8話 ヴァンガード村とネコ面の戦士 ―2―
「もう面を取っても平気だ」
ヴァンガード村から南西に向かい、小一時間歩いた先にその集落は存在した。
深い森に囲まれて、ひっそりと、息を潜めるように。
「挨拶が遅れたな。ワシがこの村の村長をしておる、ジョージだ」
獅子面を取って、ジョージが挨拶をしてくれる。
白髪ながらも、彫りの深いしっかりした顔つきのために随分と若く見える。
ガタイもいいし、おそらく四十代の半ばだろう。
「そっちが娘のキティだ」
ジョージに言われて、俺の顔を踏んづけたネコ面が面を取る。
面の下から現れたのは、白髪の……少女だった。
背が高く、肩幅もしっかりとしているが、顔つきはどこかあどけなく、ぱっと見では十四~五歳、中学生くらいに見える。
白い髪を二つに縛り、肩の上に垂らしている。毛先が肩に触れるかどうかというくらいの長さで、そんなところがやや幼さを感じさせる。
どこか落ち着きなく、視線を逸らし俯く様は、思春期特有の人見知りのようにも見えた。
「綺麗な髪ですね」
「これは、その……い、遺伝」
アミューの言葉に、キティは短く答える。
いささかおどおどしてはいるが、素直ないい娘そうだ。
ということは、ジョージの白髪も年齢による老化ではなく、地毛なのだろう。ところどころに生えている不揃いな無精ヒゲも白い。
「あの……」
キティが俺を見つめて呟く。
……デカい。俺よりも身長が高いから、若干見下ろされている感じだ。
俺が175だから……180くらいはあるだろうか。
こちらを見つめるキティの瞳は、何かをためらうようにふらふらと視線をさまよわせる。
そして、たっぷりの間をとってからゆっくりと口を開く。
「顔……」
「え?」
「踏んで、……ごめんなさい」
緊急事態とはいえ、他人の顔を踏むのは結構気が引けるのだろう。キティは大きな体をこれでもかと小さくしている。
「大丈夫、気にするな」
あぁしてもらっていなければ、俺は興奮に任せて暴れ回り、きっと毒ガスをじゃんじゃん吸い込んでいただろう。
確かに痛かったが、アレは適切な人命救助方法だったと思う。
「全然怒ってないよ」
安心させるように微笑んでそう告げる。
君は悪くない。
すると――
「え……じゃあ、喜んだ?」
「喜ぶか!?」
何その極端な二択!?
どっちかしかないわけ!?
「すまないが、旅の方よ。我が娘はまだ十四なのだ。そのような特殊な話は控えてくれまいか?」
「お宅の娘さんなんですけどねぇ、この話題ぶっこんできたの!?」
こっちは十四歳女子に顔を踏まれて喜ぶ特殊な趣味を持っているってありもしないレッテル貼られた被害者なんだよ!
つか、デカいな、十四歳!? 最近の子は発育がいいのかねぇ!?
きっと素直にすくすく大きくなったんだろうね! ほんのちょっと残念な思考回路を形成しつつあるようだけどもね!
「…………男の人、怖い」
キティがそそそ~っと俺から距離を取り、ジョージの背後に身を隠す。
がっちり体型のジョージよりもわずかに背が高いキティが、小~さくなって俺を窺い見ている。
怖がんじゃねぇよ、顔面踏み女。世間的に見れば、お前の方が怖いからな?
あと、めっちゃはみ出してるから。隠れきれてないから。
あぁっと、そんなことよりもだ。
「礼が遅くなって申し訳ない。助けてくれてありがとう。あなたたちがいなければ、きっと俺たちはあの毒ガスにやられていただろう。本当に、ありがとうございます」
「ありがとうございました」
きちんと筋を通し、深々とお辞儀をする。
俺に続いて、アミューも深く頭を下げる。
「なに。ヴァンガード村へ向かう馬車が見えたから迎えに行っただけのことだ。我が村に用事があるのだろう? 勝手に引っ越したのは我らだからな。だから、あまり気にしなくてもよい」
「では、そうさせてもらいます」
村長であるジョージに言われたので、感謝はここまでにしておく。
あまり押しつけがましいのもよくないからな、感謝と謝罪は。
「ヴァンガード村は、いつからあんな状況なんですか?」
こちらの話が終わったタイミングで、アミューがジョージに尋ねる。
あの村の惨状について。
「もう一年になる。神獣様がお姿をお見せにならなくなった頃と、時を同じくして村に毒素が充満し始めたのだ」
「突然胞子が降り注ぎ、村を覆い尽くした」
ジョージの言葉に、キティが続ける。
胞子?
