12話 ぽんちゃん効果 ―1―
ふわふわと揺れるような、決して心地よくはない浮遊感のなか、徐々に意識が覚醒していく。
高熱を出してぶっ倒れた時にこんな感じになった経験がある。
頭がふらついて、意識がボーッとして。世界に薄い膜が張ったみたいに、何もかもが鈍く感じる。
そんなまどろみと覚醒の狭間で、アミューの声が聞こえてくる。
「……アキタカさん」
俺を覗き込む人影が薄ぼんやりと感じられる。
起こさないようにとの配慮からか、囁くような声は吐息混じりで、妙に艶っぽかった。
「アキタカさん……可愛いです」
またこいつはそんなことを言って……
なんてことを思っていると、不意に――
「――っ!?」
唇に、柔らかいものが触れた。
これって…………まさかっ!? キ…………キ…………っ!
慌ててまぶたを開ける。
飛び起きるほどの体力はないが、目を見開き状況を確認することくらいなら可能だ。
そして、正直……もしそうなら、飛び起きてその状況を壊すようなことはしたくなかった。
って気持ちも、少なからずあった。
……の、だが。
「がぉ~」
目を開けると、真ん前にぽんちゃんのドアップがあり、俺の唇の上には実に柔らかい肉球が乗っていた。
「はぁぁあっ、ぽんちゃんに『ナイショ』されてるアキタカさん、可愛いです!」
アミューはというと、ぽんちゃんに口を塞がれている俺を、これでもかとハンディカメラで撮影してやがった。
ちょうど、「しぃ~」って口に人差し指を当てる場所に肉球を載せられた俺の寝顔を。
「えぇい、撮るな!」
「あ。アキタカさん、目が覚めましたか?」
あぁ、覚めたさ。ばっちりな。
物凄い脱力感とがっかり感と共にな!
「……くっ、気のせいか、体が重い」
そこまでショックだったのかと、自分で驚く。
頭は痛いし、めまいはするし、体はダルいし、熱っぽいし…………風邪だな、これ。
「……マズい、風邪を引いたっぽい」
「えっ!? 風邪って、あの風邪ですか?」
他にどの風邪があるんだと問い質したいところだが、それすらもダルくて出来ない。面倒くさい。
「イドバシの店員さんでも、風邪を引くことがあるんですね……」
「お前はイドバシの店員をなんだと思ってんだ……」
いつも笑顔ではきはき商品の説明とかしてるけど、普通の人間だからな?
むしろ、立ちっぱなしで体力使うから、ちょっとでも油断するとすぐ体調崩すからな?
「無理せず寝ていてください。……熱、ありますかね?」
俺をベッドに寝かせ、額に手を載せてくるアミュー。
残念なのは、アミューの手がぬくかったことか。
「こういう時は、ひんやりしててほしかったな……」
「あはは。すみません。わたし、昔から体温高いんです」
まぁ、アミューの体温は、それはそれで落ち着くけどな。
「あっ! そうです。ジョージさんが川で魚を捕ってきてましたよ。アレなら冷たいかも!?」
「その前にすげぇ魚臭いだろうから絶対やめて」
なんで体調の悪い時に捕れたての生魚を顔に乗っけられなきゃいけないんだ。なんの罰ゲームだ。
釣りに人生をかけているような釣り人でもお断りするだろうよ。
「それより、どうだった? 紙パック」
「カニパック?」
「お前、意識が川に向かい過ぎだ……。紙パック! 『サンバ』の!」
「あぁ、それなら大丈夫でしたよ。ばっちりコピーされてました」
予想通り……っていうか、ラッキーだったと言うべきか。
とにかく、『女神の増殖』は元となる個体を、装備品そのまま完全にコピーしてくれるようだ。
ということは、壊れかけの物をコピーすると、コピーした方も壊れかけの状態になる危険があるな。レイディオをコピーする時には十分気を付けよう。
「『サンバ』が村中を綺麗にするのにどれくらいの時間が掛かるか分からないけど、二~三日したら様子を見に行ってみようか」
「あのぉ、それなんですけども……」
少し言いにくそうに、アミューが驚きの事実を告げる。
「もう三日経っているんです。アキタカさん、ずっと眠り続けていて」
「……は?」
俺は、三日も眠り続けていたらしい。
「……え、マジで?」
「マジで、です」
そして、おもむろにハンディカメラの液晶をこちらに向ける。
動画を選んで、再生ボタンをタッチする。
「こちらが初日のアキタカさんの寝顔で、これが二日目の寝顔。そして、これが三日目である今日のアキタカさんの寝顔です!」
「余計なもんばっか撮ってんじゃねぇよ!?」
「い、いえっ! 映像に残しておけば信じてもらえるかと思いまして」
「ならもっと分かりやすいのにしてくれるかな!? 絵面、まったく代わり映えしてないじゃん!」
どれもこれも、眠っている俺と、俺の胸の上で丸まっているぽんちゃんの映像だった。
……このライオンもどきはずっと俺の上に乗っかってたのか。
