14話 黒い美少女 ―1―
とてつもない音を鳴り響かせ、村を覆い尽くしていた毒素が吸い込まれていく。
この空気洗浄機『爽やかエアー』は、睡眠の妨げにもならない静かさが売りの一つであり、本来であれば耳をそばだてないと駆動音が聞こえないくらい静かな製品だ。
それが今、唸りを上げているのは駆動音によるものではない。
大量に吸い込まれていく空気が吸気口を通る際に音を立てている『風鳴り』なのだ。ビル風がうるさい、みたいなもんかな。木枯らしが失恋してべろんべろんに酔っぱらった後で号泣しているような凄まじい音がしている。
「なんか、すごいですね……。フラット社の社員さん、コレの製造中に何か嫌なことがあったんですかね?」
「いや、本来はもっと静かなはずなんだが……」
【永久名誉店員】と『女神の加護』によるパワーアップ。分かっていたはずなのに、まだまだ舐めていた。
まさか、ごく普通の空気清浄器を、魔界のジュークボックスに変えてしまうとは。
「……悪魔の子守唄」
「そんな印象受けるけど! やめてあげて、フラット社のイメージに関わるから」
しかしながら、このハイパワー吸引のおかげで、村の中の毒素はみるみる薄らいでいく。
元が紫だっただけに、文字通り目に見えて空気が浄化されていくのが分かる。
これ一台で村全体を浄化するのも、もしかしたら不可能じゃないかもしれない。
「パパが言っていた。毒素は空気より微かに粘性が高くこの場に留まっていた、と。だから、ある程度毒素が薄れれば、空気中に霧散して人体に影響がない程度にまで薄まるはず」
言われてみれば、毒素はずっと村に溜まっていた。近隣に広がっていくこともなく。
粘性が高い……なんか嫌な毒素だな。
しかし、薄めれば自然となくなってくれるのであれば非常に助かる。
とにかく、ここで空気清浄器を稼働させ続ければ、村の空気が次第に綺麗になっていくだろう。
「村を毒素から救ってくれたこの女神の遺産は、今後もヴァンガード村中央広場のランドマークとして、末永くここに建ち続けるだろう」
「いいのか、空気清浄機がランドマークで……」
俺たちは今、ヴァンガード村の中央にある大きな広場へと来ている。
露店を開いたり物々交換をしたり、兵士の訓練をしたり祭りを開催したりと、なにかにつけて村人が集うのがこの中央広場なのだそうだ。
ネコの面を着けたまま村へ入り、キティの案内で中心部であるここにやって来たわけだ。
一台しかない空気洗浄機で村全体を万遍なく空気洗浄しようとすれば、自然と設置場所は『中央』と決まってくる。
「ランドマークはともかく、この調子なら村から毒素がなくなるのも時間の問題ですね」
「そうだな。そうすれば――」
「ゴム臭いネコ面を着けなくて済みますね!」
「…………」
「…………あっ! いえ、村の人たちが帰ってこられますね!」
手遅れ感しかない言い訳だな、それは。
どんだけ嫌いなんだよ、ゴム臭さ。シュノーケルみたいなものだと思えばそうそう抵抗もないと思うんだがなぁ。
「それはそうと……」
若干気になっていたことがあるのだが……
「なんでこのネコたちは空気清浄機の前でアッチコッチに視線をさまよわせているんだ?」
サンバライダーこと、神獣の眷属たちが空気清浄機の周りに集まってきて、『サンバ』そっちのけで見えない何かにじゃれついているのだ。
きょろきょろするネコがいるかと思えば、何もないところに飛びつくネコがいたりして、とにかくすべてのネコがそわそわしている。
「あぁ、マイナスイオンでも見えてるんじゃないですかね」
「マイナスイオンが!?」
「【永久名誉店員】と『女神の加護』の女神コンボでパワーアップしたんですよ、きっと」
「女神コンボってなんだよ。また勝手な造語作りやがって」
「マイナスイオンにマイナスイオンがこう、集まってきて、合体して、パワーアップして、きっとプラスイオンとかになってるんですよ!」
「プラスになっちゃった時点でマイナスイオンの良さ死んじゃってると思うんだけどな、俺!?」
「これぞまさに、七色のイオン『プリズムイオニック』!」
フラット社の開発した独自イオン技術『プリズムイオニック』が見えているというのか……くそ、見えてそうだな、このネコたち!?
