5話 騎士団長の責務 ―3―
「アキタカさん……」
アミューがそっと耳打ちをしてくる。
「イドバシって、スマホ売ってましたよね?」
「持ち込んだのか?」
「さぁ……すみません。正直に言うと、何を買って何を持ち込んだのか、ほとんど覚えていないんです」
何かしらの制限でもあるのかもしれない。
アミューは女神の遺跡の場所も把握はしていない。
異世界間を結ぶというのは、きっとそれくらい困難なことなのだろう。
女神自身でさえ把握出来ないくらいに。
「わたし……イドバシに行くと嬉しくなっちゃって……目についたものはなんでもすぐ欲しくなっちゃって……つい、買っちゃいまして」
そうだ。
地球では阿見優と名乗っていたアミューは、本当に大量の家電を買い漁っていた。
それこそ、目についたものは片っ端から。
「それで、荷物になると買い物が出来なくなるので、異世界間を繋ぐゲートを開けて、そこへぽいぽいっと……」
「ん?」
「適当に放り込んでいたら、世界中に散らばってしまったんです!」
「ズボラか!?」
買うだけ買って、「あとで片付けよう~」ってそのまま放置しちゃうタイプか!?
引っ越しの後の段ボールをいつまでも開けずにそのままにしておくタイプか!?
「なので、そこら辺にスマホとか落ちてる可能性も、なきにしもあらずですよ!」
「そんな、大掃除の時に本棚の裏から百円が出てきてラッキーくらいの小さい可能性にかけていられる状況じゃねぇんだよ!」
そもそも、スマホがあっても電波飛んでないだろうしね!
繋がらねぇよ!
「……打つ手なし……ですね」
「諦めんの早ぇな、おい!」
まだ他にあるだろうよ。
「なぁ、騎士団長! 騎士の中で女神の遺産を見たとかいうヤツはいなかったか?」
「女神の遺産? それはどんなものだ?」
「どんなって……これまで見たこともないような不思議なアイテムだよ」
「不思議と言えば……」
アゴに指を添えて考え込むベシーロ。
「あぁ、そういえば、北の町で巨人の糸車が見つかったという話を聞いたことがあるな。知っているか、糸車? 服を作る時に糸を巻いておくものなのだが、巨人でも服を作るのだなと感心したものだ。まぁ実物は見ていないのだが、かなりの大きさだそうで……」
「そういうファンタジーなものじゃなくて、もっと科学的な、未来的な、実用的なヤツだよ!」
えぇい、クソ。
この世界の連中に『家電』ってのをどう説明すれば伝わりやすいのか……
「こういう物です、ベシーロ様」
俺が頭を抱えている横で、マーサがニャーミックスをベシーロに見せる。
そうそう、こんな感じのものだ。
分かるだろ?
なんとなく高級感があって、シャープなデザインで、便利機能満載で。
「あぁ、それなら謎の箱を見つけた」
「「「謎の箱!?」」」
俺とアミュー、そしてマーサの声が重なる。
マーサも興味があるようだ、新たな女神の遺産に。
「私の道具袋に入っているはずなのだが……」
「マーサ、こいつの道具袋を!」
「ちょっと待って!」
マーサが慌てて床にしゃがみ込む。
鎧や剣が置かれている場所に、バスケットボールが入りそうな大きさの布袋が転がっていた。アレが道具袋か。
「先程話した横穴の中で見つけたのだ。見たこともない物だったので持ってきたのだ」
「あった! これじゃない!?」
マーサが道具袋から取り出し掲げた物――それを見て、俺とアミューは顔を見合わせた。
この騎士団長……実はすげぇ幸運の持ち主なんじゃないだろうか?
騎士団長に任命されたことといい、落下の際に横殴りの突風で崖の途中の横穴に偶然滑り込んだことといい……そして、今この状況にぴったりの家電を手に入れたことといい。
「騎士団長。あんたの言葉であれば、騎士団は理解して指示通りに動けるんだな?」
「う、うむ。そうであるが……一体、なんだというのだ?」
「ちょっと待っててくれ!」
俺は、マーサから女神の遺産を受け取り、その詳細を調べる。
こいつは……少し前の世代の代物だが、それでも十分だ。むしろ、最新機種じゃない分、多少扱いやすいと言えるかもしれない。
「問題は……どこにプラグを取り付けるか、だ」
アミュー曰く、俺は眠っている間にレベルが上がっているらしい。
だから、『女神の加護』を使うことが出来る。
だが、持ち運びがメインとも言えるこの家電は、どこにプラグを付けるのかが非常に難しい。
こちらで充電して持ち出し、向こうでバッテリーが切れたら、こちらへ戻ってこなければ充電が出来ず、使用出来なくなってしまう。
それでは不便だ。
……って、あれ?
