24話 闇の誘惑 ―4―
「ヤミ、交渉は不成立だ」
ヤミはどこか抜けていて可愛らしいし、顔だってすげぇ美人で、胸は少し小さいけれどスタイルもよくて、きっともっとたくさん会話をしてお互いを知り合えば仲良くなれる、そんな気がする。
そんなヤミに対し、心のどこかで罪悪感を覚えながらも……でもやっぱりそれ以上に――
「アミューを泣かすヤツを許すわけにはいかねぇんだ!」
「な……っ!」
「……アキタカさん」
二人の美女が俺を見る。
お前らに取り合ってもらえるような、たいした玉じゃないんだよ、俺なんか。
けどな、こんな俺でも曲げられねぇもんってのがあるんだ。
「イドバシに入社して真っ先に教えられることが何か知ってるか?」
燃え上がるカビの隣で、ヤミに問う。
ヤミにとってはなんの話かさっぱりだろうが、構わず続ける。
「『誰かに言われたからではなく自分で考え行動すること』」
命令を聞くだけでは、お客様が満足する接客は出来ない。
また、先輩風を吹かせて部下をアゴで使うようなことがあってもならない。
やろうと思ったのに行動しない。やれと言われたからという理由だけでやりたくもない行動を起こす。その行動に意味や意義など生まれない。
独りよがりな行動をしていては、お客様のご迷惑にしかならない。
行動を起こす時は、自分でそうしようと考えた時だ。
「自分がやるべきだと思ったことは、自分の責任で取り組み、一度手を出したことは自分の責任で最後までやり通す。それが、イドバシ社員の基本理念なんだよ!」
俺は、自分の言動に責任を持っている。
常にそうでありたいと思っているし、そうしているつもりだ。
「見返りが欲しくてこの世界に来たんじゃねぇ」
俺はあの日、あの不思議な空間でアミューと話して――
「偉ぶりたくて世界を救ってるわけじゃねぇ!」
――純粋に思ったんだ。
「俺は、俺の意思で女神を助けてんだよ! 舐めんじゃねぇぞ!」
こいつの笑顔を、守ってやりたいって。
俺がそう思ったから、俺はそのように行動している。
しかし、あえて言うならば。
「俺がこいつを守る理由はただ一つ――こいつが、アミューだからだ」
ヤミを見つめ、はっきりと宣言しておく。
「俺は、女神の使者だ」
今も、これからも、ずっとな!
――と、背中に柔らかいものがぶつかる。
精一杯の速度で近付き、加減も出来ずに抱きついてくる。
「……ア…………アキタカさん……っ!」
アミューが、俺の背中に抱きつき、顔をぐりぐり押しつけてくる。
「アキダガざん……っ、わだ……わだじ……っ!」
「アミュー……ハナ、かめよ」
ぐっしゃぐしゃになって、嬉しそうに、泣いて、力の限りに抱きついてくるアミュー。
こんな間の抜けた女神だからこそ、俺がいてやらなきゃいけないんだよ、絶対。
「わたし……っ! アキタカさんのそーゆーとこ、すっごく好きですっ!」
泣きながら叫ばれたその言葉は、きっと本心であって、それでいて……ロマンチックなニュアンスは……残念ながら含まれてはいないのだろう。
けど。
「その言葉だけで十分だ」
他には何もいらない……っていうと、カッコつけ過ぎだけど。
これで十分だ、とは、思える。正直に。
「あぁ……っそう!」
だから、俺はお前の前に立ちはだかるぞ、ヤミ。
女神を――アミューを排除しようと考えるお前の前に。
バチバチと火の粉をまき散らす元カビだった物は今もなお勢いよく燃え続け、そいつは、ヴァンガード村にまき散らされていた胞子を想起させるような燃え上がり方だった。
魔王の生み出す菌類は、いささか燃えやす過ぎるのかもしれないな。
「これで終わりだと思ってるんなら大笑いなんだけど?」
「まぁ、そう簡単にはいかないだろうなとは思ってるよ」
魔神獣なんて大層な名前の獣だ。
これだけなわけがない。
それにこいつはさっきこのカビを『ぶつ切れの欠片』だと言っていた。
ならきっと、こんなもんが後いくつもあるってんだろ?
