9話 神獣の森探検隊 ―3―
アミューの話によれば、キティたちこの世界の人間は、長い長い年月の中で進化し、文明を築き上げ、現在のような生活形態を手にするに至った者たちということだ。
当然、世界創世と同時に人間が誕生したということはないだろう。
魔獣が跋扈するこの世界は、人間よりも魔獣の方が歴史は古い。そうでなければ、魔獣が多様化したり、人の手に負えないほど繁殖して勢力を誇っていたりするというのがおかしくなる。
人間の後に生まれたものが、人間の生活を脅かすまでに進化するというのは、そう出来ることではない。人間は、危機に対応出来る生き物だからな。
魔獣をはじめとする様々な生物が先にいて、その中に人間が誕生した。
そして、知恵を付けた人間はその厳しい自然界の中で自分たちのテリトリーを守り、拡大し、今日に至っていると考える方が自然だ。
つまり、地球と同じ進化の工程を辿っているはずなのだ。
となれば、人間がいて、国を築くほどの勢力を持ち、薬や武具、馬車のような乗り物までもが発明されている文明的な生活を送っている今現在――それは、この世界の創世から、優に数億年という月日が経過していると考えられるのではないだろうか。
「でもおかしいだろ? 文明の発達具合から推察して地球とは数百年くらい誤差があるにせよ、何億年も前にお前はこの世界を創ったことにならないか?」
思い出してもらいたい。
この世界の名を。
この、アミューが生み出した世界の名は――『アミュネット・バンバ』
家電の通販番組をモロパクリし、あまつさえ東京の山手線の駅名でもう一ふざけしているようなこの名前。
数億万年前に付けられるはずがないのだ。
「アミューが日本にいたのって、何年前からなんだ?」
もしかして、世界を創るだけ創っておいて、名前はつい最近決めたとか変更したとか、そういうことなのだろうか。
だとすれば辻褄が合うような……そういうことではないような。
そもそも、とある一つの世界の神が、別の神が創った他所の世界に遊びに行くってのは、そんなに簡単なことなのだろうか。
あんまり行き来はしてほしくないもんだな。
だってよ、他所の世界に行っている間、自分たちの世界には神が不在になるわけだろ? 魔王なんてのが存在している世界で、それはあまりにも心許ない。
「あぁ~……っとぉ、なんと言いますか。……ちょっとその辺りはややこしい話になるんですが」
腕を組んで眉間にシワを寄せて、アミューが探り探り言葉を発する。
寝転んだままなので間の抜けた雰囲気ではあるが、真面目な顔をしている。
「アキタカさんたち人間が見ている時間と、わたしたち神々が見ている時間はまるで違う流れといいますか……世界時間と神時間という異なる時間の概念があると言いますか」
異なる時間の概念?
「それはつまり、点Aという始点から点Bという終点を結ぶ直線を俺たち人間が見ている『世界時間』だとした時、アミューたち神の時間は三次元方向に広がっている――みたいなことか?」
「あ、いえ。それですと、交点が一ヶ所、ないし限られた数になるじゃないですか。時間は無限に続いていくわけですし、神々の方で範囲を選択すると、やがてその範囲から逸脱してしまう……と、言って、分かりますか?」
「かろうじて分か……らない、かも」
ややこしい話に脳の奥がちりちりする。
アミューが上半身を起こし、腕を組んで「う~ん……」と頭をひねる。そして、こんなたとえ話を始めた。
「一本の細く長ぁ~い管の中に水が満たされていると想像してください。その管は根元からゆっくりと冷えていく性質があって、中の水は始点から徐々に凍っていきます。その凍った氷が過去で、まだ凍っていない水が未来です。氷と水の境界線が現在ということになります」
管の中の水が端から凍るってことは、水の熱伝導率を考えると冷却温度が水を一瞬で凍らせるほどに低いか、その管が考えられないくらいに長くないとあり得ないよな。まぁとりあえず、その管の中の水は端から順に凍っていく性質を持っていると仮定しておこう――なんてことを考えながら、アミューの話を聞く。
「それでですね、世界時間が管だとすると、神時間は大きなタライなんです。管の中の水と氷が全部入るくらいの。管の中にあった氷と水を全部そのタライに入れると、氷も水も一緒くたに混ざり合いますよね? それが、神々が見ている時間の概念なんです。そこには遙か先の未来も、太古の過去も混在しています。一目ですべての時間を把握出来ますし、逆に言えばすべての時間を把握出来ていないとも言えます」
