凛の目の前で南條の素性を疑うよーな発言をして失礼だとは思ったが……。これも花凛と長らく寝食をともにしてきた自分なりの【花凛色の染まり方】なのだと、花凛には理解してもらいたかった。
その花凛は恵依を見据えて『恵依のくせに一人前な口を聞くようになったな』と、やられたなって感じのちょっと嬉しまじりの表情をし。そのあと、花凛は南條に目配せをして何事かを促した。それを意に介した南條は、『君の物を聞く手順は面白みに欠けるが、でも正しい』と前置きを踏み。
南條:『んじゃ、改めまして。儂の名前は【南條朋】じゃ。南條の家はな、大昔から代々、瀬尾の一族の【記録係】をやっておってな……。じゃから、瀬尾の本家はもちろん、この界隈じゃあ遠宮の家や君の家、池田の家、長尾の家と永きに渡って【ゆかりと深交のある】家なのじゃよ』
そのあと、南條は花凛との出会いについても説明する。
南條:『遠宮のじい様の密葬の後に、遠宮の方から儂の家に直接、訪れてきての……。その一部始終については後に話す機会があれば話すが……それが遠宮との初顔合わせじゃった』
そう言ったあとに花凛が補足を付け加える。
花凛:『【まずは南條の家と繋ぎを取れ】ってのが、じい様の遺言のひとつでさ……。ま、じい様は死に際の直前まで、【遠宮清衛門っていう後ろ楯を亡くした】あたしの後事について色々と根回ししてくれてたんだよな』
1‐10:
南條家は瀬尾十家やその一族郎党から比べたら、大した財力も権力もコネクションも有さない家だが……太古の昔からの瀬尾家についての情報を数多く有してるだけに、どの家も【敵にだけは回したくない】厄介な家だった。今でこそ綺羅びやかな栄華を誇ってる瀬尾本家と十家だが……その過去には当然、【表に出しては困る黒歴史】だって数多く存在している。南條家は【そんな黒歴史をも含めたあらゆる情報】を現在も所有し、それを漏洩せずにちゃんと隠匿してるという実績と信頼を本家や十家から買われ、少なからずの庇護を受けていた。
南條はサクッと自身の家について恵依に説明したのち、【本題】を突きつけてきた。
南條:『さて、【遠宮の出生】についてじゃが……君だって、隣に座ってるメイドさんや遠宮本人、はたまた黒御門のメイドさんからも多かれ少なかれのことは聞かされてるはずじゃが……。どーして、それで納得できぬのじゃ?』
南條的には恵依が次に繰り出す答えで【相川恵依という人物の粗方の実像が垣間見える】と判断し、勝負に打って出た。
恵依:『あんな【まがい物の情報】で……納得できるわけがない』
恵依は、瀬尾家の情報に精通してるはずの南條が何の違和感もなく淡々とその言葉を述べたことに怒りを覚えたが……ここはグッと堪えた。もちろん、南條は恵依の表情の機微や雰囲気の変化を逐一逃さず観察している。
1‐11:
南條:『フフフ……【まがい物の情報】か……。まあ、確かにな……。【遠宮花京】という人物に一度でも会うたことがある人間なら、真っ先にそれを疑うじゃろーな……』
南條はメガネのフレームを左手の人差し指の腹でクイッと上げると……花凛以上の鋭い目つきで恵依をグッと見据えてきた。ちなみにだが……【遠宮花京】とは花凛の実の母親であり、旧姓はもちろん瀬尾であり、瀬尾本家の現当主の次女である。
南條:『儂は南條の人間ゆえ、知り得るすべてを明かすわけには行かぬのじゃが……。大人たちが遠宮を【危うい存在】として懸念しちょるところは【そーゆーところ】じゃないのじゃよ』
南條は【まがい物の情報】についてバッサリと斬り捨てると、違うアプローチで恵依に何かしらを知らしめよーと試みる。
