1話 女神の遺産と女神魔法 ―4―
「陛下の体は、その伝説の玉座の力で癒すことが可能です」
「なっ!? そ、それはまことか!?」
がっと肩を掴まれた。……だけで、骨が砕けたかと思った。
痛っ!?
こいつ、蹴り飛ばしたい!
……蹴ったら、こっちの脚が折れそうだが……
「しかし、かれこれ半年ほど座っておるが、一向に癒えている気がせんのだが……」
「座るだけではダメなんです。まずは、この玉座を起動するための力を得なければ」
「き、どう? そうか、この玉座は、このままでは不完全だったというわけか」
納得したような国王。
その横を失礼して、玉座へと近付く。
さらっとプラグ周り、リモコン付近を確認するが、特に断線したり破損したりしている箇所はないようだ。大切に使ってたんだな。
じゃあ、脚を引っかけないくらいの場所にコンセントを取り付けよう。
そう思った時、また脳内に声が響いてきた。
【女神魔法『女神の加護』を使用しますか?】
その問いに【YES】と答える。
そうしたら、続いて声が言う。
【じゃあ、どうぞ】
……いや、発動しないのかよ!?
じゃあ、なんで聞いたの!?
「……意味のないセリフを用意しやがって」
言いたい文句はあとで全部アミューにぶつけるとして、俺は床に手をかざして声を発する。
「『女神の加護』!」
瞬間、俺の手が光り床にコンセントが植えつけられた。
体の中からごっそりと力が抜け落ちる……魔法だから、精神力とかMPとかいうヤツを消費したのかもしれない……先に言え、そういうことは全部…………言いたい文句はあとで全部アミューにぶつける。
しかし…………これは、マジでしんどい。眩暈がして、気を抜けば意識を手放してしまいそうになる。
魔法って、ゲームで使うみたいに簡単じゃないんだな。変なところでシビアな設定にしやがって…………何回も言って悪いけど、言いたいことはあとで全部アミューにぶつける!
「どうしたのだ、女神の使者よ。顔色が優れぬようだが?」
「いえ、平気です。お気になさらずに」
俺こそが使いたい、という思いを必死に我慢して、プラグをコンセントへと差し込む。
すると、コンセントが青く輝いた。
おそらくこれで、このコンセントはこのプラグ専用になったのだろう。
「では、陛下。座ってください」
国王は、また痛む体を庇うようにゆっくりと玉座――マッサージチェアへと腰を掛けた。
揉み玉を嫌ってか背を浮かせている国王の体をしっかりと背もたれへともたれさせる。
「いいですか。これから何があっても騒がず、動じず、すべてをこの玉座に委ねてください」
「な、何があっても……何があるというのだ?」
「大丈夫ですよ。とても上質な、癒やしの時間が訪れるだけです」
そうして、俺はリモコンの『電源』ボタンを押す。
「むっ!?」
モーター音と共に、揉み玉がスライドを始める。
まずはセンサーでその人の体格と筋肉の位置を計測する。これにより、的確に揉みポイントを割り出すのだ。
「う、動いておるぞ!?」
「落ち着いてください。女神様のご加護です」
「女神様の…………そうか」
体を起こそうとする国王を深く座らせる。
「ピッ!」という音と共に、背筋伸ばしが始まる。揉み玉が背中を押すようにしつつゆっくりと上下を始める。
「おぉ……これは…………気持ちいい……な」
2メートルの巨体を持つ国王がまぶたを閉じて表情を緩ませている。
なんとも可愛らしいではないか。
魔獣も恐れる歴戦の勇士も、極上のマッサージには形無しのようだ。
「ん!? 肩が……!」
この『極みリラックス』は、コクーン型のマッサージチェアで、従来はカバーしきれなかった肩の前面までもをマッサージしてくれる最新機種だ。
肩の前面が凝り固まっていると、肩の回転が阻害されてしまう。おっぱいの大きな人は、この辺がとにかく凝るのだ。
「ん……んふーーーー! な、なんだこれはぁぁあ!?」
国王が、ちょっと奇妙な声を漏らす。
う、うん。分かる、分かるよ。
すげぇ気持ちいいマッサージを受けると「あはぁ……」とか、声出ちゃうもんね。
「こ、今度は足か!?」
足は当然つま先から土踏まず、ふくらはぎにヒザの裏と、ツボをしっかりと押さえてくれる優れもの。前身機種の『和みリラックス』で好評だった十八個のエアバックを駆使した『ふくらはぎリラックスモード』をさらにグレードアップさせ、今回は二十四個のエアバッグが足を完全にカバーしてくれる。
さらに足首を固定してストレッチしてくれる『極みストレッチモード』までもを搭載している。足回りで富士野医器を越える会社は、今のところないと、俺は思っている。
「こっ、これは……たまらんんんんっ!」
国王の声が甲高い。