そう言われて、ドリンクバーを思い浮かべた。
全部の味を混ぜると、全部の味を楽しめるとも、どの味も楽しめなかったとも言える。
神々の目には、百億年前も、今日も、数千億年先の未来も、同じようなものなのかもしれない。
コップに塩と砂糖と水を入れた時のように。混ざり合って、それらはひとつの物と認識される。
「ですので、今こうしているこの時間も、この世界の枠組みの外ではわたしが世界を見ているんです」
「え? お前が二人いるってことか?」
「二人とは限りませんよ。なにせ、世界時間と神時間は流れる方向が違いますから、タイミングによっては何百人というわたしが見守っていることもあります」
「ちょっと、よく分かんなくなってきた……」
「アニメを見るようなものですよ。ほら、アニメの時間って、アキタカさんたちの世界と流れが異なるでしょう? アニメの世界の中では時間は一方向にしか流れていませんが、それを見る視聴者は好きなように時間を遡ったり、早送りしたり、一気に飛ばして最終回を見たりも出来ますし、何度も何度も同じシーンを見ることも可能です」
こちらのさじ加減でアニメという世界の時間を自由に行き来出来て、ピックアップもクローズアップも、なんなら編集まで出来る。
そんな感覚らしい。
「なので、わたしがすったもけに行っていたのは、この世界が誕生する前であるとも言えますし、この世界誕生後とも言えるわけです」
「なるほど。完璧に理解するのは難しいけど、とりあえず『すったもけ』って言うな」
神話や伝承で、ちょいちょい神様が人間の前に現れたなんて記述が残っていて、俺は昔から「なんで神様がたった一人を救うために助言したり手助けしたりするんだよ。暇なのかよ」とか思っていたりもしたわけだが……時間の概念が違うのであればそんなことがあっても不思議ではないわけだ。
今こうして、アミューが自分の創造した世界に干渉している間も、別のアミューが現在進行形で世界を創造し続けているのだから、『神様が見守っていない時間』なんてのは存在しない。……ということになるらしいな、どうやら。漠然としか理解出来ないが。
「わたしはちゃんと、この世界の人たちのことを見守っているんですよ。えへん」
そう言って、得意満面で胸を張る。
「なら、危険な果実は回避しろよ」
「はぅっ!? そ、それとこれとは別ですよっ…………そんな細かいところまでは見ていられませんから……」
そういう抜けているところが多々あるせいで、どうにも女神らしさが感じられないんだよな、アミューは。
けどまぁ……
そこがこいつのいいところなんだろうけれど。
「でも、嬉しいです。わたしのことを、少しですけど知っていただけて。他の人には知られるわけにはいきませんから」
そんなことを言って「えへへ」と笑う。
女神という立場上、この世界の人間にはおいそれと素性を話せないアミュー。地球を創ったという神様もそうだったんだろうな。
神様を信じているというヤツはいたが、それを証明する方法はなく、あの世界の人間の感覚としては「信じたい人がそう言っているだけ」という範囲を超えることはなかった。
神様が目の前に現れて、この世界の成り立ちをべらべらとしゃべったりなんて、されたこともないし、されたというヤツを見たこともない。
神様の中にも、それなりにルールは存在するのだろう。
そうでなきゃ、世界は俺が知っているあぁいう形には出来上がらなかっただろう。
もっとエキセントリックで、もっとなんでもありな世界になっていたはずだ。
それこそ、ファンタジーやSFのような。
「ってことを考えるとだ、キティが眠っててくれてよかったな」
「あはは、そうですね。普通に話しちゃいましたけど、聞かれるとマズかったかもしれませんね」
おっちょこちょいな女神は、周りを確認することなく重要な話をし始めたようだ。
もしかしたら、もっと俺が気を付けなければいけないのかもしれない。女神の使者という立場として。
なにせ、アミューだからな。
『うっかり』と『がっかり』で構成されているような性格をしている女神だ。
今後は、俺がもっと気を張っていよう。
――と。
とりあえずキティが眠っていることを確認しようと視線を向ける。
「あっ…………す、すやすや」
「めっちゃ起きてる!?」
ばっちり両目を開いてこっちを見ていた。
一応誤魔化そうとしているのか、すぐにまぶたを閉じて寝息……のようなものを立て始めたが、騙す気がないんじゃないかと思えるくらいに寝たふりが下手だ。
というか、いつからだ!?
いつから起きていた!?