南條:『君は、どーして遠宮が【遠宮姓】を名乗っちょるのだと思う?』
恵依:『……えっ?』
それは恵依にしてみたら何の疑問も違和感も抱かなかった部分だった。でも、目の前の南條は変わらず鋭い眼光で見据えたままで……『さあ、ありったけの脳ミソを振り絞って考えてみよ?』と迫られてる感じが窺えた。
恵依:ーどーして……遠宮姓なのか?ー
恵依はこの瞬間までずっと【花凛は清衛門の養子】だと勝手に思い込んでた。
恵依:ーでも……そーだったなら、花京叔母さんは瀬尾姓のままでよかったはず……。でも……どーして……ー
1‐12:
恵依は『うーん…』と唸りながら、気難しい表情をして【この出題に相応しいだろう答え】を脳ミソをフル稼働させて探ってはみるが……。
恵依:ーそりゃあ……フツーに考えたら、【花京叔母さんが遠宮一族の誰かと結婚したから】……だろ?ー
でも、恵依の思いついた【フツー】は成立しない。なぜなら、【遠宮花京が遠宮一族の誰かと結婚した】なら、間違いなく、その旨の通達が本家から十家の相川家に届くはずだ。それはつまり……【そんな事実は存在しない】ことを意味してた。
恵依:ーあとは……花京叔母さんが何かしらの経緯があって【清衛門爺の養子に入った】とか……ー
それもまた同様である。本家の息女の花京が遠宮家と養子縁組をしたなら、その旨は間違いなく相川家に通達されるだろう。ってことは……これも【そんな事実は存在しない】ってことになる。
恵依が苦悩する様を面白可笑しく眺めてた南條だが……【それらしい答えにはたどり着けない】だろうと判断し、パン、パン、と手を打ち鳴らしてタイムアップを告げる。
南條:『儂が君に投げかけた問いじゃが……その答えはじゃな、儂も含め、南條の人間は【ホントのところ】は誰も知らんのじゃ』
恵依:『……えっ?』
南條が何食わぬ顔をして飄々(ひょうひょう)と期待はずれなことを言ったものだから、恵依はもちろん、隣に座ってる紗世も【ハトが豆鉄砲を喰らった】みたいな表情をする。
1‐13:
そんな二人の表情を見て、花凛は思わず吹き出してしまった。それに気づいた恵依は恥ずかしくなって一気に顔が赤くなる。南條は、そんな二人の様子に和みながらも、さっきの話の続きをし始める。
南條:『でもじゃな……【この事実】が様々な臆測を生んだのは【まぎれもない事実】じゃ』
南條は、恵依や紗世に限らず花凛も含めて【この事実の重大さ】に触れる。
南條:『まず、じゃな……どーゆー経緯であれ、花京様が遠宮姓を名乗っておられるということは、【それを御当主様がお認めになってる】ということじゃ』
花凛&恵依:『…………ん?』
そして、この二人には【口にできる範囲内で最大限の説明をしよう】と努める。特に花凛には『生命の危険すらあるかも知れないから、できる限り波風を立てず護身を計ってもらいたい』という、友としての心遣いがそこにはあった。
南條:『【瀬尾本家の息女は、遠宮と黒御門の一族の者と婚姻契約あるいは養子縁組をしてはならない】……これは明治以降、本家と十家との間で交わされた契りでな。つまりじゃ、本家の息女である花京様が遠宮姓を名乗るってということは、この契りに抵触していることになる』
花凛:『…………』
花凛は、南條のこの一言で【その事の重大さ】にビビッときた。
花凛:『おい、南條!その事について、少し詳しく話してくれ』
1‐14:
花凛の目の色と纏う雰囲気が急にガラリと変わったことに南條は気づいた。それはまるで戦人のようで……花凛の嗅覚は【そこに戦の火種がある】のだと嗅ぎ取ったのである。
