24話 闇の誘惑 ―3―
「ねぇ、女神の使者。あんたさぁ……」
余裕を湛えた蠱惑的な笑みで、俺を誘うように視線を向けてくる。
鼻孔に粘つくような色香が漂ってくる――そんな錯覚に見舞われる。
「女神側でいいわけ?」
「……どういう意味だ?」
「だって、女神に尽くしたって、あんたにメリットないっしょ?」
メリット?
「この国を救って、世界が平和になって、めでたしめでたし……で?」
ヤミの顔が歪む。
だが、その表情はどうしようもないくらいに妖艶で――美しい――そう俺の目に映った。
なにせこいつは……アミューに似ているのだ。
穢れのないアミューの醜い部分を垣間見せられているようで……妙に、心がざわつく。
「あんたは尽くすだけ尽くして、何も得られない。ねぎらいの言葉をもらって、それで満足なわけじゃないっしょ?」
ぬらぬらと、カビの塊がうごめく。
徐々に自我を持ちつつあるように感じる。
――返答を誤ると襲いかかってくる。そんな強迫観念が俺の脳みそにちりちりとした危機感を与えてくる。
「こっちにつかない?」
「何を言うんですか!? アキタカさんは女神の……っ!」
「どっちにつくかは、そいつの自由っしょ?」
反論しかけたアミューの声を、ヤミは待ってましたとばかりにかき消す。
アミューが出したよりも大きな声で。
そして、その目論見通りにアミューは口を閉ざし、不安げに揺れる瞳をこちらへと向ける。
「こっちにつくなら、世界の半分をあげるよ。いや、魔王に気に入られりゃもっとくれるかもしれないよ。そもそも、魔王はこの世界になんかさほど興味はないんだからさ」
手にしていた黒いハンカチを握り潰し、次いで握りしめた拳が黒い炎に包まれる。
握られていたハンカチが消し炭となり、開かれた指からはらはらと風に舞って夜の闇へと消えていく。
「ただ、自分の上に乗っかってる邪魔な世界を壊したいだけ。欲しけりゃあげるって、そう言うよ、きっと」
俺が……この世界のすべてを手にする?
魔王に荷担すれば……
「ア、アキタカさん……」
アミューが、不安げな声で俺を呼ぶ。
視線がぶつかると小さく肩を震わせて、泣きそうな顔になった。
「た、確かに……わたしは、アキタカさんには、何もあげられていません……で、でもっ、この世界を救うには、アキタカさんの力が……いえ、アキタカさんが必要なんです!」
「だから、命を危険にさらしてただ働きしろって? きゃははっ、鬼じゃん、あんた」
「そんなことは……っ!」
「実際さぁ!」
アミューに反論を許さず、ヤミは揺れ動くカビの塊を指差す。
それを受け、カビの塊が俺の方へと体を向け、両腕を持ち上げる。だらりと力なく垂れる腕が水平に持ち上げられ、俺へと向けられる。
「ワタシがソイツをけしかければ、女神の使者は死ぬわけじゃん? そんな目に遭ってさ、見返りはなに?」
「見返り……と、言われましても……」
「あんたがその身を捧げたりすんの?」
「そっ!? ……そんなことは……」
「ないんだ? へぇ~、ないんだぁ?」
「…………っ」
言葉に詰まり、視線を逃がすアミュー。
一瞬だけ俺を見て、すぐに逸らす。
耳が赤く染まり、まるで泣き出す直前のような危うさが漂っている。
「はっ、ウッザ」
泣きそうなアミューを見て、ヤミはあからさまな不快感を隠すことなく口と表情に出す。
そして、指を差して明確な非難を向ける。
「こいつさえ殺せば簡単な話なんよ。分かるっしょ? 結局、こいつのエゴなんだしさ」
「……エゴ?」
アミューが黙ってしまったので、俺が代わりに問いかける。
エゴ……とは何か。
「だってそうでしょ? 誰が世界を創りたいって思ったの? 女神じゃん。で、その犠牲になったのは? 魔王っしょ?」
唇を噛み、アミューは反論しない。
「この世界を救いたいのは誰? そいつじゃん。で、今犠牲になって、アッチコッチ引っ張り回されてるのは? ――あんたっしょ?」
赤い瞳が妖しく煌めく。
「ワタシら、けっこー似てっと思うんだぁ。仲良くなれそうな気、しない? ねぇ?」
ある種の自信をその瞳にみなぎらせ、ヤミは俺へと一歩近付く。
腕を伸ばし、カビの向こう側から俺に向かって誘いの言葉を寄越してくる。
「こっちおいでよ。馴染めば楽しいって、きっと」
そうすれば、アミューは独りになって、この世界は……
「なんなら……ワタ……ワタシが、つ、付き合ってやっても……いいし……どうしてもって言うならね!」
顔を真っ赤に染めて、そんな突拍子もない告白をするヤミ。
それは想像外だった。
俺がアミューに惚れて、惚れた弱みで付き従っているのだとすれば、同じくらいに美人で、言動がどことなく可愛らしいヤミが付き合ってくれるってのはすげぇ魅力的な申し出だ。強力な武器になったことだろうな。
「ヤミはさ」
「にゃにっ、……なに、よ…………呼び捨て、すんな」
「そういうとこ、ホント可愛いよな」
「ふへぃ!? は、はぁ!? かわ……かわいい……とか…………」
ホント、可愛いよ、ヤミは。
ホントにさ…………
もっと、違う形で出会いたかった。
ヤミとカビの力に怯み立ち尽くしている兵士の手から松明を拝借する。
そして――松明をカビの土手っ腹に突き刺す。
「ゴ…………ォォ……ォ……!」
ばふっと細かい胞子をまき散らし、カビが勢いよく燃え始めた。
カビを殺すには、酸性洗剤か、熱湯か、炎って相場が決まってるからな。




