10話 ポンチョライオンと女神の遺産 ―1―
「がぉ~」
と、満足そうに口の周りを舐めつつ真っ白な獣が鳴く。
獣といっても、見ているだけで脱力してしまいそうな締まりのない顔をしたゆるキャラのような、野性味が一切溢れてこない外見をしているのだが。
こいつ、一応神獣らしい。信じられないことに。
「これが……神獣、様?」
普段、あまり表情を変化させないキティだが、さすがに顔を引き攣らせている。戸惑いが隠せないようだ。
女神の遺跡の最奥、今俺たちがいる部屋の壁にはトーチが備え付けられていた。そこへ火を灯すと炎が燃え広がり部屋全体が明るくなった。
あぁ、こういうのゲームで見たことあるわ。
ダンジョンの奥で炎を燃やして一酸化炭素中毒とか大丈夫なのかと、常々疑問に思っていたのだが……すんすん……森の中独特の空気のにおいもするし、大丈夫そうだ。どこかから風が通り抜けているのだろう。
「おぁ~」
俺のやった真っ赤な果実を平らげ満腹になったのか、神獣は床で丸まりくつろぎ始めていた。
あぐらをかいて座る俺のヒザに、時折体をこすりつけてくる。ノドをごろごろと鳴らして。
ネコだな、これ。
「システムボイスがこいつを神獣って言ってたんだから、間違いないんだろうが……証言との齟齬が酷過ぎるな」
鬣もなければデカくもない。雄々しい大獅子とはほど遠い、間抜け面のネコだ。
っていうか、ポンチョライオンだ。
「村には、目撃した者が何人もいる。彼らは皆、神獣様は白い鬣が雄々しい大獅子だと……体長も3メートルはあったと証言していた」
キティが嘘を吐いているとは思えない。
しかし、現在俺のヒザに頭をこすりつけている神獣は、体長40センチ程度のネコだ。
「あの、もしかしてなんですが……」
アミューが神獣を撫でながら、神妙な面持ちで言う。
「……抜け毛の季節なのでは?」
「抜け過ぎだろ!?」
3メートル全部毛か?
だとしたらそれ、大獅子じゃなくて大チャウチャウじゃねぇか。チャウチャウでもそこまで毛むくじゃらじゃねぇわ。
「もしかしたら、神獣様は複数いらっしゃるとか?」
そんなキティの縋るような疑問も、アミューがあっさりと否定する。
「それはないです。神獣は各種族につき一体ずつ、一子相伝が原則ですから」
「各種族ってことは、いろんな神獣がいるのか?」
「はい。すったもけでは、十二支というのがいましたよね? 彼らは神獣ですよ」
あぁ。アレ、神獣だったのか。
……で、『すったもけ』言うな。
「ってことは……」
「はい、おそらく」
俺の予想が外れていないだろうと、アミューの表情が物語っている。
キティもそれを察してはいるのだろうが、認めたくなさそうだ。
けど、現実から目を逸らしているわけにもいかない。
「大獅子は死んで、こいつが神獣を受け継いだってわけだな」
「おそらく。この子は、前神獣の子なのでしょうね」
アミューに抱かれ、親指をあぐあぐと甘噛みしている子ライオン。こいつが、今の神獣なのだ。
一年前、神獣が姿を見せなくなったその時期に、おそらく前神獣は亡くなったのだろう。
病か怪我か、はたまた寿命か。それは分からない。
けれど、近隣の魔獣を威嚇し、遠ざけていた神獣はもういない。それが事実なのだ。
「正直、こいつの映像を撮ったところで……」
「効果は、あまり見込めそうにありませんね」
「可愛いんですけどね」と、じゃれつく神獣の頭を撫でてアミューは苦笑を漏らす。
ネコ動画で魔獣が大人しくなるとも思えないしな。
「けれど……よかった」
いまだ戸惑いながらも、キティは膝を抱えて安堵したような息を漏らした。
「幼くとも、頼りなくとも……神獣様がいてくださって、よかった」
「あと何年かしてこいつが大人になれば、また村を守ってくれるようになるだろう」
「……うん」
先代の頼れる神獣がいなくなったことはショックだが、見捨てられたわけではない。
そんな微かな希望で、心のショックを和らげようとしている。そんな風に見えた。
しかし……
「おぁ~」
こんな間の抜けた鳴き声のゆるキャラが、魔獣を追い払う神獣になれるのか、甚だ疑問ではある。
っていうか、アミュー。懐かせ過ぎだ。
神獣が腹見せてごろごろしてんじゃねぇか。野生の本能が刈り取られたらどうするんだよ。
「アミュー、それくらいにしとけ。飼い猫じゃないんだから」
「わたし、飼います!」
「飼えるか!」
神獣の飼い方なんぞ、どこの世界の誰も知らねぇわ!