ものすっごいじゃれついてるし、何匹かが一斉に同じ動きしてたりするし!
「あの、アキタカ。質問、してもいい?」
「ん? なんだ、キティ」
「この紋章は、何?」
キティが操作盤を指差して尋ねてくる。
紋章ってのは、日本語で書かれた文字のことだろう。
キティの指す場所を見ると、『弱・中・強』と書かれたボタンが付いており、その上には『加湿器』という文字が記されていた。
フラット社の空気清浄機『爽やかエアー』は、乾燥しがちな冬場に嬉しい加湿器機能付きなのだ。
当然、空気清浄機を稼働させつつ加湿器も動かせる。ダブルで稼働させても一日の電気代わずか3.8円!(※フラット社調べ)
その、加湿器のボタンだ。
付属機能なので、加湿器単体の製品と比べると性能は落ちるものの、これでも十分に加湿器の役割を果たしてくれる。アロマは出来ないので、タンクにオイルを入れないようにご注意願いたい。故障の元だ。
「押してみるか?」
「いいの? 壊れない?」
「大丈夫だよ」
タンクに水が入っていないので、今は単純に空気が吐き出されるだけだ。
なにを隠そう、それがこの『爽やかエアー』唯一の欠点だったのだ。
すなわち、タンクが空なのに加湿器が止まらない。水が減った際にアラームで知らせてくれない。
この二点が若干劣る点だ。
もちろん、翌年の2017年に発売された『新・爽やかエアー』ではきっちりと改善されていた。
そのため、「加湿器の空撃ち」という、日本メーカーの家電として珍しいお粗末な欠陥が逆にレアと見做されて、あえて2016年製を欲しがるマニアックな利用者も結構な数存在した。
……欠点を面白がられて、フラット社も迷惑してるだろうなぁ。そういうの好きな人多いから。
「じゃあ、押すね」
顔に緊張を滲ませて、キティが加湿器のボタンを押す。
その瞬間――
ドゥッ!
――と、鈍い音を響かせて、製品上部から圧縮された空気が噴射された。
噴射をもろに浴びたキティが驚きも相俟って後方へと転がる。
威力が強ぇ!
そんな勢いで水蒸気を吐き出されたら、辺り一面べちゃべちゃになるわ!
女神コンボでのパワーアップも、モノによっては考え物なんだな。……あっ、うっかり俺も使ってる、『女神コンボ』!?
「び……びっくりした……。わ、わた、私、間違ったボタン、押した?」
「いや、大丈夫だ。壊れたりしないから、そんな心配するな」
キティが肩をすくめ、体を小~さくして泣きそうな声で聞いてくるので、慰めておく。
顔はネコの面で隠されて見えないが、半泣きになってたりするかもしれない。
大丈夫だ。お前は悪くない。悪いのは、家電の性能を上回り過ぎる女神コンボのパワーアップ率だ。
「ところで、あの……この文様の意味は、なに?」
キティが先程押したボタンを指差して聞いてくる。
俺はその漢字の意味を教えてやる。
「こいつは、パワーの強さを表す言葉でな。『強』『中』『弱』の順で強いんだけど、さっきキティが押したのは『弱』だから一番弱いって意味で…………弱っ!?」
二度見した。
思いっきりガン見した。
弱!?
弱でこれ!?
人が一人吹っ飛ばされるような勢いなのに!?
「アキタカさん……これって、水入れて強を押したら台風並みの大雨になるんじゃ……」
「やめてくれ。『そんなわけねぇだろ』って言い切れないから」
アミューも若干引いている。
お前の世界での出来事だぞ。ちゃんと向き合えよ。
とにかく、これで『弱』なら、『強』は兵器レベルかもしれない。
使わないようにしよう。




