22話 救出、脱出、ホラー的演出 ―1―
通路の壁には、最大で15センチほどの大きな亀裂が入っていた。
亀裂の向こうは外に繋がっているようで、ここからコブラカエリたちが侵入してきていたようだ。
「がぅ」
「どうしたんですか、ぽんちゃん? そんな、『女神の遺跡の入り口には聖なる力の膜が張られているから神獣である自分はともかく魔獣はこういう場所でもなければ入り込んでこられないんだよねぇ~』みたいな顔をして」
「どんな顔!? ねぇ、今ぽんちゃんどんな顔してんの!?」
ドーナツチェーンのあのもっちもっちライオンみたいなゆる~い顔から、よくもまぁそれだけの情報を引き出せたな。
つかそれ、お前が知ってる知識ありきでそう見えただけだよな?
「ちなみにだが、そうなのか?」
「聖なる力の膜ですか? 一応張ってはありますよ。ただ、場所によっては周りの魔素の方が強くて打ち消されちゃってることもあるでしょうから、完全に安心は出来ませんけれど」
「……魔素?」
「えっと、魔獣が好む魔力の欠片のようなもので、魔素が濃い場所では強力な魔獣が誕生したりします」
「魔素の強い場所に強力な魔獣が発生するのか? 強力な魔獣がいる場所の魔素が濃くなるんじゃなくて」
「ん~、それはどちらもあるので一概には言えませんね。ほら、あれですよ。『ニワトリが先か、和牛が先か』みたいな」
「『卵が先か』だよ! お前が言ってんのは機内食の話だな!?」
「『和牛orビーフ?』」
「ビーフ大好きか!?」
最近は和食か洋食かって聞かれることもあるらしいぞ。
で、そんなことはどうでもよくてだな……
「キングコブラカエリみたいなのがいると、他の魔獣が寄ってきたりするのか?」
「庇護されるモノなら寄ってきます。狩られるモノは逃げますね。あ、でも、狩ろうとするモノも寄ってくるかもしれません」
キングコブラカエリのエサになりそうな魔獣は逃げ、同族など庇護されるモノは集まり、それらを狩ろうとするより強力な魔獣なら寄ってくるかもしれない……普通に野生動物みたいな感じだな。
「この奥にもうじゃうじゃいる、なんてことがなきゃいいけどな」
『女神の騎士』が発動すれば、キングと呼ばれる魔獣ともやり合えることが分かった。
だが……
アミューの身に危険が及ばないことの方が重要だ。
『女神の騎士』は、なるべくなら使わずに済んだ方がありがたい。最悪の場合の切り札、くらいに考えておいた方がいいだろう。
幅の広い亀裂からは、冷たい風が吹き込んできている。
覗き込めば微かに光も見える。
ヘビたちの影は、もうどこにもなかった。
「地下に潜ったはずなのに、壁の向こうが外だとは……」
「この辺りは起伏の激しい地形。入り口が高い位置にあったと考えれば納得出来る」
キティが言うのならきっとそうなのだろう。
あれだ。二階建ての二階部分に入り口がある家、みたいな。
前から見たら一階建てだけど、裏から見たら実は二階建てだった、みたいな。
斜面に建つ家ではままあることだ。
耳をすましちゃう感じのアニメ映画のバイオリン少年の家がそんな感じだったっけなぁ。あれはお祖父さんの家らしいけど。
「とにかく先を急ぎましょう。あれだけの毒蛇がいたんだし……探索隊の安否が気になるわ」
医者らしい意見を言い、マーサが身を引き締める。
確かに、最悪の事態も考えられる状況だ。
「薬は?」
「最低限の数しか持ってないわ。人数と症状によるけれど……重体なら、村か診療所に戻らなきゃいけないかも」
専門的な治療が必要になるなら診療所に連れて行かなければいけない。
幸いというのも変だが、ここから診療所は比較的近い。そんな話を馬車に乗っている時にしていた。
もっとも、何事もないのが一番の理想だが……
脳裏に嫌でも浮かんできてしまう最悪の状況をなんとか振り払い、俺たちは通路を奥へと進んだ。
『ファミリー撮っちゃお』の明かりが、細い通路を照らす。
もう魔獣の影は見えない。
真っ直ぐ延びる通路を進み、直角に曲がった角を右折する。――と。
「みんな、下がって!」
キティが声を上げた。
俺たちも異変に気付いて一様に口と鼻を押さえる。
毒素だ。
ヴァンガード村を覆い尽くしていた毒素が通路を覆っていた。
なんでこんなところにまで!?