南條:ーさすがは【瀬尾本家の血を色濃く継ぐ息女】。今の遠宮はまるで獲物を狙う野生の狼のよーじゃな。闘争本能溢れる鋭い眼光に纏う空気……そこいらの凡人じゃあ、当てられただけで身の竦む思いをするじゃろーてー
南條は花凛の言うとーり、順立てて詳細を説明しだした。
南條:『まず、瀬尾本家と遠宮家、黒御門家、瀬尾十家との関係性じゃが……』
歴史を遥かに遡ると……瀬尾一族は瀬尾本家を筆頭として【それを守護する】役目の遠宮家と黒御門家が一族郎党を統率・管理をしていた。そもそも遠宮家と黒御門家は【十家勃興以前よりある瀬尾本家の血縁家系】で……瀬尾一族の中では瀬尾本家に最も血筋の近い二家であり、瀬尾本家からは絶大な信頼を置かれていた。対して……椎名家を筆頭とした相川、池田などの十家と呼ばれる家々は、本家の息女との政略結婚で血縁となった数多ある豪族や貴族の家々の中でも【力をつけてのしあがってきた】家々であった。分かりやすく言うならば、要は【成り上がり者】ってことである。
1‐15:
そんな十家は、長きに渡って遠宮家と黒御門家の下で本家に対し奉仕してきた。だが……この力関係は明治時代の近代化の訪れで少しずつ変化していく。政略結婚や謀略、諜報、籠絡、暗殺といった【歴史の裏舞台での暗躍で得た地位と権力と財を保持してきた】瀬尾本家は、明治新政府が次々と打ち出していく施策の前に暗躍の場を失い、歴史の闇に葬りさられようとしていた。そんな窮地を救ったのが、近代化の波にいち早く乗って様々な事業を国内外で展開し【現在の瀬尾コンツェルンの前身を創設した】十家の椎名家だった。
遠宮家と黒御門家は、時代の変革の波に敢えて抗わず【瀬尾本家を守護する役目】を椎名家に引き継ぎ、第一線から退くことを決断する。こーして【実質、一族のナンバー2となった】椎名家は、その権限と自身の持つ力を駆使して他の十家を従わせ……その体制は現在にまで至っている。
椎名家は、【かつての一族のナンバー2】であった遠宮家と黒御門家に対し【一族の力が結束しないよう】いくつかの契りを本家も含めて交わさせることにした。そのひとつが南條の言ってた【瀬尾本家の息女は遠宮家あるいは黒御門家と婚姻契約あるいは養子縁組をしてはならない】である。
1‐16:
当時、遠宮家と黒御門家の一族の中には椎名家主導の体制に反対する者も決して少なくなく……。その者たちが本家との血縁者を【新たな瀬尾の主導者】として祭り上げ、第2の勢力となって【瀬尾一族を二分させる】のを阻止するためにそれは効果を発揮した。
さらに椎名家は遠宮と黒御門の一族の力を少しでも削ぐべく【次なる契り】を交わさせた。それは『本家への忠誠を全うし、【新たな御役目】に務めるべし』というものであった。今風に言うなら、黒御門家は本家直属のメイド兼ボディーガード、遠宮家は御当主直属の諜報機関って具合だが……。これにより黒御門家は本家のみならず十家や有力な家に奉仕することになり、遠宮家は御当主直属ではなく【瀬尾本家の利益と安定を守るため】に奉仕することになる。
椎名家は特に遠宮家を恐れおり……ゆえに【その力が結束しないよう】、海外のあちこちに事業展開しているコンツェルンの出先機関の守護の任に就かせることにする。諜報機関と言っても【暗殺やスパイ活動を生業としてきた】遠宮家だけに、自身に暗殺の手が及ぶのを何よりも恐れたのである。
