21話 キングを冠する魔獣 ―3―
「到着した。さぁ、アキタカはカツオを放流して」
「あたしカツオじゃないから! そして、カツオ抱っこって名称、認めてないからね!?」
俺の腕から降り、マーサがキティに食ってかかる。
……というのも、なんだかんだキティも恥ずかしかったのだろう。照れ隠しに大きな声を出しているのが丸分かりだ。
しかしながら……はぁ~……腕が疲れた。
イドバシ時代に白物家電の運搬で鍛えられたとはいえ、マーサをずっと抱えているのはつらかった。いくらマーサが軽くとも、持続ってキツイものがある。
「アキタカ……」
乳酸が溜まりまくった腕の筋を伸ばしていると、キティがするりと俺の前へとやって来る。
そして、身を屈めてつむじをこちらに向ける。
「……約束」
「そうだったな」
手が空いたら撫でてやると約束したもんな。
……腕がぱんぱんで、持ち上げるのもちょっとつらいんだけどな、実は。
「一人だけずっと歩きで大変だったな。よく頑張りました」
「ふふ…………褒められた…………えへへ」
くすぐったそうに笑うキティは本当に嬉しそうで、とても可愛らしかった。
こいつは本当に、笑うと無邪気で可愛いんだよな。
「……ぅへへ……ふへへへへへへへへへ」
……笑いの向かう先が間違い過ぎているのが玉に瑕なんだけどな。
「ねぇ、キティ。ちょっとこれ見て!」
不意に、マーサがキティを呼ぶ。
遺跡の入り口のそばに立ち、自身の目の前を指差している。
「これって探索隊の物かしら?」
探索隊の物であろう荷車が入り口横に置かれていた。
毛布などの旅支度が残されている。
おそらく遺跡探索に必要な物だけ持って、荷物になる物はここに残していったのだろう。
……毛布に落ち葉が十数枚積もっていた。
「まだ探索中のよう」
「みたいね」
キティとマーサが入り口を覗き込む。
先ほどまでのいがみ合い――みたいなじゃれ合いも、こういう状況になると影を潜め真面目モードになる。
こいつらはこいつらで、結構いい関係を築きつつあるのかもしれないな。
ふざけ合い、あけすけに言い合って、真面目な場面では協力出来る。
そうありたいものだ。
「とにかく中に入ろうぜ」
「そうですね。遺跡の中が奥深いのでなければ……少々不安ですからね」
焦燥感を滲ませてアミューが言う。
この女神の遺跡がとてつもなく深い迷宮なのでない限り――随分と時間が経つというのにいまだ戻らない探索隊の面々は……
一瞬、嫌な想像が脳裏を過ぎり、それをすぐさま振り払う。
そんなわけあるか。
探索隊はヴァンガード村の若者たちだ。
そうそう簡単に……
「アキタカ……急ごう」
キティも、俺と同じような想像をしてしまったのだろう。
微かに顔を青くして、急かすようなことを言う。
もしかしたら、『出て来られない理由』があるのではないか、と。
以前俺たちがもぐった女神の遺跡は構造も単純で、簡単に最奥の部屋にまで到達出来た。
今回の遺跡が大迷宮になっているとは……若干考えにくい。
なら……
ぽんちゃんが女神の遺跡に住みついていたように……ナニモノかが、この中に。
「この付近には、通称『キング』と呼ばれる魔獣が二種族存在する。……どちらも非常に危険」
キティの頬を大粒の汗が滑り落ちていく。
キングなんて呼称される魔獣が二種類も……
嫌な予感しかしねぇじゃねぇか。
「よし、じゃあ突入するとして、アミューとマーサは――」
「行きますよ」
「当然じゃない」
ここに残れと言いかけた俺を、意志のこもった瞳が見つめる。
明確な拒否。
「……危険だぞ?」
「はい。分かっています」
真剣な顔で言って、そしていつもの柔らかい笑みを浮かべる。
「でも、守ってくれるんですよね。『女神の騎士』さん」
……こいつは。
俺がいまだにちょっと恥ずかしいなと思っていることをほじくり返しやがって……
「当然だ」
アミューを危険にさらすつもりはさらさらない。
そのための力も手に入れたんだ――守ってやるぜ。何があってもな。
「あたしも行くわよ。あたしがいなきゃ、あんたたち怪我出来ないでしょ?」
「好き好んでしてるわけじゃないんだけどな、怪我」
「置いていくなんて言ったら、あたしはあんたをぶっ飛ばす。……角材で」
……やるなら素手で頼む。
しかし、ここにいる女子たちはみんな――強いな、ホント。
何も出来ない窓辺の花なんかじゃないってわけだ。頼もしいやら、不安が尽きないやら。
「じゃあ、十分注意して、決して無理をしないように――全員無事に目的を達成するぞ」
「はい!」
「無論!」
「任せなさいって!」
声を掛け合って、俺たちは女神の遺跡へと足を踏み入れる。
「……いきなり階段か」
「『ファラウェイ』じゃ進めそうにありませんね」
小回りの利く『ファラウェイ・スマート』なら、遺跡の中でも乗れると思ったのだが……仕方ない、置いていくか。