「あれを見てほしい」
キティが毒素の発生源を見つけ指を差す。
通路の中央に、丸い小さな胞子のような物が置かれ、そいつが毒素を吐き出していた。
……だが、胞子はその一つだけだった。
目をこらしてみれば、毒素は薄い膜のように通路のこの部分だけを覆っている。
たしか、この毒素の特徴は――粘度が高く、その場に留まる。だったかな。
「これは、わざとここに設置されたもの……かも」
ネコの面を被り、キティが胞子を確認する。
よく見ると、胞子のそばに口の広い瓶が転がっていた。
「もしかしたらなんですが」
毒素を避けるように距離を取るアミューが、口を押さえたままくぐもった声で言う。
「さっきのヘビたちを避けるために、わざとここを毒素で覆ったのでは?」
「それはあり得る。探索隊は、解毒剤を作ろうと胞子の研究も行っていた。サンプルを持っていても不思議はない」
「解毒剤なら、診療所に問い合わせてくれればいいのに」
「ウチの村は、基本的に貧しく薬を大量に購入する余裕はないから……」
「バカね」
こちらに背を向けたままのキティに、マーサが呆れたように言う。
「医者は患者を見捨てたりしないわよ。あたしたちはお金のためじゃなく、命を救うために薬を作ってるんだから」
自分たちが倒れそうになりながらも、献身的に怪我人の治療を行っていたマーサやナースたちを思い出す。
あれはどう見ても、拝金主義な連中とは違う。
金のために、あそこまでの無理は出来ねぇよ。
「……そう」
素っ気なく呟かれたキティの言葉には、喜びと安心感と、ほんのちょっとの照れが混ざっているように思えた。
甘え方を知らなかった捨て猫が、ほんのちょっと警戒心を解いてくれたような、そんな微笑ましさを感じた。
「……ありがとう、センセイ(カツオ)」
「(カツオ)をやめろぉ!」
……うん。もうすっかり打ち解けているみたいだ。遠慮って言葉がどこにも見当たらない。
「胞子はこの瓶にしまっておく。けれど、毒素はそう簡単にはなくならない」
「しつこいもんなぁ、この毒素」
「けれど、毒素が存在するのは、幅およそ10センチの限られた区間のみ」
「じゃあ、息を止めて突っ切れば行けるか?」
「平気。ただし、服についた毒素は早急に除去しなければいけない」
「はいはい! なら、わたしの『女神の清浄』で問題ないです!」
俺たちは服に守られ、その服もキレイにすることが出来る。
この程度の毒素なら突破は容易い。
おそらく、探索隊もそれを狙ってこの一部だけに毒素を立ちこめさせたのだろう。
それでも、魔獣にとっては嫌なトラップだ。
毒素の中に自ら突っ込んでいこうとする獣は、まぁそうそういないだろう。
あのヘビの群れを避けるにはちょうどいいバリアーだったってわけだ。
「いい、アミュー? 毒のないところで大きく息を吸って、止めてから毒素の中へ突入するのよ? 間違っても、毒素の中で大きく息を吸っちゃダメよ?」
「毒素の中に入ったらそのまま駆け抜けて。間違っても毒素の中で『そういえばあの時もたしかこんな感じで……』とか、訳の分からない回想にふけらないで」
「マーサさんもキティさんも、わたしをどのレベルの残念な娘だと思ってるんですか!? 大丈夫ですよ!」
「「いやいや。あなたはこっちの想像を軽く超えてくる天然だから」」
「声を揃えないでください!」
「あなたは」
「あなたは」
「こっちの」
「こっちの」
「想像を――」
「想像を――」
「輪唱もやめてください! 仲良しですか!? 息ぴったりですね!?」
とかなんとか、毒素のそばで騒ぎ立てるんじゃねぇよ。
もうすでにいくらか吸い込んでるだろ、お前ら……
「アミュー。お手本見せようか?」
「もう! アキタカさんまで……バカにしないでください! これくらい出来ますもん」
頬をぷっくりと膨らませて、アミューは毒素の膜に向き直る。
そして――
「行きます! ひっ、ひっ、ふー!」
と、空気を吐きながら走り出し、毒素の膜の一歩手前で立ち止まり、大きく息を吸った。
「バカなの!?」
大慌てでアミューのもとへと駆け寄り、腕を掴んで引き摺り戻してくる。
えぇい、クソ。ちょっと『女神の騎士』発動してんじゃねぇか! 死にかけんなよ、こんなアホなことで!