遠宮家の先祖代々より受け継がれてきたそのスキルは海外へ行っても十分すぎるぐらいに通用し、世界の裏社会でその名を知らしめることになる。表面上の実情しか知ることのできない椎名家は、この施策により【遠宮家の弱体化を謀ることに成功した】と勝手に思い込んでいたが……その実、遠宮家は世界の各地で裏社会を掌握していき、椎名家と同等以上の力と財力を手にするまでに至ってたのである。
1‐17:
そーなると当然、遠宮の一族の中では【椎名家を退けて復権する】という気運が高まるが……前当主も亡き清衛門もそれをしよーとはしなかった。なぜならば、【今ある現状の維持】こそが瀬尾本家の利益と繁栄につながると判断したからだ。この判断はもちろん、一部の間では反発を招いたが……【現当主の次女の花京が遠宮姓を名乗った】ことと【その娘の花凛もまた遠宮姓を名乗った】ことで、大体以上の収拾がつくこととなった。
以上が南條が花凛たちに説明した内容である。
南條の話を気むずかしい顔をして聞いていた3人だが……話し終わった南條に真っ先に口を開いたのが花凛だった。
花凛:『なるほどな……。契りに抵触してるとはいえ、【あたしとアイツ(花京)が遠宮姓である】から、大きな波風が立たずに済んでるってわけか……』
南條:『そーゆーことになるのぉー。十家筆頭の椎名家からすれば、遠宮姓を名乗ってるお前さんが本家跡取りの第2後継者であることが【瀬尾一族を完全支配するために真っ先に排除しなければならない癌】なのじゃが……。だからといって、下手を打って【遠宮一族と全面対決】なんて事態は避けたいじゃろーし、御当主様に強引に詰め寄って【お前さんを後継者の座から引きずり下ろす】よーな真似をすれば一族からの非難は免れんじゃろーし。じゃが、事故死だろーが突然死だろーが【殺ろうと思えば何だってやれる】力とカネを持っちょる家じゃからの……用心しとくに越したことはないのじゃ』
1‐18:
花凛:『用心するに越したことはないって言ってもなぁ……』
南條:『まあ、お前さんが今みたく【これから先も瀬尾家に対してヘタな野心を抱かず】、本家の瑠華嬢が予定通り【瀬尾本家の正式な跡取りとして襲名してくれれば】、椎名家もお前さんの【穏やかな日常】を脅かすよーなことはしてこんじゃろ?』
花凛:『まーな……。事が向こうの都合通りに運んでくれたら、だけどな……』
南條の口から本家の瑠華の名前が出た時、花凛は記憶から薄れかけてる【懐かしい幼なじみ】のことを思い出してた。
花凛:ー瑠華か……。そーいやぁ、もう、何年も会ってないな……。【相変わらずの調子】で元気にやってるんだろーけど……ー
瀬尾瑠華……彼女は現当主の長女‐花蓮‐のひとり娘で花凛が生まれた同じ年に生を受けた。花凛が清衛門のもとに来るまでの6年間、花凛と瑠華は【同じ屋根の下で】姉妹のよーにして育ってきた。花凛が清衛門のもとに越してきたあとの数年は、わざわざ本家から会いにやって来てたりしたが……ある時からピタリ会いに来なくなってしまった。それについて瑠依子に聞いてみると……【瀬尾本家の跡取りとして相応しい令嬢になるべく】週の半分は黒御門の本家で修行を積んでるのだという。それを聞いた花凛は嬉しくもなり、一方、寂しくもなり……。でも、自身も瑠華には負けてられないと、今まで以上のハードメニューをこなし始めた。
1‐19:
南條の口から【思いもよらぬ名前】が飛び出し、それに花凛が反応して心を懐かしい記憶に向けてた頃、恵依もまた記憶を遡って瑠華のことを思い返してた。
恵依:ー瑠華嬢か……。ここ数年、花凛たんのとこにまったく姿を見せなくなったけど……。それでも、花凛たんにあんな表情をさせる瑠華嬢はやっぱり今でも【強敵】だなー