そもそも、旅にペットなんか連れて行けるか。
「神獣は強くなくちゃいけないんだろ? 千尋の谷に突き落とせとは言わんが、甘やかし過ぎるのはどうかと思うぞ」
「神獣は人間を守護する者ですから、人懐っこい方がいいんです」
「なんだよ、その謎理論……」
「わたしが一人前の神獣に育ててみせます! 頑張ろうね、ぽんちゃん!」
「ぽんちゃんって!?」
完全にポンチョライオンから名前取ってんじゃねぇか!?
おかしいだろ、森を守護する神獣に異世界のドーナツチェーンのゆるキャラ由来の名前が付いてるなんて!? 分かるよな? つか、分かれよな!
「それに、神獣の知能は非常に優れていますから、芸くらい余裕で覚えるんですよ」
「いや、神獣の知能が『芸を覚えられる』程度だと困ると思うんだが……」
「見ていてください! ぽんちゃん、お手!」
「がぅ」
いや、一発でお手出来たのはすごいけど。
なに、そのドヤ顔? SNSに投稿してもスルーされるレベルの芸じゃねぇかよ。
「おかわり!」
「がぅ」
一緒!
前足の左右変わっただけ!
「伏せ!」
「ぅあぁ~……」
それ伏せじゃない! だらけ寝!
だらけ過ぎだから! 日曜日のニートみたいになってるから!
……いや、ニートは日曜とか関係ないのかもしれないけども!
「チン…………ち、…………ち……」
そこで言い淀むから『そーゆー言葉』に思えちゃうんだよ!
そんなニュアンス含んでないから、その芸! さらっと言えばいいんだよ。
「ち…………直立!」
「レッサーパンダか!?」
「がぅ」
「見事にやってのけた!? すげぇ背筋伸びてる!?」
風呂上がりにコーヒー牛乳を飲むかのごとく胸を張って、堂々と直立してみせる神獣ぽんちゃん。……いや、確かに芸は出来るみたいだけど…………知能低そうだな、この生き物。
「ぽんちゃん、咆哮!」
「が~ぉ~~!」
「弱っ!?」
「…………がぅ」
「アキタカさん、なんてこと言うんですか!? ぽんちゃんが拗ねちゃったじゃないですか! 謝ってください! ぽんちゃんにちゃんと謝ってあげてください!」
「えぇ……」
だって、声めっちゃ細かったし震えてたし、死にかけのジーサンでももうちょっと迫力ある声出せそうだなって…………悪かったよ。
へそを曲げたぽんちゃんの喉元を指でこしょこしょと撫でてやる。
最初はふてくされていたのだが、物の数秒でごろごろとノドを鳴らし始めた。ふふ、安いヤツめ。
「……神獣様で遊ばないで」
すっごい複雑そうな表情で俺たちを睨んでいるキティ。
あぁ、すまん。
お前らヴァンガード村の人間にとっては神聖な生き物なんだっけな、このポンチョライオン。
俺も、もう完全にペット扱いしてたわ……
「そうですね。遊んでいる場合ではありませんでしたね」
すっくと立ち上がり、膝に付いた土を払って、アミューが室内をぐるりと見渡す。
「神獣はハズレでしたので、女神の遺産を探しましょう」
「……ハズレって言ってやんなよ」
散々可愛がってたじゃん。
「女神の遺産と思われる物は、あの祭壇に祀られている」
部屋の奥にデンッと構える石造りの祭壇。
石を積み上げて、床よりも2メートルほど高くなっている場所があり、そこはいかにもな感じで意匠が施されていた。
いわゆる、『THE・祭壇』という感じだ。
少し高めの段差が六段、祭壇の前に延びている。
あの先に女神の遺産があるのだろう。




