8話 ヴァンガード村とネコ面の戦士 ―4―
「それで、もう一つ頼まれてほしいんだけど」
「何かな?」
「人員を砦に派遣して、女神の遺産を持ってきてくれないか?」
「砦に女神の遺産があるというのか?」
「あぁ。それも、ヴァンガード村の毒素を、なんとか出来るかもしれないアイテムがな」
「それは真か!?」
「やってみなけりゃ分からないってのが正直なところではあるが……可能性はある」
「なんと…………そうか」
大きく息を吸い込んで、ジョージがアゴを撫でる。
アゴと頬に生える短い白ヒゲがざらりと音を立てる。
「しかし、砦まで行くとなると、それなりに戦える戦士を派遣することになる。外は危険だからな」
俺たちは、宰相推薦の御者に引き連れられてここまでやって来た。
きっと腕前は一流なのだろう。怪しい場面はあったようだが、危機はすべて御者が回避してくれていた。……ならなぜ最後で毒素にやられたのか…………ちょっと惜しいんだよな、あの御者。
しかし、この村に残っている者は旅慣れていない若い者か、戦うことの出来ないお年寄り、もしくは女性や子供ばかりのようだ。
マーサ曰く、戦える者はどんどん戦場へと駆り出されているらしいから、それもしかたのないことなのだが。
戦場へ駆り出される前で、馬車での長旅を、野生の獣を蹴散らせつつ完遂出来る人員など、そう何人もいないだろう。
砦を目指すとなれば、万全の準備とベストのメンバーで向かうべきだ。
と、なると。
俺たちを森へ案内出来る者がいなくなる。
果たして、どちらを優先させるべきか……
「私にっ! ……やらせて、ほしい」
俺とジョージが打開策を考えて黙り込んだ時、キティが名乗りをあげた。
勢い任せに声を出した後、集まった視線に怯んで声のトーンが落ちる。
一瞬、なんの話をしているのか分からなかった。
ジョージもぽかんとしている。
「私が案内をする」
「何を言うのだ、キティ!? 危険過ぎる」
「平気。神獣の森へは何度も行っている」
ジョージの反対を真正面から受け止め跳ね返し、俺へと体を向ける。
訴えかけるように、真正面から俺を見つめる。
ほんの少しだけ表情が硬い娘ではあるが、その瞳は力強く輝いているように見えた。
「実は、私もずっと探していた。神獣様を。大まかにだけれど、あたりも付けてある」
「あたり? 場所が絞れているのか?」
「うん。勘、だけれど……。でも、一から調べるよりかは随分マシだと思う」
それは確かに、その通りなのかもしれないけれど。
「私は強い。きっと役に立つ」
「ダメだ。キティ、考え直しなさい。お前は女ではないか」
もしかしたら、なのだが。
この国では、『女は戦場に立つべからず』というような風潮があるのかもしれない。
いや、そりゃ出来ることなら女性には戦場になんて立ってほしくはない。
だが、立ちたいと思っている者がいるのであれば、それを止めるのはどうなのだろうか。
それも、「女だから」という理由だけで。
「私は、少しでも強くなれるように日々鍛錬を行っている。力も、村の男衆に引けを取らないくらいには――」
「黙るのだ。女が戦を語るんじゃない」
「でも……」
「黙れと言っている!」
「あのっ、ちょっといいか、ジョージ……さん」
思わず声が出てしまった。
この村にはこの村のルールがあるのだろう。よそ者の俺がどうこういう権利はない。
けれど……
「そんな言い方は、ないんじゃ……ないですかね」
一応、機嫌を損ねないように敬語で話しかける。
もっとも、口を挟んだことそのものがジョージの機嫌を損ねることになるのだろうが。
「……口を挟まないでもらおう。そなたには関係のないことだ」
「それは、そうなんでしょうね。けど……」
俺はなにも、自分たちが神獣の森へ行きたいからキティの肩を持つわけではない。
キティを危険な目に遭わせたいなんて思っているわけでもない。
ただ、そんな頭ごなしに否定しなくてもいいじゃないかと、そう言いたいだけだ。
「女性の発言を聞くことが出来ないというのであれば、娘の言葉ならどうです? キティという、一人の人間の言葉としてなら、聞いてやれませんか?」
「……旅人さん…………」
俺の言葉に目を丸くし、ついでに口をぽかんと開くキティ。
そういう顔をしていると、本当にあどけなくて可愛らしいじゃないか。
「俺にも経験があるんですけど……子供が親に意見を言うって、結構勇気いるんですよね。まして、絶対反対されるって分かってる時は」
俺は田舎の出身なのだが、どうしても東京の大学に行きたかった。父親が猛反対していたのだが……あの時期は、毎日胃が痛かったな。
結局、親が折れてくれて上京させてもらったわけだが。
「けど、真剣なんですよ。子供も。親から見れば、まだまだ半人前だって思うんでしょうけど……子供は子供なりに、いろいろ考えて、真剣で……必死になって『今』って時を生きているんですよ」
キティだって、ただの興味本位で危険な森へ出入りしているわけではないはずだ。
強くなりたい。そんな思いで日々鍛錬を積むなんて、これくらいの年の女の子にそうそう出来ることじゃないだろう。
例えばそれは、行方不明になった神獣を心配してのことだったり。
例えばそれは、村を守るために奔走する父を助けるためだったり。
「何かしら、思うところがあるからこそ、親を説得しようなんて大それた行動に出るんじゃないですかね。な? キティ」
最後に話を振ってやると、キティはしっかりと首肯した。
それを見届け、俺は一歩後ろへ退く。
ここから先は、父娘で話をつけてくれ。
キティがゆっくりとこちらへ近付いてくる。
そして、体を少しだけかがめて、俺の耳元で囁く。
「旅人さん……ありがとう」
そして――
「あなたは、他の人と……少し、違う」
そう言って俺の顔をじっと覗き込んできた。
興味深そうに探るような目で。好奇心の塊のような目で。
そして何より、意志の強そうな目で。
予想でしかないのだが……
キティは折れるつもりはないだろう。
おどおどとしていた先ほどまでとは、顔つきがまるで違う。
腹をくくった者特有の、自信のようなものがその表情に現れている。
反対されても、何がなんでも食らいついて抗おう、そんな顔だ、アレは。
心も体も、きっと強い娘なのだろう、キティは。
……っていうか、ナースも然り、この国の女子は俺より強い人いっぱいいるんだよな。
キティも強かった。
まるで歯が立たなかった。
村まで助けに来てくれたネコ面のみんなは、全員女性だ。
この中で、俺が二番目に弱いかもしれない。一番はアミューだ。
そんな強いキティが、父親に真っ向勝負を挑む。
「パパ……」
「なんと言おうが、どんなに駄々をこねようが、ダメなものはダメだ」
「………………しゅん」
折れた!?