恵依は今でも瑠華が遠宮家にやってきて一緒に過ごした僅かな日々のことを鮮明に憶えてた。瑠華もまた自分と同様【根っからのお嬢様育ち】だったが……でも、【自分とは明らかに何かが違って】た。
瑠華:別に無理して何かをやる必要もなければ変わる必要もないにゃご。【自分はこれをやる!】って思い立った時、その時、初めてそれと真剣に向き合ってやればいいにゃご。
そんな瑠華は、恵依にしてみたら【まるで雲の上にいるよーな手の届かない存在】のよーに思えた。何を妬むわけでもなく、恨んだり羨ましがるわけでもなく、そして裏表があるわけでもなく、あるがままの自分で堂々と立ち振る舞い、ぶつかり合い、精いっぱい表現する……そんな瑠華の人間性は芸術家のよーでもあり、天真爛漫のよーでもあり、唯我独尊のよーでもあった。
恵依が今日まで辛抱強く花凛の側にいて頑張ってこれた【もうひとつの動機】には、【瑠華みたいな存在に自分もなって花凛たんと肩を並べて歩きたい】という強い願望があったからだった。
1‐20:
恵依:ーでも、さっきの南條さんの話からすると……【黒御門家での修行】って、もしかして……ー
恵依は思った。『瑠華もまた花凛に追いつこうとして、花凛みたいな訓練をしてるんじゃないか?』って。
恵依ーもし、そーだとしたら……【あたしだけ、ひとり、取り残されてしまう】……ー
花凛は恵依が難しい表現をしてるのに気付き、『おい、恵依!』と声をかける。恵依は花凛の呼びかけにハッと我に帰り……。不安でいっぱいの胸の内をしまいこんで、いつもの自分で呼びかけに答えた。
恵依:『……ん?どーした、花凛たん?』
その変わり身の早さに花凛は腑に落ちない表情をするが……。
花凛:『恵依が求めてた答えとはちょっと思うけど……。でも、南條の説明で少しは【あたしの現状】が知れただろ?』
そう聞いてくる花凛に恵依は苦笑いを作って答えてみせる。
恵依:『うん、まあ、確かに……。つか、話が色々と複雑でややこしくてな……。あとで整理しなくちゃならないな』
それを聞いた花凛もまた苦笑いをする。
花凛:『まーな……。つか、【瀬尾一族】は歴史が古いからな……色々とややこしいことが多いんだよな』
花凛は『恵依が求めてる答はもっとシンプルなものだ』ってことを重々、分かっていたが……。
花凛:ーあたしだってホントは知りたいんだよ……自分が生まれてきた時のこととか、【見たことがあるかも知れないけどもまったく記憶にない父親のこと】とか、さ……ー
花凛が自身の出生について蓋をするよーにして触れないできたのには、【抑え込んでる自分の感情が一気に溢れて収拾がつかなくなりそーで怖かった】からだった。
1‐21:
花凛:ーでも、まあ……花静は【その時が来れば、母上で在らせられる花京様の口から全てを明かしてくれることでしょう】って言ってたし。だから、あたしもその言葉だけを信じてやってきたけど……ー
そんな花凛の【鉄壁にも似た心に綻びを生じさせる】キッカケを作ったのは亡くなる直前の清衛門の言葉だった。それは今日まで厳しい訓練に耐えて成長した花凛を最期は誉めてくれた清衛門が【その褒美代わりに】と教えてくれたことだった。
清衛門:【お前の父親】は……あの程度じゃあ……死にやせんよ……。これは儂の推測じゃが……【大人の事情】があって……お前の前に姿を現すわけには……ゆかんのじゃろ……
清衛門のこの一言は、花凛が今まで聞かされてきた【自身の出生に関わる部分】と明らかに食い違っている。
