21話 キングを冠する魔獣 ―5―
物の数分で、通路をびっしりと埋め尽くしていたヘビたちが一匹残らずいなくなった。
魔獣の頭が良くて助かった。
こっちを『手を出してはいけない相手』だと認識してくれたようだ。
そして、気が付けば俺の体からは力がすっかり抜けていた。
ってことは。
「アキタカさん」
その声に振り返ると、そこには少し照れくさそうな顔で立つアミューがいた。
そして、両手を差し出してきて、俺の右手をきゅっと包み込む。
「ありがとうございます」
「毒は平気か?」
「はい。マーサさんの薬で、すっかり」
「解毒薬も一応持ってるのよ。……まぁ、噛まれてたらヤバかったけどね」
コブラの毒は神経毒だ。噛まれれば呼吸すら出来なくなってしまうこともある……考えただけでゾッとするね。
「アキタカさんは平気ですか? あの、全身傷だらけで……それに、毒もかかっていたようですが……」
「ん? あ、そういえば……」
毒がかかった頬に触れてみる。
痛みもなければ痒くもない。なんともない。
キングの『カエリ』で引き裂かれた全身も、傷はあるものの血は止まっていた。
少し痛みは残っているが、悶絶するほどではない。
「『女神の騎士』状態の時は回復力もアップするのかもな」
「そうですか…………よかったぁ」
安堵したような表情を浮かべるアミュー。
いやいや、お前の方がはるかに危険な状況だったんだからな。
「ほら。一応あんたも薬塗っておきなさい。……まったく、無茶するんだから」
「手伝う。アキタカの看病は私の役目、いや、趣味」
言い直すのおかしいだろう。
どんな趣味だよ。
とか思いつつも、丁寧に傷口に薬を塗ってくれるマーサとキティには感謝の気持ちしか湧いてこない。
ありがとな、二人とも。
「コブラカエリが吐き出すのは酸性の強い毒。皮膚に触れるとただれたり、溶けたりする」
「恐ろしい生き物だよ、まったく……」
あとからもたらされる情報の恐ろしいこと。
先に聞いてたらビビッて相対することが出来なかったかもな。
知らぬが仏というヤツだ。
「でも、撃退出来てよかったです。それも、みんな無事で」
そう言って、アミューがほっと胸を撫で下ろす。
酸性の強い毒をたっぷり浴びせかけられた胸元を……撫で下ろした反動で…………胸元の布がぼろぼろと崩れ落ちてぇ!?
「ぽろりもありそう!?」
「え? ぅにゃぁああ!?」
今まさにこぼれ落ちんとしかけていたお乳を両腕でかき抱き蹲るアミュー。
危なかった!
なんか、なんとなくだけど、もし目撃してたら俺が悪人にされるところだった気がする!
「……裁判を始める」
「ちょっと待て、キティ。俺は悪くない」
「いいえ、アキタカ……『ぽろりもありそう』は十分な容疑になるわ」
キティとマーサが俺に詰め寄ってくる。
だから、悪いのは俺じゃないだろって!?
つか見てないし!
見えてなかったから!
「ぁ、ぁあ、あのっ、アキタカさん……」
「あぁ、分かってる! 向こうを向いてるから、何かで隠せ」
「い、いえ、そうではなくて……手を」
手?
今にもこぼれ落ちそうなマシュマロお乳を必死に隠しているその手を……俺にどうしろってんだ!?
まさか、俺の手で隠すの!?
「て、手を、繋いでください!」
「確実にぽろりしちゃうけど!?」
「……裁判を始める」
「被告は有罪」
ゴメン、ちょっと黙っててキティ&マーサ!
いや、今のは完全に俺が悪いのか。いやだって、あんなもん見せられたらさぁ!?
つか、何この状況!?
平常心でいる方が無理だろう、どう考えても!
「む、むむ、むこうを向いて、手だけ貸してください」
「え……あ、っと…………こ、こうか?」
言われた通り、俺はアミューに背を向けて手を後方へと差し出す。
……なにこれ。
すげぇどきどきする…………
ほどなくして、そっと俺の指に触れる柔らかい感触……
心臓、破裂しそうなんですけども!?
「あの……少しだけ、我慢してくださいね…………」
我慢って?