打たれ弱っ!?
完全に背中向けちゃったよ、あの娘!?
泣きそうな目でこっち見てるんですけども!?
「キティ! もうちょい頑張れよ! どうすれば納得してもらえるか、そこんところを考えるんだ!」
と、小声でキティにアドバイスを送る。
あぁ、もう。完全にキティの肩持っちゃってんな、俺。えぇい、こなりゃ一蓮托生だ。
どんな手を使ってでも、ジョージにうんと言わせてやろうぜ!
そんな俺の思いが伝わったのか、キティはこくりと頷いて再びジョージと向かい合う。
「パパ……」
「何を言われようと、ダメなものはダ……」
「……私は、実は男」
「えっ、本当に!?」
「いや、信じんなよ、実父!?」
とんでもない変化球で来たな、キティ!?
そして、ちょっと信じかけてたなこのオッサン。
「まさかお前が、そんな搦め手を使ってくるとは……よほどの理由があるのだな?」
「旅人さんたちに……女神の使者である二人に見てもらいたい物がある。それは、おそらく――」
真剣な表情で、キティは俺の持つハンディカメラを指差した。
「――それと同じ素材で作られた物」
「えっ!?」
声を上げたのはアミューだ。
そして、目を大きく見開いて問いかけてくる。
「アキタカさん、それって……!?」
……あぁ、そうだろうな。
「おそらく、女神の遺産だ」
キティがハンディカメラに興味を示したのはそのためか。
こいつは日常的に森へと出掛け、そして見たこともないような物を見つけた。
それがなんなのか気になっていたが、正体は分からなかった。
そこへ現れたのが俺たちだ。
俺たちなら、その謎の物体の正体が分かるかもしれない。
だからキティは、俺たちと森へ行きたいと思ったのだ。
「彼らの言葉を信用するなら、それがもしかしたら村を救ってくれるかもしれない」
「そんなものは憶測に過ぎんではないか。そもそも、お前の勘違いということも考えられる」
「だからこそ、彼らを案内し、彼らに――女神の使者に判断してもらいたいと思っている」
キティがグイグイと詰め寄っていく。
ジョージが気圧されて半歩身を引いた。キティの気迫は本物だ。
「私は、反対されても森へ行く。彼らを連れて」
「待てキティ! それならば村の青年たちに案内を――!」
「村を救えるアイテムは早急に必要。村の青年は砦へ派遣するのが最良だと思う。そしてパパは村と子供たちを守るために村に残るべき。となれば、彼らを案内出来るのは、私をおいて他にはいない」
「しかしだな……!」
心に火が付いた。とでも言わんばかりに、キティの言葉は止まらない。
何がなんでも折れたくない。折れるつもりはない。そんな顔つきだ。
しかし、そこはこれ。
ジョージはこの村の村長であり、このキティの父親なのだ。
娘のわがままだからといえど、おいそれと許可など出せるはずもない。
「他の者が行けない理由をいくらこじつけようと、お前が行く理由にはならん。諦めなさい」
これ以上議論の余地はない。
ジョージの言葉は、はっきりとそう理解させるくらいに威圧的で厳しい声音だった。
……ゲームセットか。
さすがのキティも、もはや言葉もないらしく、立ち尽くし俯いていた。
少し涙ぐんでいる。
そうして、赤く染まり始めた涙目で、睨むように父親を見つめる。
「…………行かせてくれないと、パパ嫌い」
「十分に、気を付けるのだぞ! 森には危険な魔獣がわんさかいるからな!」
「簡単に折れたぞ、このオッサン!?」
案外脆かったね!? ポッキリだね!?
でもまぁ、おかげで助かったけどな。
「では、キティさん。わたしたちを案内してくださいますか? 女神の遺産のある場所に」
「それから、神獣がいそうって場所にもな」
「うん。任せてほしい。一度家に戻って準備をして、それから向かいたい」
「じゃあ、その間にジョージは砦への派遣部隊の編成を頼む!」
「うむ……、ん? 『さん付け』は……?」
「他のみんなは村の者たちにこの映像を見せてやってくれ」
「「「はい!」」」
ジョージが抱いた疑問はさらりと無視して話を進める。
当方、度し難い親バカに払う敬意は持ち合わせておりませんので、悪しからず。
こうして、俺たちはそれぞれの準備を始めた。
何が潜むか分からない森へ向かうために。
そして、……何かが潜んでいたヴァンガード村の毒素を除去するために。




