14話 黒い美少女 ―2―
「加湿器って、こうやって空気で水を弾き飛ばしていたんですね」
「違うぞ。こいつを基準に考えるな」
加湿器は、振動版と電極を使って水を霧化してそのまま噴出口から吐き出すか、または霧をファンで噴射口へと送っているだけで、空気の塊を噴射するような構造ではない。
ファン付きの方も、あくまでファンを回すことでタンク内の空気を流動させて霧を外へ送っているだけで、勢いよく噴射されているように見えるのは噴射口が細くなっているから、ただそれだけだ。
決して、空気の塊を噴射しているわけではない。……この『爽やかエアー(女神コンボバージョン)』を除いては。
「これって、沸かしてるんですか?」
「湯気じゃなくて霧だから、空焚きの心配もねぇよ」
「霧……どうやって作ってるんでしょう?」
「水に超振動を与えると水面が細かく波打つだろ? そこに交流電圧を加えると霧が発生するんだよ」
「…………………………あぁ、なるほど!」
「嘘吐けよ、お前」
絶対分かってないだろう。
「あの、でもですね。前に我が家で使ってた加湿器はヒーターがついていたので」
「それはスチーム式の加湿器だな。そっちの方が殺菌面でも安心だぞ」
「こちらは?」
「これは超音波式の加湿器で……まぁ、こう言うと身も蓋もないが、加湿器としては一段落ちる性能なんだ」
「えっ、そうなんですか?」
「超音波式は、霧吹きで水を撒いているのと同じ状態だからな。壁際に置いておくと壁が濡れるし、最悪カビの原因になる」
「ほにょ!? な、なぜそんな物が商品として……」
「霧が見えるって、見た目にオシャレだろ? だから、インテリアとしての需要が高いんだ。それに、なんと言っても安い! あと、加湿もそれなりに出来るし、性能よりも見た目や値段にこだわる層にはこういう物の方が気に入られるんだよ。いかにも『加湿してる!』って気分になれるしな」
「なるほど……それで、空気清浄機にプラスワンで……」
「ま、ちょっと付けるくらいなら簡単に出来るんだろうよ」
「だからって、こんな危険な空気砲を付けなくても……」
「それはこの機体限定の不具合だから!」
不具合って言っちゃったよ、自分で!?
でもまぁ、不具合か。怖くて使えねぇ。……超音波も、ガラスが割れるくらいのパワーになってたりしないよな?
「……あ。もう平気かも」
キティが空を見上げそっとネコの面を外す。
しばらくぶりにキティのあどけない顔がさらされる。
言われて辺りを見渡してみると、確かに毒素はもう視認出来なくなっている。
「あ、もう大丈夫なんですね! ぷはぁ!」
キティを見て、アミューも大急ぎでネコ面を取る。
よほどゴムの味とにおいがダメだったのか、まだ毒素が残っているかもしれない空気を盛大に吸い込んでいる。
……思いきりがすごいな。俺、まだちょっとネコ面外すの躊躇っちゃうんだけど。
二人が普通にしているので、俺も思いきってネコ面を外す。
……すんっすんっ…………うん。大丈夫そうだ。
「びっくりだな。物の十数分であの毒素が正常化されるとは」
「一台で事足りちゃいましたね」
「適応面積は40畳だったはずなんだがなぁ……」
「もしかして、この村って40畳くらいしかないんじゃ?」
「んなわけあるか」
散々突っ込んだから、あとでHPの確認をしておこう。
突然死とか、シャレにならんからな。
空気清浄機『爽やかエアー』が、フィルターの掃除を始める。
自動フィルター掃除機能だ。毒素がたっぷり付いていることになるな、あのフィルター。入念に掃除してもらおう。
「じゃあ、少し村を回って確認するか。胞子の取り残しと、毒素の溜まっている場所を見つけるんだ」
「『サンバ』が入れなかった場所とかですね」
ここに来るまでの道は、綺麗さっぱり掃除されていた。
数十体の『サンバ』隊は、村を余すことなく掃除してくれたらしい。
余っている可能性があるのは、『サンバ』が苦手とする隅っこや段差の上だ。屋根の上などには残っているかもしれない。
それを始末しなければまた毒素を吐かれてしまう。
「見つけても下手に手を出すなよ」
「分かってます! 踏みます!」
「よぉし、分かってないヤツがいるから説明するな。胞子を見つけたら『サンバ』をそこに放流するんだ。それが一番安全な方法だからな」
念のために、十二台にゴミパックを装着させている。
なぜ十二台かというと、『女神の装飾』で、『サンバ用ゴミパック12枚入り』を作ったからだ。……作ったって表現でいいのだろうか。「召喚した」とか「呼び出した」が正解かもしれない。けど、それだとなんか……お金払わずに盗ってきたみたいな気がして…………うん、俺が作り出したのだ。それ以外の何物でもない。うん。
「屋根の上とか、棚の上とか、とにかく高いところを見て回ることになると思う」
「アキタカ」
特に分かっていないアミューに向けて説明をしていると、キティが俺の裾を引っ張った。
何事かと視線を向けると、キティは黙って上の方を指さしている。
だからなんだよ、と、そちらを見ると……
「はぁっ!?」
屋根の上に『サンバ』がいた。
なんで屋根の上に!?