それを踏まえた上で言ってやろう。
「何をしようと、お前の目論見を阻止してやるよ」
お前が何をしてこようと、それを抑えてアミューを守る!
「………………はぁ」
左手で前髪をぐしゃっと掴み、そのまま顔を隠すような格好で重いため息を吐くヤミ。
怒りが感じられる、少し震えた息遣いだった。
元カビだった物が炭となり、間もなく燃え尽きようとしている。
わずかに残るその赤い炎の光が、ヤミの影を一層濃くする。
「あぁ、分かるわぁ…………こんな感じなんだね…………」
明滅する炎に照らされ、ヤミの頬に一筋の光が落ちていく。
ヤミが涙をこぼして――
「拒絶される痛みって――」
――俺を睨んでいた。
「陽の当たる場所でさ……自分はあったかくて……居心地のいい空間で……分かり合える仲間に囲まれて……『あぁ、世界は素晴らしい』……『みんなも前を向いて歩こう』なんてさ……えっらそうに………………その世界の犠牲になってるヤツのことなんか見向きもしないでさっ!」
ヤミの全身から黒い煙が立ち込める。
懐から、先ほどのアセロラのような実を取り出し、喰らう。
黒い煙がその強さを増し、紫の稲光が闇の中を駆け抜ける。
「ワタシがどんだけ手加減してやってたと思ってんの? マジ笑えんだけど?」
ヤミが右手を掲げると、そこへ稲光が集約していく。
「もういいや……止められるんなら、止めてみれば!?」
ヤミが右手を突き出すと、そこへ集約されていた稲光と黒い煙が一気に放出される。
俺たちとは真逆の方向へ。
砦と、その向こうの外壁へ向かって。
「なっ!?」
けたたましい爆発音を轟かせて、砦が吹き飛ばされた。
頑強な石造りの建造物がガラス細工を砕くようなあっけなさで崩壊する。
地面は抉れ、黒く焦げ、もくもくと煙を上げて、はるか遠くへと一本の道を作り出していた。
この広場から、小さな町のような大きさをしているこの砦の敷地を貫いて、そこにあった石造りの建造物のすべてを貫通して、敷地の一番向こうの分厚い外壁に大穴を開けて、おおよそ1キロほどもあろうかという真っ直ぐな直線がそこに誕生していた。
そこに存在するはずだった外壁が崩れ去った後の瓦礫が散らばり、そしてそのさらに奥には――どこまでも続いていくと錯覚させるような深い森が見えた。
外壁が崩壊した。
闇の中に無数の光る瞳が浮かぶ。
数十……いや、数百という、獰猛な獣の瞳。
命の危機を感じ死に物狂いで襲いかかってきている獣たちの瞳が、こちらを見ていた。
「……バイバイ、人間」
ヤミの声が風の中に消えていく。
そんな気がして振り返ると、もうそこにヤミの姿はなかった。
どこに行ったんだ?
「アキタカさんっ、魔獣が来ます!」
「がぅ! がぅ!」
アミューが叫び、ぽんちゃんが吠える。
視線を戻すと、闇に浮かぶ無数の瞳がこちらへ向かってきていた。
カッコつけてみたものの、こんな数の魔獣をどうこう出来るなんて、到底思えない。
『ファラウェイ・スマート』を使えば逃げきることが出来るかもしれない。だが、それはここの兵士たちを、そしてこの国の住民たちを見捨てることになる。
「アキタカさん……」
どんな手を使っても抵抗は不可能。
それを重々承知しながらも、言わずにはいられない――そんな目で、アミューが俺を見る。
「……なんとか、しましょう」
なんとかする方法なんか、存在しないんだろうが――
「あぁ!」
抗うしかない。
これが、最終局面だ!
俺は松明を握り、『ファラウェイ・スマート』に足をかけ、大声で吠えた。
「やってやるぜ、コンチキショウ!」
たとえ夜の闇が迫りこようとも、篝火を絶やさなければ光は潰えない。
そうして、みんなで協力して困難を乗り越えれば、必ず夜明けはやってくる。
そんな、女神の言葉を胸に、俺は魔獣の群れに相対した。




