7話 筋肉の防衛ライン、離脱 ―2―
「失礼します」
控えめなノックに続いて、若干高めの声が聞こえてくる。
返事をすると、ドアが開いて若い兵士が入ってきた。
筋肉は相変わらず凄まじいのだが、顔が幼い。十代だろうか。
「アキタカさん……あんなにあどけない少年までもが、筋肉を……」
「諦めろ。ここはそういう国なんだ」
つか、お前が生み出した世界の一部だよ、ここは。
「こちらが、森の中の洞窟で発見された物です」
そう言って、筋肉少年が差し出してきたのは、段ボールだった。
「女神の遺産であるかどうか、鑑定をお願いします」
「うん、女神の遺産だな」
「中を見なくても分かるのですか!?」
うん。
だって、段ボールだし。
それに、箱に思いっきり商品名書いてあるし。
「素晴らしいです! 感動しました!」
きらきらした瞳で、少年が俺を称賛してくれる。
いや、そんなたいしたものじゃないから落ち着いてほしい。そのテンション……嫌な予感しかしないから。
「この感動を、筋肉で表してもいいですか!?」
「やめてくれる!?」
「感激の~~~~~モスト・マスキュラー!」
「やめろっちゅうのに!」
ほら、もう、空気が! 室内の空気の粘度が上がっていく!
換気扇欲しいなぁ!
あぁ、空気の入れ換えをしたい! この国の空気を丸ごと!
「では、これをお納めください!」
純真無垢な瞳で女神の遺産を差し出してくる筋肉少年。
差し出しながらさりげにサイド・トライセップスをするんじゃない。上腕三頭筋をこれ見よがしに見せつけるのをやめなさい。
そうして差し出された女神の遺産は……はは、これも因果かねぇ……空気清浄機だった。
「アキタカさんっ! これぞ神の思し召しです! これこそが、今わたしたちに最も必要なアイテムですよ!」
「落ち着けアミュー。その思し召しをするべき神様ってお前だから。自分の立場思い出して」
念のため筋肉少年には聞こえないようにアミューを窘める。
「では、自分はこれで失礼いたします!」
と、筋肉少年が部屋を出て行く。
扉が閉まる直前、バック・ダブル・バイセップスをしていたように見えたが……まぁ、気にしないでおく。これが、この国の日常なのだろう。
「よし、早速空気を清浄するぞ!」
「賛成です! 今すぐにここの空気を清浄しましょう!」
箱を見る。
こいつは、フラット社の開発した独自イオン技術『プリズムイオニック』搭載の空気清浄機『爽やかエアー』(2016年冬モデル)だ。
フラット社のプリズムイオニックは、プラズマの力で活性酸素を発生させ、プラスイオンとマイナスイオンをクラスタリングして、空気中の花粉や細菌をはじめ、カビなどのアレルギー物質を除去、分解してくれる画期的な技術だ。
この『爽やかエアー』は、前面吸気で、且つ吸気口が下方に付いていることから、床付近の埃まで吸い取ってくれると、幼い子を持つご家庭に重宝されている空気清浄機で、従来にはなかったフィルター自動清掃機能の搭載により爆発的に売り上げを伸ばした2016年度の大ヒット商品なのだ。
またこの冬モデルは加湿器の機能も併せ持っていて、乾燥しがちな冬の室内を快適な湿度に保ってくれる。
さらに嬉しいのが、適応床面積の大幅増加だ。
エアコンなどとは違い、空気清浄器は予算の許す限り適応床面積の大きなものを選ぶことをお勧めしたい。
というのも、空気清浄機の性能として記載されている適応床面積というのは、「30分間で空気を綺麗に出来る面積」のことであるため、仮に適応面積が6畳の空気清浄器を6畳の部屋で使うと部屋の空気が綺麗になるのに30分かかる、ということになるのだ。
とある会社が「30畳の部屋の空気を清浄するのにかかる時間』を検証した際、適応面積が30畳の空気清浄器の場合30分かかったのに対し、適応面積が31畳の空気清浄器の場合は、なんと9分で清浄が完了したのだ。
1畳増えるだけで、かかる時間は三分の一以下になる。
ゆえに、俺はいつも適応面積のより大きなものをお客様にお勧めしていた。……まぁ、「とかなんとかうまいことを言って高いものを売りつけようとしている」と、捉えられていたかもしれないけれど。
「適応床面積は『~73㎡』か」
73㎡と言えば、畳にすれば40畳くらいの広さだ。十分強力だと言える。
これがあれば、この部屋の空気なんか一瞬で清浄化されることだろう。
「よし、さっそくコンセントを取り付けるぞ」
「はい! 今すぐに、この淀んだ空気を清浄化しましょう!」
思えば、この時の俺たちは、濃密過ぎるここの空気に充てられて正常な判断というものが出来なくなっていたのかもしれない。
冷静に考えれば、こんななんの変哲もない、なんの問題もない部屋に女神の遺産を設置する必要性など皆無なのだ。
それでも、そんなことにすら気が付けないほどに、この時の俺たちは濃密過ぎる粘度の高いどろっとしたこの部屋の空気に酔っていたのかもしれない。
そんな俺たちを現実に引き戻してくれたのは――
「よぉし、行くぜ! 『女神の加護』っ!」
【女神魔法『女神の加護』の使用可能回数が不足しています】
――そんな、システムボイスの声だった。
「使用可能回数が、足りない?」
一瞬理解が出来なかった。
だって、あれだけ多くの兵士がいて、女神の遺産の力を目の当たりにして、おまけに兵士たちの頼みを聞いて伝言まで届けてやろうってのに……信仰が集まってないなんて考えられない。
レベルは上がっていないのか?
「アミュー! ステータス石版を貸してくれ!」
「え? あ、はい!」
もう一度ステータス石版の上に立つ。
「ぷにょ~ん」という奇妙な音が鳴った後、そこに表示されたステータスは……
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アキタカ・ホンジョウ
27歳 男
職業:女神の使者
レベル:3
HP:48/52
MP:32/32
力 :22
体力:23
魔力:36
敏捷:16
幸運:14
スキル:【女神魔法】【ツッコミ】
称号 :【永久名誉店員】【ふにゃ筋】
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「変わってない、だと?」