それは、木造平屋のそこそこ立派な建物で、三角屋根のカントリー風な造りなのだが……どうやって登ったんだ、あんな場所に?
「壁」
短い言葉を呟きながら、今度は別の建物を指差すキティ。
パブロフの犬よろしく、キティの指す方向へ視線を向けると……おぉう、なんてこったい。アンビリーバボーだぜ。と、思わず欧米人っぽく驚愕しそうな場面を目撃した。
「『サンバ』が……壁を登ってやがる」
建物の壁を、『サンバ』が登っていたのだ。
地面と垂直に建つ壁に張りつくように、『サンバ』は壁を登っていく。さも、床を掃除するかのような気軽さで。
しかも、壁から屋根へとつながる『かえし』の部分であろうとも、完全に上下反転しているにもかかわらずぴったりと吸いつき、落下することはなかった。
どこから来ているんだ、その吸着力!?
あれか? 真空バキュームが女神コンボでバカになって機体を吸着させるくらいのパワーを得たのか?
「段差を登る『サンバ』なんか、前代未聞だぞ……」
「アキタカさん……進化は、それだけじゃないようです」
今度はアミューが物陰を指差す。
そこにいたのは一台の『サンバ』。目の前には、無造作に放置された木箱が二つ。
木箱と木箱の隙間は5センチ程度と細く、どう頑張っても『サンバ』が入り込むことは不可能な狭さだった。
にも、関わらず。
『サンバ』は、ロングゴム回転ブラシを、さも触手のようにうねらせて、器用に隙間のゴミを掻き出し、本体へと吸い込んだ。
タコが岩陰の貝を捕食するかのように。
「……あれ、完全に回転の動きを無視してますよね?」
「あぁ……まるであの回転ブラシが意思を持って動いていたようだ」
俺たちは、もしかしたらとんでもない機械生命体を生み出してしまったのかもしれない……
「百年後、この世界を支配しているのは『サンバ』だったり……しませんよね?」
「ないと願いたいな。願うしか出来ないけどな」
背筋にうすら寒さを覚え、「じゃあ、胞子のとり残しとかないかもねー」と、無理やりポジティブ且つ明るい思考へと強引に切り替える。
誕生してしまったのなら仕方がない。ありのままを受け入れようではないか。……決して責任放棄でも見て見ぬふりをするわけでもない。断じて、ない。
「分かりました。『サンバ』のことは見て見ぬふりを貫きましょう!」
「それ言っちゃダメなやつだろうが!」
責任の所在は決して口に出さず、有耶無耶にしておくべきなのだ! それが……オトナのルールなんだよ。
本社の人間がそうだったなぁ……まったく、現場の人間がそれでどれだけ苦労を背負わされたか……
なんてことを考えていた、まさにその時。
「危ないっ!」
キティの声に、俺は反射的にアミューを抱えて後方へと飛び退いた。
直後、地面が揺れて鈍い重低音が響き渡る。
砂埃が容赦なく背中にぶち当たってくる。舞う砂が目に耳に口に鼻に飛び込んでくる。
なんだ?
何が起こったんだよ、ちきしょう!




