17話 目覚める本能 ―1―
明け方。
ヴァンガード村の住民のほとんどが仮集落の入り口付近に集結していた。
間もなくやって来る北の商人を待ちきれずに、みんな自然と集まってきてしまったようだ。
俺はゆっくりと眠っていたかったのだが、アミューが――
「もしかしたら、数量限定のお得な商品があるかもしれませんよ! イドバシの福袋のように!」
――と、意気込んでいるのだ。……ねぇよ。
「わたし、ここ数年は大抵イドバシの前で年越ししてましたよ」
「そんなに欲しかったのかよ、福袋」
「だって、いい物揃えるんですもん、イドバシさん! 特に2018年の福袋はアツかったですよね! タブレット福袋と美容・健康器具福袋が!」
え~っと……何入ってたっけ?
「……それに引き替え……なんだったんですか、2014、15年の鬱袋っぷりは? 極寒の大晦日の夜を耐え忍んで手に入れた福袋で新年早々鬱にさせるとか……ドSですか? 客離れ推奨店舗なんですか?」
「俺に言うなよ……」
え~っと……何入ってたっけ、マジで。
「即転売しましたけどね」
「おい、やめろ!」
転売目的で福袋を買うんじゃねぇよ。
……まぁ、心底いらねぇって思ったもんを質に入れたりするのは個人の自由だが。
出来たら、物々交換程度に留めておいてくれると、店側として嬉しいぞ。
「さっきからなんの話をしているの?」
俺たちと同じく、北の商人を待ちきれずに出てきていたマーサが眉根を寄せている。
こいつは、自分が入っていけない会話とか嫌いだよな。
常に会話に参加していたいタイプなんだろう。
「わたしが、女神の遺産を仕入れていた頃の話です」
「仕入れって……女神の遺産ってお金で買える物なの?」
「まったく、こいつは何言ってんだか」みたいな顔してるところ悪いんだけどな、マーサ…………買えるんだよ。つか、みんなイドバシに並んでた物なんだ。
「みんな、静かに」
俺たちの中で一番気合いの入っているキティが潜めた声で言う。
腕を水平やや斜め下にピンと伸ばして俺たちの会話を遮る。
「気を引き締めないと……喰われる」
「何にだよ」
キティはちょっと気合いが入り過ぎている。
それこそ、初売りの開店時間を待つ徹夜組のような鬼気迫る緊張感を醸し出している。
ホント苦労させられたんだよな、この手の客には。
走るなっつっても走るし、他のお客様を押すし、椅子だ鞄だとあらゆる物で場所取りして通行の妨げになるし。
キティはそういう感じにはならないと思うのだが……思いたい。
「私を含め、この村の女子たちは……この日のために体を鍛えている」
「この日のために!?」
せめて『村を守るため』とか『神獣を守るため』とか、そういう理由であってほしかった!
そういや、女性は戦場に出ちゃダメ的な空気だっけな、この村!
「……腕が鳴る……胸が躍る……首が据わる」
「いや、首は据わっとけよ、ずっと!」
バキボキと言葉通りに指の骨を鳴らし、ニッと口角を持ち上げる。
八重歯がきらりと輝き、肉食獣のような獰猛さを垣間見せる。
……そんなに気合い入れる程のことなのか?
と、周りを見てみると――猛獣がいっぱいいた。
キティが大人しく見えるくらいに殺気立っている村人――主に女性たち――がそこかしこにいた。というか、全村人が殺気立っていた。
田舎に初めてアメリカ生まれの有名コーヒーチェーン店『オールバックスコーヒー』が出来た時のように、老若男女が集まりその時を今か今かと待ち構えている。……ただし、田舎の『オールバックスコーヒー』略して『オルバ』の行列に比べると、こっちの方が殺気の濃度が濃い。
もしかしたら、俺が一番冷静なのかもしれない。
周りと比較すれば、アミューの意気込みなんかまだまだ甘ちゃんの域を脱してはいないが、それでも鼻息は荒い。
なんだかんだで、マーサも楽しみ過ぎて前傾姿勢になっているし。
こんな緊張感があとどれくらい続くのだろうか、と、そんなことを考え始めた時、誰かが声を上げた。
「見えた! 行商人の馬車だ!」
俺には一切見えないのだが、狩猟民族であるヴァンガード村の人間にはその姿がはっきりと見えているようだ。
殺気の濃度が一層濃さを増す。
心なしか、「ドドドドド……」と、地面を揺るがすような音まで聞こえてくる。
幻聴か錯覚か、この濃密な殺気がそうさせるのか、遠くからこちらへ向かってやって来る行商人の馬車の周りにもくもくと砂煙が立ち上っているような、そんな幻覚すら見えて…………いや、幻覚じゃない!
行商人だと思しき馬車は、もうもうと砂煙を立ち上らせて、大地を揺るがすような足音を響かせつつ、猛スピードでこちらへと突進してきていた。
確かに馬車が見える。
巨大な荷車を曳く四頭の馬。かなり大きな馬車だ。
だが、それ以上に目を引いたのは、馬車の前で隊列を組むように横一直線に広がって進軍してくる巨大な獣――魔獣の姿だった。
大型犬をさらに大型にしたような、狼のような姿のもふもふした獣。
それが六頭、一糸乱れぬ動きで疾走している。
一瞬、行商人が魔獣に追われているのかと思ったのだが、魔獣は馬車の前にいる。
まるで、馬車の前に立ち塞がるものをなぎ払うために存在しているような配列だ。
なんだあれは――と、思ったのも束の間。
「行商人が来たぞぉ!」
「ぅぉおおお!」
女性とは思えない野太い声を響かせて、集まっていた者たちが一斉に駆け出した。
大地を踏みしめ、地鳴りを響かせ、玉砕覚悟の突撃に挑む歩兵のような勢いで突進していく。
いやいやいやいや!
馬車が村に入って、開店準備が整うまで待てよ!
そんな悠長なことを考えていたのは俺たち他所者三人だけで、キティを含むヴァンガード村の面々は一人残らず、まだ到着すらしていない馬車に殺到していた。
そこまでして欲しい物なんてあるのかよ?
なくなりゃしないだろう、お前らがきちんとルールさえ守っていれば!
変な買い占めや横取りさえしなければ、普通に買い物出来るだろうに。
そうこうするうちに、買い物客たち(?)と、店を守る(?)魔獣が衝突する。
「ぅぉぉおおおおおおおぁぁぁあああ!」
「押し通ぉぉぉぉーーーる!」
「道をあけろぉぉおお!」
よく飼い慣らされた魔獣が、迫り来る買い物客たち(?)を迎撃していく。
魔獣が店を守っている。
それはまさに、転売目的で福袋を独占しようと人数を揃え一般客を寄せつけまいと不当な威嚇を繰り返し、ルールと秩序をわざと崩壊させて暴利を貪ろうと企む悪徳転売ヤー集団に立ち向かう我らがイドバシ店員のようであった。
秩序を守るため、その身を盾にして、しかし決して矛にはせずに、殺到する無秩序の群れを整列させる我が戦友たちに重なるものがある。
魔獣は決して村人を攻撃しない。
しかし、理性を欠いたお客様たち(?)は商品に手を伸ばそうと荒事覚悟の突撃を繰り返す。
そんな様を見て……俺は…………
「…………いいかげんに、しろよ……」
覚醒した。