「触れると破裂して毒素を吐き出す恐ろしい胞子が、村中に降り積もっている」
触れると毒素を吐き出す胞子が、村中に降り積もっている……そりゃ、あんな惨状にもなるだろう。
そんな物が突然降り注いできたというのであれば、とんでもない災害――か、何者かによる悪質な攻撃だな。
神獣が姿を見せなくなった途端起こったことだというのも、胡散臭い。
「触らなければ毒素は発生しないんですか? それにしては、村の中の毒素の濃度が濃かったように思うんですが……?」
アミューの言うとおり、一年前に村人が全員避難しているというのであれば、村を覆っていた毒ガス――毒素の量はあまりに多過ぎる気がする。
だからつまり、あの胞子は『触れなくても』毒素をまき散らすのだろう。
「あの胞子は時間と共に膨れ上がり、やがて破裂する。何をしなくてもだ。その際も毒素を吐き出すのだ」
「そんな……それじゃあ、手の付けようがないじゃないですか」
「うむ……我々も困り果てておるのだ」
触れようが触れまいが毒素は発生する。
おまけに、その毒は強力で人体に少なくない影響を及ぼす。
おそらく、命まで奪い取ってしまうほどに。
「アキタカさん……」
「あぁ。持ってくればよかったな、空気清浄機」
「今からでも、間に合いますよね」
ぐっと力を込めて、アミューが俺を見つめてくる。
「取りに戻りましょう」
永久名誉店員と女神魔法の効果でパワーアップさせた『爽やかエアー』なら、もしかしたらあの村を救えるかもしれない。
だが。
「馬車ですら六日かかったんだぞ。今はその馬車すらない……往復するだけで、どれだけ時間がかかるか……」
俺たちは、はっきり言って旅の初心者だ。
冒険者としては落第点のぺーぺーだ。
俺たちの体力に合わせたせいで、四日と言われていた道程を、六日もかけてしまった。
そんな俺たちが、徒歩で砦まで戻り『爽やかエアー』を担いで戻ってくるとなれば、それだけで一ヶ月弱はかかってしまう。
いや、時間がかかるだけならまだしも、下手をすればたどり着けない可能性すらあるのだ。
魔獣の侵入は阻止されているとはいえ、野生の獣は国内にも存在する。
獣に遭わなくとも、何もない広大な自然はそれだけで驚異だ。
途中でのたれ死んでしまう危険も大いにある。
少し時間はかかってしまうが、御者の回復を待って砦へ向かうのが最善策だろう。というか、それ以外に俺たちが選べる選択肢はない。
……毒ガスの中突っ込んでって気を失ってしまうような、ちょっと残念な御者ではあるが、あの人が道中俺たちの命を守っていてくれたことは事実だ。
…………いや、でもまぁ、若干脳筋気味ではあるんだろうな。「ヴァンガード村まで」って言ったら、きっちりヴァンガード村まで運んでしまうのだから。
ちょっと見て「あ、ヤバそうだな」って思ったら止まればいいのに、途中で。
でもまぁ、頼りになるいい御者だ。
感謝しているし、頼りにもしている。
彼の一日も早い回復を願う。
「あの残念御者さんの代わりの御者さんを探しましょう!」
「アミュー! 今、俺が必死にフォローしたところだから! 台無しにしないで!」
御者に、「お疲れでしょう? 寝てください」って言われて、「悪いなぁ、俺たちばっかり休ませてもらって」って思いつつも体力温存のために荷台で眠って、「目覚めた頃には着いてるかな」とか思ってたのに、俺が起きたら隣で御者が寝てたこともあったけども!
全っ然、馬車進んでなくてびっくりしたこともあったけど!
その後寝ぼけて、俺に「はいよー!」って言ってきたこともあったけども!
それでも、俺たちをここまで運んでくれた御者だろうが! 感謝の気持ちを忘れるなよな。
「あの御者さん、アキタカさんのお尻を見て、『一回叩きたい』ってムチを握りしめてましたよ」
「え、なんで!? 怖っ!?」
「なんでも、アキタカさんのお尻は小ぶりでいい感じなんだそうです」
「どんな目で俺を見てやがったんだ、あの御者!?」
「馬を見るような目で、だと思います」
「不愉快きわまりないな!?」
「『ミザリーの婿にしたい』とおっしゃってましたし」
「……ミザリー? あのオッサンの娘か?」
「いいえ。わたしたちの馬車を引っ張ってくれていた、あの馬です」
「ホントに馬を見るような目で見られてるな、俺!?」
あの御者、もう一回毒ガスの中に叩き込んできてやろうか……
「どうしますか、アキタカさん。御者さんの回復を待ちますか?」
「そうだな。とりあえず回復した後で一発ぶん殴る」
そこは確定として……
「この村の馬車を貸してもらえないか交渉してみるか」
馬(ミザリーって名前らしい……メスだったのか、あいつ)も毒素を大量に吸い込んでいた。
長距離を走らせるのは無理だろう。




