21話 キングを冠する魔獣 ―4―
「アミュー、危ない!」
その声はマーサが発したものだった。
咄嗟にマーサの方へと顔を向けた。しかし、それが悪かった。
マーサの視線が天井へ向いていることを知り、俺は慌てて天井へと視線を向ける。
このタイムロスが致命的だった。
「シャーッ!」
天井から、体長2メートルはあろうかという巨大なコブラが落下してきた。
俺にはそう見えたのだ。
実際は、天井で狙いすまして、アミューへとその牙を剥き出しに襲いかかっていた光景なのに。
「……えっ?」
アミューは、悲鳴すら上げなかった。
上げられなかったのだろう。
あまりに突然に――死が迫り来たために。
まるでスローモーションだった。
俺の手ほどもある巨大な顔が牙を光らせてアミューへ接近していく。
あごの骨が外れているかのように180度開いた大きな口と、細く鋭利な、毒々しい牙がアミューの白い首筋へと接近する。
ゆっくりになった世界では誰も動けない。
呼吸すら忘れたかのように静寂に包まれ、ただ、コブラが――アミューを猛毒で殺そうとするキングコブラカエリだけがコマ送りのような高速で動いていた。
今から踏み出しても間に合わない。
腕を伸ばしても届くわけがない。
きっと、このスローモーションが終わって、呼吸を半分、もしくは瞬きを一回すれば、――アミューはこのバケモノに噛み殺されている。
それが、はっきりと理解出来た。
アミューが、死ぬ。
そう思った時、止まっている世界が明滅した。
脳が思考を放棄して、筋肉が千切れるような音を鳴り響かせて……
俺はその場から消えた。
気が付いた時、俺の手にはコブラの首が握られていた。
「ギジャァァァアアアアアッ!」
蛇が発したとは思えない、獰猛な絶叫が轟き、スローモーションの世界が崩壊する。
「アミューッ!」
「アキタカ!?」
アミューを心配するマーサの声と、驚愕したようなキティの声が聞こえた。
「…………へ? アキ、タカ…………さん?」
呆けたようなアミューの声。
それがなんだか、…………とてもほっとした。
よかった。
アミューが無事で。
守れて、よかった……
【『女神の騎士』が発動しています。効力は、女神への危機が去ったと判断されるまでです】
システムボイスが説明をくれた。
初回だからサービスか?
俺がキングを押さえたことで、アミューの命の危機はとりあえず去った。
……だからだろうか、少し…………キングの抵抗が激しくなってきた気がする。
俺の力が落ち始めているのかもしれない。
せめて、敵を殲滅するまで持続してくれればいいのに……っ!
「まずい……っ! 力負け…………っ!」
「アキタカ!」
「来るな!」
キティがこちらに駆けつけようとしたが、それを慌てて止める。
キングコブラカエリの全身には恐ろしいほどに鋭い棘が無数に突き出していた。
こいつが尻尾の一振りでもしようものなら、触れるものを分け隔てなく切り裂くだろう。
……キティやマーサにだって、怪我をさせたくはない。
とはいえ……どうする……っ!?
ぐぁあ……『カエリ』が俺の腕を切り裂く。
微かに、腕から力が抜けていく。それだけで、俺の体は持っていかれそうになる。
くそ……っ! こいつ、こんな細長い体のくせに、なんて筋力してやがるんだ……っ!
俺の腕に巻きつきながらも、体の三分の一くらいは天井に張りつかせたままのキング。
下手したら、俺の方が吊り上げられそうな恐怖を覚える。こいつの筋力なら、それくらいのことが出来そうだ。
……向こうのヘビうじゃうじゃゾーンに引きずり込まれたら…………
背筋が冷える。
「アミュー……っ、とにかく、逃げろ……! もうそろそろ…………もたな……いっ!」
「そんな!? それじゃあ、アキタカさんは……!?」
「アミュー! ダメよ! 『でも』と『だって』はアキタカを困らせるだけよ!」
「きゃっ!」
躊躇うアミューの腕を、マーサが強引に引き寄せる。
正直ありがたい。
ここで『でも』だの『だって』だのと論争している余裕はない。
「待ってください、マーサさん! これじゃアキタカさんが!」
「大丈夫! コブラは後ろが見えないんでしょ!? なら、あたしがこのニャーミックスで――」
そんなマーサの言葉の途中でだった。
「ジャシャア!」
キングが牙から猛毒を飛ばしやがった。
「ぐぁあああ!」
こちらに向かって飛ばされた猛毒。
咄嗟に首を傾けて直撃は避けた。だが、頬を掠めた数滴が激しい痛みを俺にもたらせる。
肌が溶けるように……熱いっ!