ネコベッドか、俺は。
「ぽんちゃん。きっとアキタカさんのMPを回復しようとしてくれてたんですよ。いい子ですね~、ぽ~んちゃん」
言いながら、ぽんちゃんの頭を撫でる。
胸の上でライオンがごろごろとノドを鳴らす。
やっぱネコだな、どう見ても。
「アキタカ、起きた?」
俺とアミューの会話が聞こえたのか、キティが部屋へと入ってくる。
「このパターン多いな、この村」
「キティさん、アキタカさんが眠っている時は絶対お部屋に入ってこないんですよ」
「そうなのか?」
「我が村では、就寝中の殿方の寝所に出入りしていいのは奥方のみ」
「ぅへぇい!? そ、そそそ、そうなんですか!? ど、ど、どうしましょう、アキタカさん!?」
「ただし、村の者以外には適用されない」
「あ……そうなんですか。ほふぅ……よかったです」
外の者は好きに出入りすればいいらしい。
こんなことで嫁扱いされちゃ、アミューも迷惑だろう。
しかし、村の者ではない俺の寝所にも入っちゃいけないのか? そこはあれか、『女子は慎ましくあるべき』的な掟なのかもしれないな。戦場に女子が赴くことを嫌うきらいがあるしな、この村。
「ちなみに、私はパパの寝所にも入らない」
「えっと、それは、『娘』は『奥方』ではないから、ですか?」
「いや、加齢臭が酷いから」
「その報告、今ここで必要だったかなぁ!?」
キティが俺の部屋に入らない理由の一つにそれがあるんじゃないかと、ちょっとドキドキしてきたよ!
そして、大きな声を出したら頭がフラッとした。
「アキタカさん、大丈夫ですか?」
「体調、悪い?」
「あぁ、ちょっとな。馬車で寝たからかもしれないな」
寝冷えしたのかもしれない。
温かくしていればそのうちよくなるだろう。
……働いていた時は、熱があっても気力で乗り切ってたしな。ありがとう栄養ドリンク。その節はお世話になりました。
「じゃあ、どうしよう……」
「何かあったか?」
「今朝、砦から女神の遺産が届いた」
女神の遺産……空気清浄機か!?
ヴァンガード村の有志が、前線の砦まで馬車で取りに行ってくれていた物だ。
無事に戻ってきてくれてよかった。
その努力は無駄には出来ないよな。
「よし、すぐ村に運ぼう!」
「けど、アキタカさん。体が……」
「大丈夫だよ、これくらい」
「でも、顔色が悪いですよ」
「アキタカ、酷い顔」
「そうです。顔が酷いことになってますよ」
「見るに堪えない」
「酷い有様です!」
「惨状」
「この世のモノとは思えない顔です!」
「後半ただの悪口じゃねぇか!?」
誰がこの世のモノとは思えない顔か!?
個人的にはそこそこ気に入っとるわ!
「みんなも、早く村に戻りたいだろう? さっさと毒素を除去しちまおうぜ」
立ち上がろうとした俺の肩に、キティがそっと触れる。
重さを感じない、本当に微かに触れるだけの接触。
……の、はずなのに、立てない。
え!? なにこれ!? マジック!? 全っ然体動かないんですけど!? ビクともしないんですけど!?
筋力差、そこまであるかねぇ!?
「村には……確かに早く戻りたい…………でも」
夕方の海のような、静かで物悲しい瞳が俺を見つめていた。
「アキタカに、無理はしてほしくない……」
キティは、本当に俺を心配してくれていたようだ。
まぁ、三日も眠り続けてりゃそうか。心配、かけちまったな。
「もう平気だよ。ちょっとふらふらするけど、すぐよくなる」
「…………本当?」
「おう! イドバシの店員舐めんな」
「……いどばし?」
「俺が所属してた組織の名前だよ」
「……そう。カッコいい名前」
異世界の人間に褒められると、ちょっと嬉しいもんだな。
もう社員じゃなくなっちまったけど、でも、永久名誉店員だしな。愛社精神くらい持っていても構わないだろう。
「そうなんです! 家電量販店は数あれど、店名の響きで言えば、わたしはイドバシが一番洗練さえていると思っているんです! えへん!」
お得意様が愛着を持ち過ぎるってことも、ままあることだ。が、アミューは極端過ぎだな。
なんだろう、あの『わたしが目を付けたんですよ』的アピール。
「ですので、イドバシの店員さんは無敵で……、アキタカさんも、無敵です。わたしは、そう信じています」
こちらを向く笑顔の向こうに、ほんの少しだけ無理をしている様子が見え隠れしていた。
そうか。お前にも迷惑をかけちまってたか。……悪かったな、心配させて。
「おう。イドバシ魂は伊達じゃないからな」
「はい。伊達じゃありませんよね」
こうやって笑顔を見せてくれると安心出来る。
きっとアミューやキティも、俺に対して似たようなことを感じてくれているのだろう。
だからこそ、体調管理はしっかりしないとな。今後は気を引き締めていこう。




