5話 騎士団長の責務 ―4―
「よし、騎士団長! こいつに向かって指示を出すんだ」
カメラを構えて、ベシーロをファインダーに収める。
「それに向かって……だと?」
「あぁ。このレンズの向こうに団員がいると思って」
「…………何を言っているのだ?」
そっか。
こっちの人間にビデオレターなんて概念はないのか。
「これは、今この場で起こった出来事を記録して、遠くへと持ち運ぶことが出来る道具なんだ」
「記録……持ち運ぶ、だと? 俄には信じがたいが……」
くっ。
永久名誉店員の称号をもってしても、こんな突拍子もない説明では信じきってはくれないか。
なら――
「百聞は一見にしかずだ! アミュー!」
「はい!」
「歌え!」
「はい! ……えぇ!? な、何を、ですか!?」
「なんでもいい!」
「じゃ、じゃあ……すったもけのカラオケで歌っていたヒットナンバーを――」
「あぁっと、でも! ……念のために、著作権に引っかからないヤツで」
「えっ、そういうの、気にする必要あるんですか!?」
いや、だってほら……お前は女神で俺は女神の使者じゃん?
ルール違反とか、権利侵害とか、なんかマズそうじゃん、なんか。
「じゃあ…………即興で!」
肝の据わったアミューは、宣言通り即興で奇妙な歌を歌い、そして踊り始めた。
見ているだけでMPが吸い取られそうな不思議な踊りだ。
「壊れ~たテレビ~を~叩~くと~♪ より一層~画像~が~乱~れる~♪」
これまでの人生で聞いたこともないような、なんとも微妙なメロディーラインで紡ぎ出されるアミューのオリジナルソング。
本人はめっちゃ楽しそうなのに、聞いてるこっちはとっても不安な気持ちにさせられる、なんとも損した気分になる歌だ。
つか、テレビを叩くって、昭和の発想だぞ……しかも、画像乱れちゃってるし。
「何を、しているのよ、あんたたち……」
顔を引き攣らせてマーサが言う。
まぁ、分からんだろうな。
だが、これならどうだ!
マーサやベシーロに見えるようにモニターを反転させ、先程録画した映像を流す。
すると――
『壊れ~たテレビ~を~叩~くと~♪ より一層~画像~が~乱~れる~♪』
先程アミューが歌った、聞く者の心を不安にさせる謎のオリジナルソングが流れ出す。
「ちょっ!? なによ、これ!? こ、この中にもアミューが……ど、どうなっているの!?」
「こ、これは……次元を閉じ込めたというのか!?」
そんな物々しいものじゃないんだが……まぁ、その時間を閉じ込めたっていうのは、もしかしたらそうなのかもしれないな。
「このように、このレンズってヤツの前でしゃべったことや起こったことは、この中に記録されて、あとでいつでも見ることが出来るんだ。たとえ、ここから遠く離れた場所に持っていったとしても」
「つまり、私が前線に行けなくとも、その中に私の指示を取り込めば――」
「そうだ。前線の騎士団にそれをそのまま伝えることが出来る!」
「す……すごい……君たちは、一体何者なんだ……?」
ベシーロがわなわなと震えて尋ねてくるので、改めて名乗っておく。
「女神の使者だ。すべては、女神の力によるものだ」
ってことにしとくから、女神を信仰してくれ。
俺のレベルアップのためにもな。
「女神……様の、……御力か」
俺の横で「あっ」と、アミューが嬉しそうな声を漏らす。
きっと、ベシーロが女神を信仰したのが分かったのだろう。実に嬉しそうだ。
「とにかく、お前の指示はこれに録画して、俺たちが届けてやる。だから、お前は一日でも早く傷を治せるように意識を集中させるんだ」
「分かった。かたじけない!」
ベシーロが前線に復帰することが、この国にとって最善なのだろう。
ならば、一日も早くそうなるように手伝いをするまでだ。
ベシーロが復帰する頃には、国王も前線復帰しているかもしれない。
宰相が「もう少し様子を見て、大丈夫なようなら前線復帰を認めます」とか言っていたしな。
さすがの国王も、独断でその身を危険にさらすことは出来ないのだろう。
とにかく、国王と騎士団長が復帰するまでの間、騎士団の面々にはビデオレターからの指示を遂行してもらうしかないだろう。
なんとかして持ちこたえる、それがミッションだ。
「それじゃ、撮影するぞ」
「ん……んんっ! 少し、緊張するな」
「なぁに。何度でも撮り直せる。リラックスして、いつも通りに指示を出してくれ」
「わ、分かった…………」
体を起こし、ベシーロはカメラに視線を向ける。
ベッドに腰掛けた状態ではあるが、その視線は騎士団長としての威厳と、弱くとも前線で戦い続けている騎士としての迫力を備えていた。
手が震える。
どうやら、俺も多少は緊張しているようだ。
手ぶれ防止機能が搭載されていて、本当によかった。
「こほん……」
短い咳払いをして、ベシーロがレンズに向かって語りかける。
「見ているか、皆の者。私は、騎士ベシーロだ」
「ぶふぅっ!」
「ちょっ、アキタカさん!? ちょっとタンマ! タンマです!」
アミューが両腕を振り、撮影の中止を訴える。
「何してるんですか? いい感じでしたのに」
「いや……いい感じだからこそというか…………」
くっそ、迂闊だった。
まさか、そんな伏兵が潜んでいたとは…………
騎士ベシーロって…………もう、完全に別の、とあるタレントの顔が浮かんでくるわ!
しかも、「見ているか」が「ルックルック」にちょっとかかってて、微妙に面白いわ!
「すまない、騎士団長……『騎士』と『ベシーロ』の間、ちょっとあけようか?」
「そうか、その方が聞き取りやすいかもしれないな。うむ、参考にさせてもらう」
ごめん。
全然、そんな感じのことじゃないんだ……著しくこっちの都合なんだが……でも、ごめん。騎士ベシーロを続けて言うのだけは……ごめん。
「じゃあ、『騎士』『ベシロー』ってことで」
「『ベシーロ』さんですよ!? 伸ばすところ、違いますよ!? それだと沙悟浄しか浮かんでこないですよ!?」
「……何を騒いでおるのだ、女神様の使者殿たちは?」
「さぁ……よく分かんないんですよね、あの二人」
向こうで置いてけぼりなベシーロとマーサには悪いんだけど……こっちにはこっちの都合があるのだ。
で、アミュー。お前、いつから日本にいたんだよ……
その後、何度かのリテイクを経て、騎士団へ宛てたビデオレターは完成した。