22話 救出、脱出、ホラー的演出 ―4―
突然、壁が大きな音を立てて振動した。
爆発音かと思うような、腹に響く重々しい大音響。
天井からぱらぱらと砂粒が降ってくる。
「なっ、なんですか、今の音と振動は……!?」
つい先ほど交代して、現在は『映画空間』と『ファミリー撮っちゃお』を持っているアミューが、通路の真ん中できょろきょろと辺りを窺っている。
俺も辺りを見渡してみるが、それらしいものは見当たらない。
一体なんだったんだ? 地震、か?
その時、二度目の振動が通路を揺らす。
あまりの振動にマーサがふらつき、患者が背中から滑り落ちる。
「い、異常事態ですよね、これは!?」
「と、とにかく、早くここを出た方がよさそうね」
「センセイ、背負える? 残りは私が担ごうか?」
「大丈夫よ。ちゃんと背負うか……」
「ら」と、マーサは最後まで言えなかった。
三度目の爆音と激しい振動。
そして、今度は――通路の壁が吹き飛んだ。
「なんだっ!?」
「爆発ですか!?」
見れば、壁が粉々に吹き飛ばされて、そこに大きな穴が開いていた。あれは、キングコブラカエリが逃げていった亀裂の入っていたあたりの壁だ。
穴の向こうには森の木々が見える。
何も言えず、何も出来ず、穴の向こうを見つめていると、――のそり――と、巨大な影が通路へと侵入してきた。
「ブボォォオオオオ!」
巨大な影は、俺たちを見つけるや、野生の本能剥き出しの雄叫びを挙げやがった。
鼓膜が剥がれ落ちるんじゃないかと思うほどのやかましさにめまいを覚える。
そこに現れたのは、体高が180センチほどもある巨大なカバだった。
ただし、動物園で見る可愛らしいカバとは違って……すげぇ獰猛な牙が二本、口からはみ出していた。
「逃げろぉ!」
俺の声を合図に、全員が一斉に走り出す。
マーサが取り落とした患者は、キティが小脇に抱えていた。
俺が一人を背負い、キティが二人抱えている。
が、仕方ない。マーサが背負い直すのを待っている時間も、背負ったことで走るのが遅くなったマーサを庇ってやるような余裕も、俺たちにはなかった。
そう。
知っている人は知っていると思うが、カバは――めっちゃ足が速いのだ!
「ブボォォォオオオオ!」
「死ぬ気で走れぇええ!」
直線の通路を走りきり、地上へ続く階段を駆け上がっていく。
キティが一番早く外へ飛び出し、マーサ、俺の順で外に出る。
患者を置いてすぐ、遅れていたアミューを迎えに行く。
「ま、待ってくださぁ~い!」
「アミュー、もう少しだ! あと五段!」
手を伸ばし、アミューの手が触れた瞬間、階段の下からけたたましい音が轟いていきた。
鈍い衝突音と、壁が崩れる音。
がらがらと重そうな石がぶつかり合う音がしばらく続いて、……妙に静かになった。
カバが階段に激突し、遺跡の壁が崩れ落ちてきて……生き埋めになった?
「……こ、怖かった……です」
アミューの膝がガクガク震えている。
恐怖からか、長い階段を駆け上がったからか。
どちらにしても、しばらくはまともに歩けそうもない。
アミューに肩を貸して、荷車のところまで戻る。
荷車は整理され、患者が三人並んで寝かされていた。
『ファラウェイ・スマート』二台は地面に置かれている。
「マーサ。念のためにこいつらの診察をしてやってくれ」
「そうね」
最後の方はメチャクチャだったから、怪我でもしているかもしれないし、変な抱え方をされて喉を詰めていたりするかもしれない。
確認はしておいた方がいいだろう。
その間に、俺たちは休憩だ。
もう、心臓が痛過ぎて吐きそうだ。
高校のマラソン大会でも、ここまでは疲れなかったぞ、たぶん。
「あれはなんだったんだよ……」
「あれは、もう一つのキング」
キティが言っていた、二種類のキングと呼ばれる魔獣。
一つはキングコブラカエリで、もう一つがあのカバなのだという。
「あれは、いつもいつもお腹を空かせている獰猛な肉食の魔獣で、特に人の頭を好んで食べる。その名を、――カバ王という」
「なんか既視感あるな、その名前と設定!?」
もっとも、俺の知ってるヤツは「オウ」と伸ばさず「オ」で止まるし、いつもお腹を空かせてはいたが無断で人の頭に齧りついてきたりはしなかった。
精々毎週「おなかすいたよー」と泣いて、正義の美味しい顔パンマンの顔を分けてもらっていた程度だ。可愛さで言えば雲泥の差がある。
けど、そのカバ王も今では生き埋めだ。
……あの壁の亀裂、あのカバ王があけたものだったのかな。
そこからキングコブラカエリが入り込んで自分の巣にしようとしていたのか。
魔獣め。女神の遺跡をなんだと思ってやがるんだ、まったく。
「三人とも異常はなし。とはいっても、意識が戻るまでは絶対安静だけれどね」
患者の診察を終え、マーサがとりあえずの無事を伝えてくる。
俺たちも怪我はしていない。
キングと呼ばれる二匹の魔獣に遭遇しながらも、全員無事だったのだから幸運だと思っておこう。
……って、思ったのがフラグになったのだろうな。
「ブボォォォオオオオ!」
その嘶きは、山の中から聞こえた。
木々の向こう。
女神の遺跡の入り口がある、そのはるか向こうに、この距離でもはっきりと分かるくらいにデカいカバのシルエットが浮かんでいた。
「……二匹、いるなんてことは?」
「それはない。アレは……さっきの個体」
食いしん坊のカバ王は、階段が登れないと察するや、道を引き返して山を登ってきやがったってわけか……
どこの世界でも食いしん坊だな、カバ王は!
そして、暴食の魔獣の足音が俺たちへと近付いてきた――