探索隊の荷車に『ファラウェイ・スマート』をロック状態で二台とも載せて、俺たちは女神の遺跡へと入る。
入ってすぐの階段を降りていくと、どんどん薄暗くなり、階段を降りきったところで完全に闇に飲み込まれた。
「暗いですね……」
「たいまつ、燃やす?」
「待ってキティ。こんな地下で火は危険じゃない?」
「だったら、アミュー。『ファミリー撮っちゃお』の電源を入れてくれ」
「え? ……あ、そうですね!」
地下にはガスが溜まっているかもしれない。そして酸欠になる危険もある。
女神の遺跡はきちんと換気されていそうな気もしないではないが、何があるか分からないし、何かがあった後では遅いのだ。
ここは慎重に行動する。
『ファミリー撮っちゃお』は、暗所での撮影も出来るように強力な照明が付属している。
レンズよりやや高めの位置に、白い輝きを放つライトが付いている。
アミューが電源を入れると、真っ先にディスプレイがぼんやりと光り、続いて眩いフラッシュが焚かれる。
ぅお……目がくらむ。
「明るいわね」
「これならなんでも見える」
マーサにキティもその光量に満足したようだ。
幸いなことに、『ファミリー撮っちゃお』のバッテリーは無限だ。『女神の加護』でバッテリーを取り付けてあるからな。
「では、前進しましょう!」
意気込んで、アミューが前方へ光を向ける――
そこには、壁、天井、そして床をもびっしりと埋め尽くすほど大量のヘビがいた。
「「「「ぎゃぁあああああああああ!?」」」」
ゾゾッてした! ゾゾゾッて!
キモっ!? 怖っ!?
「シャーッ!」
光を向けると、無数のヘビが一斉に口を開いて警戒音を鳴らし始める。
これ、突破するの無理だろう!?
「……これは、キングに仕える下位魔獣たち……」
キティが息を飲む。
それはつまり、さっき話していたキングの内の一つが、ここにいるってことか?
蛇をよく見る。
そいつらは、顔の下を大きく広げて鎌首をもたげている。
あの姿は……まさしくコブラ。
ってことは、キングってのは――キングコブラか?
猛毒。
そんな二文字が脳裏をよぎり、知らず、大量の汗が額から吹き出す。
怖ぇ……
「あれは、全身の鱗に細かい棘を持つヘビで、尻尾から頭に向かって撫でるとその棘が刺さり、人間の手くらいならずたずたに引き裂いてしまう恐ろしい魔獣」
逆撫ですると刺さる棘……いわゆる『カエリ』というヤツだ。
金属加工の現場ではしばしば見られる『バリ』の一種で、油断すると大怪我に繋がることもある。
釣り針の『カエシ』みたいなもので、一方向からなら刺さらないが、逆方向に進むとざっくり刺さり抜けなくなる。
『カエリ』というのは、そういう恐ろしい性質を持つ。
そんな恐ろしい棘付きの鱗を全身に纏ったコブラ……なんて恐ろしい魔獣だ。
「その名を……コブラカエリという」
「一気に怖さ吹き飛んだな!?」
なんか、体を急に「ぴーん!」って伸ばしたら筋肉が「ぐりん!」って反り返って激痛でもだえ苦しみそうだね!?
「ヤツらの弱点は、体を急に『ぴーん!』と伸ばすと筋肉が『ぐりん!』と反り返って、その激痛でもだえ苦しむこと」
「想像通りの生き物か!?」
それ、完全に『こむら返り』じゃん!?
ふくらはぎでよくなるヤツ!
……ん? なったことない?
ならば、立ち仕事で連日足を酷使してみるといい。
す~ぐにこむら返りの仲間入りが出来ることだろう。
「なので、コブラカエリの射程に飛び込んで、向こうの猛突進を回避すれば――無傷で通り抜けられる」
「けど、あんな数……無理でしょう?」
マーサが冷静に判断する。それは不可能だと。
キティの案は、相手が一匹なら出来そうな話だ。
だが、こうもひしめくように通路を塞がれていてはな……
「あの、アキタカさん。わたし、コブラの弱点知ってます!」
挙手をして、アミューが知っている知識を披露する。
すごいドヤ顔で。
「コブラは、首を大きく広げるせいで、後ろがまったく見えないんです! なので、後ろからなら接近しても気付かれません!」
「いや、アミュー。全員こっち向いてるから」
「じゃあ…………。うっひゃぁあっ! あそこにすっごい美コブラ(メス)がっ!」
と、通路の向こうの方を指差して大声を張り上げるも、当然コブラは振り返りはしない。
見向きもしない。
反応も示さない。
ただただ、アミューが恥ずかしそうに顔を両手で覆い、蹲っただけだった。
「……あの、今のはなかったことに」
「耳まで真っ赤にするくらいなら、もうちょっと冷静に物事を考えろよ。な?」
顔を覆い蹲るアミュー。
それを上から覗き込んで呆れる俺。
そう。
この時、俺とアミューは完全に頭上への意識が途切れていたのだ。
ヴァンガード村であんな目に遭ったというのに、まだ反省が足りていなかったようで……




