14話 黒い美少女 ―3―
「……ちっ。仕損じたか」
女の声が聞こえた。
落ち着いた、大人っぽい女の声が。
酷く冷静で、驚くほどに冷たい、アミューのほんわかするような声とは真逆の――ゾクッとするような声だった。
振り返ると、黒く長い髪をたなびかせた黒尽くめの女が立っていた。
女の向こうにキティが横たわっている。
何かされたのかと一瞬キモを冷やしたが、どうやら空気清浄器を抱えてあの位置まで飛んだようだ。
コンセントプラグが抜けている。プラグが抜ける際のわずかな抵抗でバランスを崩したのかもしれない。キティは、コンセントプラグとか抜いたことないだろうしな。
それよりも、この女だ。
黒尽くめの、怪しい女。
「……誰だ、お前は?」
なんとか声を絞り出す。
恐怖心なのか、突然のことに驚いていてパニくっているのか……俺の声は震えていた。
俺の問いかけに、女は黙って視線を向けてくる。
赤い瞳。
驚くほどに真っ白な肌に切れ長の目。黒い衣装と髪も相まって、ヤツの赤い瞳が妙に際立つ。目が引き寄せられる。
よく見れば、何から何までアミューとは正反対な女だ。
ふわふわした明るい髪色のアミューに対し、真っ黒な直毛。
ゆるふわ雰囲気の天然ガールアミューに対し、クールで厳しそうな顔つき。
そして、歩く度にいちいち揺れ動くけしからんバストのアミューに対し、…………まぁ、あの、需要はあるさと励ましの言葉がとっさに浮かぶ、省スペースな胸。
ほんっとに正反対だ。
共通点は、身長が似ていることと、どっちもすげぇ美人だってことくらいか。
あと、スカートの丈も似ている。太ももがちらちら覗くくらいのミニスカート。
「ワタシの名は……ヤミ」
薄く色づいた唇が静かに動き、そして――とんでもない言葉を口にする。
「魔王の使者」
魔王……の、使者?
ってことは、俺の……俺たちの、敵?
「折角、目障りな神獣を始末して、神獣を崇める村を占領したというのに……」
陶器のような美しく滑らかな肌に深いシワが刻まれる。
眉根を寄せて、魔王の使者――ヤミは俺を指差して叫ぶ。
「マジあり得ないんですけどー!?」
割と現代っ子!?
ここまでの流れ的に「邪魔をしおって!」とか「貴様!」とか「後悔させてくれるぞ!」的な口調かと思ったのに!
「うっざ! マジ、うっざ!」
「綺麗な顔してそういう言葉使うんじゃねぇよ……」
社会人のお兄さんとしては、若い子がそういう言葉使ってるの、なんか悲しいんだよ。
「はっ、はぁ!? べ、別に綺麗じゃないし! 綺麗とか、全然嬉しくないし!」
あ、しかもなんかチョロそう。
えっと……この娘、敵なのかな?
「アキタカさんっ。初対面の女性を口説くのは、ちょっと感心しかねますよっ、ぷぅ!」
「なんでそう見えた?」
納得いかない俺を無視して、アミューはヤミを指差してなおも文句を垂れ流す。
「そりゃ、すごく綺麗な人ですけども!」
「は、はぁ!? ワタシ別に綺麗じゃないし! ってゆーか、お前の方が可愛いしっ!」
「クールビューティーとか、わたしには到底真似出来ないですし……」
「ゆるふわの方が男受けいいじゃん! そっちのがいいって、絶対!」
「『かわいい』には年齢制限があるんです!」
「まだ全然いけるっつーの!」
なんだ、こいつら仲良くなれんじゃねぇの?
つか、もう親友でいいんじゃん?
「何を……楽しそうに話を、している……の?」
ゆらりと、空気清浄機を抱えたまま、キティが立ち上がる。
恐ろしく冷たい目をして。
「その女は今、聞き捨てならない言葉を口にした――」
空気清浄機のコンセントプラグを差し込み、そして身を低くして身構えるキティ。
静かに、ヤミを睨みつける。
「――神獣様を『始末した』というのは、どういう意味?」
キティの全身からゆらりと闘気が立ち昇る。
まるで、空気がびりびりと振動しているようだ。
「言葉通りの意味だけど? 目障りだから、土へ還してやったの。――文句あんの?」
「その身で償え――」
キティが、消えた。
――と、思ったら頭上で重い衝突音が響いた。
「んなっ!?」
慌てて首を持ち上げる。
3メートルくらい上にキティとヤミがいた。
一度の衝突の後、ヤミは近くの屋根の上に、キティは俺たちの前へと降り立った。
……まったく見えなかったんだけど?
お前ら、ナニゴンボールだよ?
「へぇ……やるね、お嬢ちゃん」
ヤミの腕が微かに赤く染まっている。殴られた痕だろうか。
……あんな、鉄球がビルを破壊する時みたいな音がしたのに、ちょっと赤くなった程度なのか。なんなんだよ、どっちも。
「あんたなわけ? ワタシの可愛いきのぷーを始末したの?」
「きのぷー?」
「しらばっくれなくていいから。あんたしかいないじゃん。向こうの女はただ可愛いだけだし」
「そんなっ、あなたの方こそ美人で――!」
「それもういいから! それ言い始めると終わんなくなるから、あいつの言うことにいちいち反応するな」
「で、そっちの男は…………ギリギリ性犯罪者みたいな顔してるし」
「お前の俺に対する評価に関して問い質したいことがいくつかあるぞ、コラ!」
「アキタカさんもめっちゃ反応してますよ!?」
いや、反応するだろうそりゃ!
なんだ、ギリギリ性犯罪者ってのは!? ギリギリアウトなのか?
誰がギリギリアウトだ!?
「だって、さっきワタシらが跳んだ時、めっちゃスカートの中覗き込んでたっしょ?」
「覗き込んでねぇわ!」
「ア、アキタカ…………めっ!」
「覗き込んでないから! 恥ずかしそうにスカートの裾押さえてもじもじすんなキティ!」
「確かに確かに、めっちゃ上を見上げてましたね。ぷぅ!」
「あんな非常識なことが起こったら、そりゃ見上げるだろう!?」
「うわぁ……痴漢されるのはミニスカ穿いてる方が悪いとか開き直るタイプの痴漢だ……」
「痴漢じゃねぇーよ!? 言ったことないし、そんなこと!」
「……アキタカの………………えっち」
「やめて、俺を痴漢風に仕立て上げようとするの!?」
「つい、目が行っちゃったんですよね?」
「『出来心ですよね?』みたいに言うんじゃねぇよ! ミニスカじゃなくても見てたよ! あぁ、それが仮にモンペでもねっ!」
「「「え……、モンペ萌え……!?」」」
「お前ら仲いいな、なんか!?」
あっれぇ!? おっかしいなぁ!?
なんか俺、超アウェーじゃね!?
一対三か、これ? お?
「つーかさぁ、しらばっくれんのやめてくれる? 知らないとか、言わせないし! きのぷー、超可愛いし! 見たら連れて帰っちゃうくらい可愛いし! 知ってんでしょ!?」
「いいやだから……見てないし、知らねぇよ、そんなヤツ……魔獣なのか?」
「そうよ! 毒素胞子を無限増殖出来る魔王様オリジナルの魔獣きのぷー! 体長5センチ!」
「見てねぇわ! 確実にどっかで見落としてるわ、それ!」
つかたぶん、そのサイズなら村中の胞子と一緒に『サンバ』に吸われちゃったんじゃないかな。そしてすでに焼却処分されちゃった、と。