……若干、お付きの者たちがざわざわし始めたけれど……俺は知らない。何も聞こえない。
すると、マッサージチェアがゆっくりとリクライニングを始める。
コクーン型の当機は、限られたスペースで最大限の可動域を確保した。コレによりフルフラットを越える198度のストレッチリクライニングが可能となったのだ。
足と肩を固定されたまま、強制的にリクライニングが始まり、全身の筋肉をこれでもかと伸ばしてくれる。
「んはぁぁあああ! こ、これ、しゅごぃぃいいいいいっ!」
国王の全身から「バキボキボキゴキ!」と物凄い音が響いてくるが、当の国王が恍惚とした表情をさらしているので、誰も止めに入らない。というか、近付くことを躊躇っている。
フルフラットからの全身叩き。
八つの揉み玉が強弱をつけて硬くなった筋肉を叩き、ほぐす。
そして、リクライニングしていたマッサージチェアが元の状態へと戻り、しっかりと体を固定したまま揉みが始まる。
「こ、これ以上されたら、おかしくなっちゃうぅううっ!」
がっくんがっくんと体を揺らして、国王が虚ろな表情を見せる。口の端からよだれが垂れてくる。
……大丈夫。これ自体は日本からの輸入品だし、危険はない。絶対ない。
そして、富士野医器の伝家の宝刀『指圧』が開始される。
センサーにより計測された全身データから割り出された『ツボ』を的確に、最適の強さで指圧する。この指圧の虜になったリピーターが後を断たず、富士野医器は最大手へと上り詰めたのだ。
「そ、そこ、だめぇぇえええええっ!」
……富士野医器の社長が聞いたら、喜ぶ……かなぁ。まぁ、満足度は凄まじいだろうし、喜ぶだろう、きっと。
それから、十五分間の『極上リラックスモード』を存分に堪能した国王が、停止と共にマッサージチェアから立ち上がり、床にへたり込んだ。
「こんなの……初めて……」
横座りで、しなを作って、髪を乱して、頬を紅潮させて、はぁはぁ息を乱して、うっとりとした表情で言う。
出来れば、そこら辺全部、美少女の声で聞きたかったよ。
国王は2メートルを越えるガチムチの大男。
正直、絵面はホラーだ。
「い、いかがでしたか?」
「め…………女神の使者よ…………」
ゆらりと立ち上がった国王が、俺の両手をガシッと掴む。
「ワシの、後継者にならぬか?」
「す、すみません! 俺、この後世界中の女神の遺跡を回って、女神の遺産の正しい使い方を伝授しなければいけないので! せ、世界平和のために!」
ここに残って、毎朝毎晩国王のあの奇声を聞き続けるなんて……俺には無理だ。
ならば、世界を旅して電化製品の正しい使い方を教え歩いた方がマシだ。
どこか、いい場所があったら住み着くのもいい。
なにせ、これからはここが俺の住む世界になるのだから。
「そうか。それは惜しい…………そなたになら、すべてを捧げてもよいと思ったのだがな……ぽっ」
全身鳥肌っ!
今すぐこの国を出なければ! 俺史上最大級のピンチ!
「そ、それで、体の方はどうですか?」
「ん? 体か……」
言うなり、国王は俺の頭上を軽々と越える上段回し蹴りを放った。
その風圧で重厚な砦の壁が吹き飛んでいった。ぶつかってすらないのに。
……あんたが、魔獣なんじゃないだろうな?
「うむ。快適だ! さすが女神の遺産。さすが、女神の使者だ!」
いや、さすがにそこまでの即効性はないはずなんだが…………でたらめな人種だな、この世界の人間は。
「では、旅立ちに役立つものをいろいろと用意させよう。おい、最大級の礼をもって女神の使者たちの旅立ちをサポートせよ!」
「「「「はっ!」」」」
謁見の間にいた数十人の男たちから頼もしい声が返される。
……ごめんね。君らの尊敬する国王の痴態をさらしちゃって。怨まないでね。
「さすがアキタカさんですね」
「俺はなんもしてねぇよ……富士野医器の技術者の手柄だ」
あと、国王の変態的回復力とな。
「この調子で、世界中の人々を幸せにしてあげましょうね!」
……『この調子』が続くと、俺、胃もたれ起こしそうだけどな。
「あ、でも……」
アミューが俯いて、少しだけ頬を膨らませて言う。
「今回みたいに、あんまり他の人とイチャイチャするのは、控えてくださいね。ぷぅ」
そうか。
お前にはアレがイチャイチャに見えたのか……
「目潰し」
「いたぁぁぁあああっ!? 痛いですっ、アキタカさん!? 何も見えないです、アキタカさぁぁああん!?」
一回傷付いて回復すると、人の体の組織は前以上に強くなるらしいぞ。
お前の視力、ちょっとはよくなるといいな。
そんな感じで、俺はアホの女神と一緒に、女神の使者として女神の遺産の正しい使い方を教えるために女神の遺跡を巡る旅に出ることとなった。
――女神尽くしか。