ちなみに、恵依が【まがい物の情報】だと勝手に決めつけた【花凛の出生】についてだが……それは『帰宅途中の花京がストーカーまがいの若い男に拉致誘拐、監禁され、数日間に及んで男に強姦され。そして、犯人逮捕後、暫くして花京が妊娠してることが発覚。でも、中絶することを憚った花京はそのまま妊娠して出産。その時、生まれた子どもが花凛である』っていうものである。でも、これには【補足】があり……『花京を強姦した犯人は裁判が始まる前、留置所にて首吊り自殺を計り【被疑者死亡】という形で事件は決着した』と言われている。
1‐22:
恵依は『【女版007】みたいな屈強な花京がそこいらの男に簡単に拉致誘拐されるわけがない!』という点から【まがい物である】と決めつけたのだが……。清衛門が死に際に花凛に話した【花凛の父親】については、今までの話とは明らかに辻褄が合わなすぎる。故に花凛は【その1点においてのみを真実だと信じ】、清衛門の亡き後、言われたとーりに南條家に相談に赴いたのだ。
この時、花凛と相対した南條の祖父‐矩宗‐は清衛門からの託けを聞き、花凛にこう言った。
矩宗:清衛門がそう言うておったのなら、それは【ホントの事実の一端】なのじゃろ……。でも……【それを知っちょった】にも関わらず、お前さんに最期まで明かさんかったんは……もしかしたら、ホントのところがどこかしらから洩れて明るみになったら【お前さんの身の上に危険が及ぶ】と考えちょったのかも知れぬよ?そのまま【まがい物の情報】を泳がせておいた方がまだ【お前さんの身の安全を計れる】と計算しちょっとったのかも知れんよ?
当時の花凛には矩宗の言ってることが今ひとつ理解できなかったが……最後に言った言葉が妙に胸に引っかかった。
矩宗:それにじゃ、お前さんの件に関しては【亡き清衛門はもちろん、本家の御当主様、十家筆頭の椎名家の御当主様もちゃんと了解されちょる】ってことじゃ。もし、そーでなかったら、お前さんは遠宮姓を名乗る以前に【この世に生を受けちょらん】て。じゃから、お前さんは【ちゃんとした血統の父親と花京様との間に生まれた娘】ってことなんじゃよ。
1‐23:
花凛:ー椎名家の叔母さんがあたしのことをちゃんと了解してるか……。まだ瀬尾本家にいた時の【あの、いかにも毛嫌いしてる様】を思い返せば、そんな悠長な解釈には至れんのだがな……ー
現に花凛は幼少期の折、飯に毒を盛られてるのも知らずに食って痙攣を起こし救急搬送されたり、瑠依子と道を歩いてる際に暴走した自動車に轢かれかけたりと、幾度か【生命の危険に晒されもした】が……。でも、清衛門のもとにやってきてからは【そのよーなことは一切なく】……。でもでも、【それは清衛門のおかげ】だと一方的に思い込み、引き続き、自分を毛嫌いしてる椎名家の叔母さんは【自分をこの世から排除しよーとする敵】だと勝手に決めつけてた。
でも今、花凛は矩宗爺の言葉を思い返して【別の思考】に至ろうとしていた。
花凛:ーもしかしたら……【わざとそーゆー風に演出せてた】ってことか?【あたしの生命を狙う者】が他にいて……ソイツらにそれを見せることで【ソイツらから生命を狙われるのを遠回しに防いでくれてた】ってことか?ー
花凛がちょっと気むずかしい表情をして激甘のカフェオレを啜ってる様を見て……南條もまた【今現在の自分の思考の危うさ】に気がついた。
南條:ー激動と戦争の時代のひと昔前ならともかく……。瀬尾コンツェルンの【実質上のナンバー1】の椎名家が【傀儡も同然の】瀬尾本家の御当主様を現在もホントに必要とするじゃろーか?でも、今現在も【昔と変わらぬ体制】を維持しちょるということは……ー
1‐24:
南條はそう考えつつ、同時に【ここ数十年の遠宮一族の動向について情報が南條家にまったくない】ことにも疑問を抱いた。
南條:ー確か……清衛門爺のとこには男3人と女1人の子どもがおったはず……。父親である清衛門爺の葬儀にも誰ひとり姿を現さず、いったい、どこで何をやってるのやら……。遠宮家だって【清衛門爺の後釜(次期後継者)】を決めねばならんだろーに……ー
南條は冷めてきたブラックコーヒーを啜りながら【とある人物との接触】を計ろうと決めた。
南條:ーどーゆー経緯があって隣の県に住んでた市乃が、この春からわざわざ越境して儂や遠宮たちと同じ学校に通ってるのかは分からんが……。でも、長尾家の市乃なら、極東の遠宮一族のことを儂らよりは知っちょるじゃろ?そこから少しは【儂らの知らぬ遠宮一族の動向】が分かるじゃろー
そう肚をくくると……南條はスカートのポケットからスマホを取り出し、さっそく、SNSを使って長尾家の市乃にメッセージを送る。
南條:近いうちに会えないじゃろーか?久々に話がしたいのじゃが……
そう送ると……すぐさま市乃から返事がきた。
市乃:あたしも近々、朋さんに会いに行こうと思ってたんです。今日の放課後はどうでしょ?
市乃からの返信に南條はちょっと戦慄した。
南條:ーやっぱり……【何事かあって】こっちに来たってことか……ー
1‐25:
【あまり人と交遊を持たない変わり者】で有名な南條が花凛の他に唯一、交遊を持っているのが【瀬尾十家の長尾家の息女‐市乃‐】であった。南條と市乃の交遊はもちろん、花凛と出会う以前からであり……故に南條は長尾市乃の【人となり】をよく熟知している。
南條:ーさっきの市乃の言葉から察するに……ボチボチ接触をしようって感じが窺えるのぅ。でも、市乃は儂から何を引き出すつもりじゃろーか?ー
そんなことを思案してる南條に市乃から続けてメッセージが送られてきた。
市乃:待ち合わせ場所ですが……朋さんちの近所の大型ショッピングモールの駐輪場でいかがでしょうか?
南條はサッと目を通すと、了解の旨の返事を空かさず送る。
市乃:では、放課後。久方ぶりの語らいを楽しみにしています。
花凛は日頃の南條を【狸寝入り女】だと思ってるのだが……急にピリピリしてスマホの画面を素早く操作してる様を見て『何事か?』と、ちょっと驚いた様子でその一部始終を見つめてた。そんな花凛の視線に気づいた南條はスマホを置くや急に席を立ち、踵を返して書棚の方へと歩いていく。
南條:『おおー……危うく忘れるとこじゃった!』
南條の突飛なアクションに恵依と紗世もビックリして。口にしてたマグカップを机に置いて、その後ろ姿を追う。
南條:『残りわずかな時間の間に、相川家の末女とそのメイドさんにはこれを書いてもらわんとな』
1‐26:
そう言われて恵依と紗世は書棚をゴソゴソ漁る南條の後ろ姿を見つめながら、『いったい何を書くんだ?』と密かに思考を巡らせる。
南條:『この歴史研究部なんじゃが……実は部員が儂と遠宮の二人だけしか居らんでの……。5月の終わりまでにあと3人、入部してもらわんと強制解散させられてしまうんじゃよ』
そんな折、南條のちょっと丸っこい小さな背中が喋りだす。
南條:『かと言って、【遠宮の追っかけ】みたいな女たちを頭数合わせで入部させてもなぁ……どーせキャーキャー騒がしいだけで部の活動なんてサッパリやらんじゃろーし。それに、此処は儂の憩いの場所なんでの……できれば儂が同じ空間に居っても疲れん人間を部員にしたいんじゃよ』
南條の言うとーり、花凛には【小学時代から追っかけ女子が存在してる】ことを恵依はもちろん承知してたが……。