「きゃあ!」
そんな痛みを吹き飛ばすような悲鳴が後方から聞こえる。
キングのことなど一瞬のうちに頭の中から消え、俺は後ろを振り返る。
「アミュー! しっかりして!」
アミューが倒れていて、マーサがそれに覆い被さるようにして、抱き起して……持ち上げられたアミューの胸元には毒々しいまでに紫色をした染みが広がっていて………………
ドクン――
心臓が跳ねる。
体の奥から激しい熱量が込み上げてくる。
俺の拘束を振りきったキングが天井へと避難しようとするする登っていく。
が、その頭を鷲掴みにする。
『カエリ』に切り裂かれ、手のひらに激痛が走る。だが、それでも構わずにヤツの頭を握りしめる。
「……逃がすかよ!」
「ギャギャアアアアアア!」
これまで聞いたこともないような声で悲鳴を上げ、キングがもんどりうつように体を激しく波打たせる。
天井に残っていた体もすべて剥がれ落ち、悪あがきするように俺の腕や体に巻きついてくる。
全身に無数の『カエリ』が突き刺さる。肉を裂くような鈍い音が俺の体から聞こえる。
だが、そんなもの……何も感じない。
俺の頭の中にあるのはただ一つ。
このバカヘビを叩きのめす。
それだけだった。
「マーサ……アミューを頼む」
それが限界だった。
それだけ言って……人間らしい思考を手放した。
手の中にいるソイツの頭を握りしめ、思いっきり腕を振り上げ、振り下ろす。
バヂンッ! ――と、鈍い音がして、筋肉で出来た引き締まった2メートルもの体が地面へ叩きつけられる。
その際に奇妙な音を漏らしてヘビが鳴くが、聞こえやしねぇ、そんな命乞いは。
二度!
三度っ!
四度五度と、何度もその体を地面へと叩きつける。
何度目かの折り、キングの体が遠心力によってこれ以上もないほどに「ぴーんっ!」と伸びきった。その瞬間、ギュッと引き締まっていたキングの筋肉が「ぐりんっ!」と反り返った。
丸かったヘビの体が歪に変形する。
こむら返りだ!?
そうか……こいつを使えば――
まるで一本の棒のように硬くなったキングの体を握り、徐々に抜け落ちていく力を右腕に集中させる。
これが、最後の攻撃になるだろう。
「そぅらっ、食らいつけコブラども!」
コブラが埋め尽くす通路へと向かって、こむら返りを起こしているキングを投擲する。
凄まじい速度で接近してくるソレに対し、敏感で臆病なコブラたちは半ば習性のように反応を示し、キングの速度に見合った速度で首を伸ばす。
威嚇からノーモーションでの攻撃。
急激な筋肉の伸縮。
そして、一斉に巻き起こされるこむら返りっ!
「「「「「ジャァアアアアアアシャアアアアアアアア!」」」」」
悲鳴を轟かせ、ぼとぼととコブラが床へ落ちていく。
「……うわぁ」
隣で、キティが心底気持ち悪そうな声を漏らす。
一体、何匹のコブラカエリがこむら返りを起こしたのか。全員なのか、何匹かは免れたのか。そこまでは分からなかった。
けれど、この勝負――
「俺たちの勝ちだな」
通路の向こうで、一際巨大なヘビが鎌首をもたげてこちらを向き、さっと目を逸らして壁の割れ目へと体を滑り込ませていった。
それに続くように、床でもんどりうっていたコブラカエリたちも次々に同じ割れ目へと体を滑り込ませていく。
こむら返りが痛いのか、どいつもこいつもひょこひょことしてぎこちない動きだった。




