7話 筋肉の防衛ライン、離脱 ―3―
レベルは、上がっていなかった。
なぜだ?
まさか、レベルアップに必要な信仰の数が跳ね上がったのか?
「なぁ、アミュー……!」
アミューなら、次に必要な信仰の数が分かるはずだ。
いったいどれだけの信仰を集めなければいけないのかを尋ねようとして……ふと、外から聞こえてきた会話に口を閉ざした。
「しかし、さすが騎士団長殿だ」
「うむ。遠く離れた我々に、きちんと指示を出してくださるとは」
「女神の遺産も見事に使いこなされておいでだったな」
「あぁ。あれは騎士団長殿だからこそ、為せる業なのだろう」
「騎士団長殿の新能力といったところか」
「さすがだな、騎士団長殿は!」
……騎士団長の株が爆上がりしている。
「……アミュー?」
「な、なんでしょう? 顔が怖いですよ、アキタカさん……」
「ベシーロの評価がうなぎ上りなようだが?」
「あ、あはは、すごい人気ですよね、さすが、騎士団長! ……なんて」
「…………説明、しなかったのか?」
「せ…………説明、とは?」
マーサの診療所で、俺に信仰が集まってきた際は、誰に言われるでもなく自ら進んでナースたちの信仰を俺から女神へと向かわせたくせに……
「筋肉を怖がって説明怠ってんじゃねぇよ! ちゃんと説明しとけよ! 『このハンディカメラは女神様の御力によって動いている』って! 『ちゃんと女神を信仰しろ』ってよぉ!」
「だ、だって、声をかけようとすると、あの人たち集団で近寄ってきて取り囲むんですもん! 何もしゃべってなくても『むっきむっきむっきむっき』って、筋肉の躍動が聞こえてくる恐怖、アキタカさんには分かりますか!?」
「耳をふさげばいいだろう!?」
「あの筋肉の音は、脳に直接響いてくるんです!」
「恐ろしいな、鍛え過ぎた筋肉って!?」
結局アミューは、ずっと俺のそばに身を隠し続け、誰一人として説得出来なかったのだそうだ。……くっ、無駄な時間を。
前回、寝ている間にレベルアップしていたから、知らず知らずに味を占めていたのかもしれないな。俺も反省が必要か。
「悪かったよ、アミュー。こんな場所で独りにして」
「アキタカさん……っ!」
下手すれば怒られるなんて考えていたのかもしれないアミューは、俺の反応を見てあからさまに安堵の表情を覗かせた。
そして、独りぼっちで耐え忍んでいた恐怖から逃げ出すように、俺の腹へと飛びつきしがみついてきた。
「怖かったですよぉぉおお!」
そんなにか。
トラウマにならなきゃいいけどな。
……やっぱ、数は暴力なのかもしれないな。何事も、限度は必要だ。
「ぐす……っ、でも、レベルが上がらなかったのは、元から信仰していた人が多いからかもしれません」
「元から?」
洟を啜り、目尻をこすって、アミューが状況を分析していく。
「ヴァンガード村出身の方たちは、生まれながらに神獣を信仰していた可能性が高いんです」
「そうか。神獣への信仰は女神への信仰としてカウントされる。で、俺のレベルは『新たに女神への信仰を得た』時に上がるんだよな」
つまり、もともと信仰していた人間の前で女神の遺産を使っても、新たな信仰は得られない。イコール、レベルは上がらない。
「ほとんどの兵士は、あのハンディカメラの映像を『騎士団長の力』だと思っていて、女神への理解がありそうなヴァンガード村の連中は元から神獣を信仰していたから俺のレベルアップにはつながらなかった……ってわけか」
「はい。おそらくは」
くそ。
思っていた以上にレベルアップが困難だ。
ベシーロに『女神を信仰しろ』って言わせておけばよかったぜ、つくづく。
「どうしましょうか? 今から一人一人、女神への信仰を訴えかけて回りますか?」
「その度に、全方向からのポージングを見せつけられる可能性があるけれど? それも、一人一人、毎回」
「…………だ、大丈夫です。わたし……一人でお留守番出来ますから!」
「俺一人で行けってのか? はっはっはっ、ふざけんなよこのやろー」
レベルアップは急ぎたい。だが、今現在はどうしても必要というわけではない。
幸い、ここにいる連中は健康体だし、怪我をすることはあっても、細菌にやられて病気をするようなヤワな連中ではない。
空気清浄器は、ここでは宝の持ち腐れになってしまうだろう。
「どこかでこいつが必要になるまで、保管しておいてもらおうか」
「そうですね。それまでにはレベルも上がって、『女神の加護』も使えるようになっているでしょうし」
そういったわけで、今回この場所にコンセントを付けることは断念した。
兵士に話して、こいつは大切に保管しておいてもらうことにする。
たとえば、どこかに気管支を患った人たちが大勢いるような場所でもあれば、そういったところで活用するようにしよう。
「あぁ、でも……このあと行くヴァンガード村ではレベルが上がらない可能性が高いんだよな」
ヴァンガード村の人々は、もうすでに神獣を信仰している。
なら、このハンディカメラの映像を見せても、新たな信仰を得ることは難しいだろう。
しばらくは、ただの人助けになりそうだ。
いや、しかし。
レベルが上がらないからといって見返りがないというわけではない。
この砦の連中は、倒れた俺に手厚い看病をしてくれた。
ベッドもふかふかだし、枕元には飯まで置いてくれている。……なんでか、こんがり焼かれた肉の塊なんだが。……おかゆとかいう発想はないんだろうな、きっと。
まぁ、情けは人のためならずじゃないが……
「行くか、ヴァンガード村へ」
「はい。ヴィレッジ・ヴァンガー……」
「ヴァンガード村へ!」
「はぅっ、なぜかこの話題だけはアキタカさんが見向きもしてくれません!?」
そこには触れてやるものか。
折角用意してくれたのだからと、肉の塊にかぶりつき……うまぁ……出発の準備を整える。
でもその前に、もう一口…………うっまぁ……!
「これ、魔獣の肉かな? めっちゃ美味いんだけど」
「……もしかしたら、育て過ぎて不要になった筋肉を間引いた物かも……しれませんよ?」
「いや……さすがにそれが出来たらもう人間じゃねぇよ」
間引いて他の筋肉が大きく成長するようなことがあれば、そいつは人間の規格から大きく逸脱していると言わざるを得ない。
タコじゃねぇんだから、食ったら生えてこないんだよ。普通は。
いくら人知を超えるマッチョーズだと言えど、そこまで奇妙なことは出来ない…………と、思いたい。信じたい…………魔獣の肉ですように魔獣の肉ですように魔獣の肉ですように魔獣の肉ですように魔獣の肉ですように、出来たら、見た目的にも「これなら食べてもセーフ」な魔獣の肉ですように!
最後に、砦内で鍛錬を積んでいた兵士たちに一声かけて、俺たちは馬車へと乗り込んだ。
ここから四日――旅慣れていない俺たちに合わせると六日くらいかかるらしいが――馬車の旅だ。
騎士団から食料を分けてもらい、覚悟を決めて乗り込んだ。
ゆっくりと動き始める馬車を、大勢の兵士たちが見送ってくれた。
……モスト・マスキュラーで。
「いい人たちでしたね」
と、幌をしっかりと閉じてアミューが言う。
あぁ、みんな明るくて責任感のある、優しい連中だったと、そう思える。
この幌さえ開けなければ、な。
「キレてる! キレてるよー!」
そんな掛け声を全力で無視して、俺たちを乗せた馬車は北へと向かって走り出した。