「なぜ一番吸っちゃいけない場所で吸い込む!?」
「だ、だって……息が、もたなくて…………」
「吐きながら走るからだろうが!」
「で、でも、こういう時はひっひっふーかなって……!?」
子供産む時だけだよ、ラマーズ法使うのは!
「粘度があるとはいえ、毒素は空気中に飛散している。おそらく、めっちゃ吸った」
「あのね、アミュー。毒に効く薬は、あたし持ってるんだけど……あんたにつける薬は持ってないのよ。ごめんなさいね」
マーサが言いたいのは『バカにつける薬』のことなんだろうな。
そりゃねぇよな。
アミューに解毒薬を飲ませて、マーサの持っていた綺麗な布巾でしっかりと口と鼻を塞ぎ、キティがおんぶして、そのまま一気に毒の膜を通り過ぎていってもらった。
世話が焼けるな、女神様よぉ。
「とはいえ、毒の中に飛び込むのは、ちょっと勇気がいるな」
大きく息を吸い込んで、俺もキティたちに続く。
マーサも怖いらしく、俺の服の裾をきゅっと握って一緒についてきた。
「うぅ……白衣がうっすら紫になってるわ……」
「気持ち、湿った気がするな、服」
全身に毒を浴び、吸い込んではいなくとも嫌な気分になる。
「ぁうぅ……」
ぽんちゃんも、うっすらと紫に染まり不快そうな顔をしている。
後ろ足をぴるぴるっと振り、毒素を払おうとしている。……かわいい。
「はいはい! ではみなさん、わたしの手を握ってください! いいですか? はい、『女神の清浄』!」
解毒薬が効いてすっかり元気になったアミューが張り切って『女神の清浄』を使う。
俺たちの全身を白い光が包み込み、服に付着していた不快な毒素が綺麗さっぱりなくなる。
「どーです!? わたしへの感謝があふれてきませんか? ねぇ? きますよね!?」
「さっきのでプラマイゼロ」
「ホント……、素直に感動出来ないところがアミューよね」
「がぅ」
「な、なんだかみなさん冷めてませんか!? アキタカさんは感動してくださったのに!? ねぇ?」
いや、だって……お前直前にさぁ。
「うぅ……もういいです。ぽんちゃん、おいで。抱っこさせてください」
「がぅ!」
ぴょーんとアミューの胸へと飛び込むぽんちゃん。
……ふわっ。
と、ふっかふかのクッションに迎え入れられる。……くっ、小動物め。
……あぁ、いかんいかん。
どうも、キティとマーサが同行するようになってから、ソコに意識を持っていかれるようになってきた。
自重しろ、自重。
「はぁ~……ぽんちゃん温かいです。なんだか、遺跡の中って肌寒いですよねぇ…………ふぇ………………ふぁ…………っくしゅん!」
――ばつん!
「………………………………『女神の清浄』」
白い光、ぶわ~。
「お前、それもうサイズ合ってないんだよ!」
「ほにゃあ!? な、なな、なんの話ですか!? セクハラですよ!?」
自覚してるってことは俺の言ってることが正しいってことだろうが!
つうか、わざとやってんじゃないだろうな!?
自重させて! マジで!
「……なんだか殺意を覚えるやりとりね」
「ふぇえ!? なんでわたしですか!? アキタカさんですよ、悪いのは!?」
マーサの敵意を俺に押しつけるな。
……って、話を広げると絶対俺が怪我するから、ここは華麗に無視だ!
俺は歩幅を大きく開き、歩く速度を上げて遺跡の奥へと向かった。




