21話 キングを冠する魔獣 ―1―
ヴァンガード村を出発してから三日が経っていた。
俺たちは一路、南へ向かっている。
遮るものが何もない荒野を走っていると、こう、風になったような気分になる。
「だよな、ミザリー」
「ひひんぬ」
「アキタカさーん! お馬さんの気が散るから並走してしゃべりかけないであげてくださーい!」
俺は今、『ファラウェイ・スマート』に乗って、馬車を曳くミザリー(国王から借りている馬:牝馬二歳)と並走している。
荷台の幌を捲ってアミューがそんな俺に苦言を呈してくる。
すすーっと体を倒して荷台のそばまで後退する。
「なんか気が合うんだよ。なんつうの? こう、先頭を走る快感を共有出来る仲間? みたいな?」
「前に出ると魔獣に襲われかねないから、馬車の後ろについていろって御者さんに言われているでしょう!?」
「馬車の後ろは、砂が跳ねてきて不愉快」
「子供じゃないんですから、我慢してください!」
とかなんとか偉そうなことを言うアミューだが、こいつも「砂がイライラします!」とか言っていたのだ、初日は。で、結局『ファラウェイ』を降りて馬車に乗り換えたのだ。
裏切り者の言うことなど、聞く耳もたん。
「っていうかさ、馬って120キロくらい出せないのかな?」
「出ませんよ!? 4~6キロくらいで走行するのが普通の馬車ですから!」
そうなのだ。
馬車の速度は思っているよりもずっと遅いのだ。
重い馬車を曳く馬が体を壊さないように、気遣って気遣って、時折休みを挟みつつ、馬車はゆっくりと進行するのだ。
……『ファラウェイ』ならノンストップでゲラウェイ出来るのに。
……正直、もっと飛ばしたい。
だって、目の前には地平線にまで届きそうな直線が広がっているのだから!
「よし、ミザリー! あの太陽まで競争だ!」
「ダメですってば!」
アミューが荷台の中からモップの柄で俺を突いてくる。
「こらっ、なにすんだ!?」
「スピードの出し過ぎは危険ですよ!」
「モップで突かれる方がよっぽと危険だわ!」
アミューは交通ルールにやたらと厳しい。
なんでも、日本では無事故無違反のゴールド免許所持者だったとか。
……ペーパードライバーで発車と同時に壁にこすりそうなイメージなんだけどな。
「キャラ的には、高速を逆走してそうなんだけどなぁ」
「どんなイメージ持ってるんですか、わたしに!? わたしの運転、すごく丁寧ですからね!?」
確かに。
アミューは横断歩道も交差点もないこの荒野の中で、『ファラウェイ・スマート』で二段階右折をしたような女だ。
一体、どこへ向けての配慮なのかは分からんが……
「とにかく、アキタカさんは若干スピードを出し過ぎる傾向がありますので、わたしの声が届く範囲に常にいてください。違反すると免停ですからね」
「発行もされてないのに!?」
『ファラウェイ』に免許なんかないんだけど……
「は~ぁ……」とため息を吐くと、ミザリーが「ひひんぬ」とねぎらいの嘶きをくれた。
優しい馬だなぁ、ミザリーは。
「あと、どうせしゃべるなら御者さんとしゃべってあげてくださいよ! なんでミザリーばっかりなんですか!?」
いや、なんというか……
御者さんとは話が合わないというか……
俺的には、友達の知り合いみたいな関係なんだよなぁ。
「ほ~ら、二人とも。いつまで面白いことやってるのよ」
「アキタカ、よそ見して転んだらいけない」
アミューの後ろからにゅっにゅっとマーサ&キティが顔を出す。
「もうすぐ目的の山に着くらしいわよ。ね、キティ」
「うん。あの丘を越えると、西側に山が見えてくる」
風に煽られる幌を捲り、キティが西側を指差す。
どこまでも続く平野から逸れ、丘陵地を越えた先、遠くに連なるあの山にあるらしい。
西を仰げば、遠く山頂が煙るほどの大きな山がそびえている。
国王がいた内地の砦から見えていたのはあの山なのかもしれないな。この国を象徴するような立派な山だ。
「内地の砦ってあっちの方か?」
「逆よ。ここからだと、あの丘陵地を迂回して東の方へ行く感じね」
「診療所は?」
「それはあっち。割と近いわよ」
マーサが指差して教えてくれるが、いまいちぴんと来ない。
ずっと幌に覆われた馬車の中にいたし、道は御者さん頼みだったしな。この国の地理はよく分からないのだ。
とりあえず、診療所は近いらしい。
「あの地平の向こうの方に前線の砦があるのよ」
「見えないもんだなぁ……」
「当たり前でしょ? どれだけ離れてると思ってるのよ」
どれだけ離れているか、見当もついていないというのが正直なところだが。
「アキタカは、目を離すとすぐ迷子になりそう……」
と、キティに心配されてしまった。
中学生に! その年の頃の女子に!
「手、繋ぐ?」
「馬車と『ファラウェイ・スマート』でそれしたら、確実に事故るから」
キティが手を差し出してくるが、丁重にお断りしておく。
さすがに、それくらいの分別はつく。俺だって、安全運転を心がける優良ドライバーなのだ。
車こそ、ほとんど運転したことなかったけれども。
「が~ぉ~!」
それからさらに数十分。
風にそよぐぽんちゃんなんかを眺めつつ丘陵地を進む。
山がどんどんと近付いてくるのはなんとも表現しがたい迫力があった。
やっぱり、山って独特な雰囲気を持っているよなぁ~、なんてことを思っていると――
「着いた」
キティが言うのとほぼ同時に馬車が停車し、ミザリーが嘶きを上げる。
目的地へと到着したようだ。