今すぐ振り返りたくなる衝動を?
長くは無理だよ!?
たぶん、もってあと十秒!
「『女神の清浄』っ!」
「ぅおあ!?」
突然、俺の体が白い光に包み込まれる。
そして、数秒後光は掻き消える。
「アミュー、これって――!?」
「「いいって言われるまで振り返るなっ!」」
キティとマーサが同時に俺の目を押さえにかかる。
いや、言わんとしていることは分かるんだけども! でも驚くよね!?
俺悪くないよね!?
「あの、もう、平気ですよ」
アミューの言葉を受けて、俺の視界が解放される。
目に飛び込んできたのは、新品かと見紛う見慣れた衣装を着たアミュー。
胸元の破れも、毒の染みも完全になくなっている。
「アキタカさんの服も、『カエリ』のせいでボロボロになっていましたので……ついでに」
てへっと、照れくさそうに微笑んで舌を覗かせるアミュー。
何この娘!?
抱きしめていい!?
――と、危なくこぼれ落ちそうになった言葉を必死に飲み込む。
アミュー。ちょいちょい垣間見せるな、そーゆーの。……ドキドキするから。
改めて、自分の服を見てみる。
キングコブラカエリに巻きつかれていたるところが裂けてボロボロになっていたはずの俺の服が、新品同様の綺麗さになっている。
これは、紛れもなく『女神の清浄』の効果だ。
「他人の服にも有効なんだな、『女神の清浄』」
「はい。肌が触れていれば、……おそらく、十人くらいまでなら……一緒に綺麗に出来ると思います」
そんなにかよ。
クリーニング屋いらずだな。
「破れてるのまで直るのか」
「はい。しつこいカビがビッシリこびりついた壁紙だって綺麗さっぱり新品に出来ますよ」
「それはすごいな!? 前の家に来てほしかったよ!」
俺が日本で住んでいたマンション、湿気が酷くてカビに悩んでたんだよなぁ……
カビを除去してもカビの根がしつこくて…………立ち退く時に敷金からガッツリ持っていかれるんだろうなぁって覚悟してたんだ。
まぁ、立ち退きとか、出来なかったけどな。
「便利だな」
「でしょ? ね、会得しておいてよかったでしょ? ですよね? ね? そう思いますよね!?」
「あぁ、はいはい……よかったよかった」
以前、「そんなもん覚えてる暇があったら回復魔法でも覚えろよ」的なことを言ったの、まだ覚えていたんだろうな。
ここぞとばかりにアピールしてきやがる。
「これさえあれば……おねしょも隠蔽し放題」
「ちょっとキティ……え、まだ?」
「失礼な発言は慎んでもらいたい。……ただ、否定はしないでおく」
「いや、否定しなさいよ。一緒に旅を続けるのが不安になるわよ」
そんな会話がなされているが……うん、ここはスルーで。
「あれ、じゃあもしかして……」
マーサの声が微かに低くなる。
何かを思いついたような……そして、その結果若干腹を立てているような……そんな雰囲気。
「アミューがたま~に、汚れてもいないはずなのに白く光ってることあるよね?」
「確かに。ここに来る直前、アキタカをモップで突いていた後とか、光っていたと記憶している」
「それってもしかして……」
「まさかとは思うけれど……」
マーサとキティが裁判官のような視線をアミューへと向ける。
じりじりと後退するアミュー。
「い、いや、あの…………ちょ~っとはしゃいだりするとですね……ホックが…………あ、あはっ、あはは、い、いやですよねぇ~、ちょっと両腕を振り上げたら壊れちゃうとか、安物だったんですかねぇ~あはははは」
「「ギルティ!」」
「ちょっと待ってください! それは完全に八つ当たりですよ!?」
ヘビたちがいなくなった薄暗い通路をドタバタと走り回る三人娘。
うん。
この話題には触れずにおこう。
ボク男の子だからよく分かんない。
……ただ、まぁ、あれだ。
走り回る三人の中で群を抜いて…………超揺れている。
……そんなに揺らしてるから摩耗が激しいんだよ。走るなって、もう。
意外なところで大活躍しているんだなぁ『女神の清浄』。うん、必須だったのかもな。うん。