南條:『そこでじゃ。お前さんたち二人に此処に入部してもらいたいんじゃが……。今現在、他の部活に所属してたりするじゃろーか?』
そう言った丸っこい小さな背中がクルリと踵を返して戻ってくると……その手には入部届のプリントを持っていて。南條はそう聞いてきた割には二人の前にスーッとそれを差し出すと、胸ポケットに差してある高級げなボールペンを恵依の前にトンッと置いた。
恵依:ーつか、これって要は……あたしと紗世に入部しろってことだよな?ー
1‐27:
現在、恵依も紗世も【帰宅部】だから、確かに入部しても差し支えはない。ただ……遠宮家の朝は花凛のスケジュールに合わせてスタートするから起床時間が恐ろしく早い。だから、夕方近くになると睡魔が襲ってくるうえに、この二人は遠宮家の朝と夕のご飯の支度を瑠依子から任されてるから、学校が終わったらサッサと買い物へ行って夕ごはんの支度を済ませ、そして夕ごはんまでの僅かな空き時間に勉強やら自分の時間やらに当てたいのだ。だから、とてもじゃないが部活動に割く時間は二人にはないのである。
ただ……恵依も紗世も、朝早くから起きてトレーニング、学校が終わって帰宅したらまたトレーニング、さらに夕ごはんを済ませたらサッと勉強を済ませて今度はストレッチという【トレーニング三昧なストイックな日常を難なくこなしてる】花凛がここに入部してる以上、ハードな日常を口実に南條からの入部の誘いを断るのは正直、憚られた。
恵依も紗世も入部届を前にペンも握ろうともせずに硬くなり、苦い表情をしてるところを花凛が口を割り入れた。
花凛:『その入部届はな、この部室に出入りするための【通行手形】みたいなもんだ。あたしだって部の活動は南條に任せっきりでまったくのノータッチだし……。だから、ここは【人助け】だと思って入部届にサインしてやれ』
花凛だって、この二人が日々頑張って家事に従事してることは重々承知している。それに南條も花凛のストイックな日常を少なからず聞き知ってるから……よほどじゃない限りは手を借りずに自分一人で部の活動はやっていこうと考えてる。
1‐28:
南條:『そう、憂鬱にならずともよいんじゃよ。この入部届はな、【あくまでも部を存続させるために頭数を揃えたい】ってだけの話じゃしな。儂とて遠宮や瑠依子さんから屋敷での生活の有り体を聞いて多少のことは知っちょるからの……じゃから、お前さんたちの事情ももちろん分かっちょる。それを踏まえた上での入部届じゃ。サインして貰えると儂としてはとても助かるのじゃが……』
南條の言葉にちょっと安堵した恵依と紗世は『それならば……』と入部届にササッとサインする。
花凛:『なあ、南條……これで【あと一人、入部させれば】部の存続は確定するんだろーけどさ。でも、あと一人はどーするんだ?誰か、心当たりはあったりするんか?』
南條:『お前さんにムダな気苦労はかけはせんよ。あと一人の目星は付いちょる』
花凛にそう答えた南條だが……胸の内は【まだ、靄がかかった】状態だった。
南條:ーさて……市乃が儂に求める【取引材料】はいったい何かのー?それに応じられれば、市乃を入部させて事なきを得るんじゃが……ー
結局、南條は放課後、市乃に会うまで【心、此処に在らず】って状態で午後の授業を終えた。そして、6眼目の授業を終えるや足早に教室を出て、待ち合わせのショッピングモールに自転車を漕いで向かう。
南條:ーこの期に及んで色々と思考を巡らせてもしょーがないのー
そーして南條は肚を括り、駐輪場で待つ旧知の友と久々の再会を果たした。
〈花凛:1‐2へ続きます〉