「な、なぁ、騎士団長」
「なんだ?」
「これ、他にもいろいろ付いてなかったか? こう、これくらいの四角いのとか、線とか」
「ん? ……あったような……なかったような……だがすまん、それしか持ってきてはいない」
「なん……だと?」
そいつはマズい。
非常にマズい。
パーツが全部揃っていないと、こいつは使えない。
ベシーロが置いてきてしまった物、それは、充電用のアダプターだ。
充電が出来なけりゃ、アダプターがなけりゃ、こいつは使えない。
「くそ……何か手はないか……アダプターなしで充電する方法は…………」
何か……何かないのか!?
その時、頭の中に文字が浮かび、声が聞こえてくる。
【女神魔法『女神の加護(バッテリー用)』を使用しますか?】
な……ん…………だと?
「な、なぁ、アミュー」
「なんですか、面白い顔をして?」
「うるせぇよ」
「……くすくすくす」
「静かに笑うな!」
「うるさいってアキタカさんが言ったから……」
なんだよ、何記念日だよ?
そんなんはどうでもいいから、俺の話を聞け。
「『女神の加護』のバッテリー用ってなんだ?」
「あぁ、それはですね、充電しなくても半永久的に使用出来るバッテリーになるんです」
「それは、有りなのか? 物理法則的に」
「そうですね……乱用しなければ、『有り』で!」
なら、こいつに使っても問題ないだろう。
そうと決まれば、早速――
「『女神の加……』!」
【女神魔法『女神の加護(バッテリー用)』を使用するんですか? しないんですか?】
うるせぇな、システムボイス!?
「する」つっても、どうせ【じゃあ、どうぞ】だろうが!
【するの? しないの? はっきりしてくれる?】
急に砕けた口調になるんじゃねぇよ! お前は俺の彼女か!?
【…………もじもじ】
もじもじすんな!
じゃあ、使用する! させてもらうよ!
【じゃあ、どうぞ】
言わなきゃいけない病気にでもかかってるのか、お前は!?
「はぁ……はぁ……!」
「ア、アキタカさん、まだ何もしてないのに、なんでそんなに疲れてるんですか!?」
「お前が寄越したよく分かんない能力のせいで、いろいろツッコミをさせられてな……」
口に出さなければHPは減らないようだが……精神的にはダメージが蓄積されてくんだよ。
「とにかく、こいつを使えるようにするぞ」
「はい! それがあれば、騎士団さんたちに指示が出せますからね!」
バッテリーパックを取り外し、そこに向かって魔法を発動する。
「『女神の加護』!」
淡い光を放ち始めるバッテリー。
それを本体へと装着した瞬間、バッテリーが青く輝いた。
これで、登録完了ということだろうか?
試しに電源を入れてみる。
3インチのモニターに企業のロゴが現れる。46万ドットの液晶画面は非常に美しく、ワイド画面でとても見やすい。
「どうですか、映りますか?」
言いながら、アミューがレンズを覗き込む。
そう、こいつは――株式会社パねぇソニックのファミリー向け4Kデジタルビデオカメラ『ファミリー撮っちゃお(2015年製造)』だ!
とにかく簡単に、とにかく分かりやすく、感覚で操作しても失敗しないをテーマに製作された使いやすさ重視のビデオカメラで、機械マニアなお父さんも、機械音痴なお母さんも、細かい操作が苦手なお爺ちゃんも、ハイカラ好きなお婆ちゃんも、誰もが安心して使えて、さらにヤンチャなお子様が外で振り回しても落としても水没させても壊れない耐久性を実現した、各ご家庭が『マジでパねぇ!』と驚愕した逸品なのだ。
手ぶれ補正、風音キャンセラーはもちろん、フレームアウトした子を自動で追いかけてくれる『ちゃん撮る機能』も搭載。
ぶれた画像をあとで修正する『くっきり修正』。そして、映っちゃいけないものを撮ってしまった時に役立つ『これは見なかったことに』機能は、近年のネットに動画を上げる層を中心に大変重宝している。
画質も、4K、フルHD、HDから選べ、4Kで撮影しておけばあとからフルHD、HDへと変換することも可能。
当然だが、各デバイスに合わせた規格での出力もボタン一つで設定可能。
ただし、その機能はこの世界では必要ない。
今必要なのは、本体に付いているモニターでの出力だ。
3インチワイドの液晶は見やすく、光の反射も抑えてくれるために屋外での視聴にも十分耐えられる。
また本体付属のマイクは、海外マイクブランドの老舗『HEYmen』との共同開発を行った本格コンデンサマイクで、5.1chサラウンドを始め、ガンマイクやステレオマイクに切り替えて様々な形式での録音が可能となっている。
そんなサウンドを再生するスピーカーは、重厚な低音とクリアなサウンドが売りの『Kozou』との共同開発。
これ一台でプレーヤーとしても十分過ぎるスペックを兼ね備えたハンディビデオカメラなのだ!
今年製造された最新機種では、「独りぼっちのお父さんなんてもういない!」を謳い文句にした『ワイプ録画機能』が搭載され、世のファミリーたちを『やっぱ、パねぇソニック、マジでパねぇ!』とうならせた。
残念ながら、こいつにワイプ録画機能は搭載されていないが、ユーザーの間ではマイクとスピーカーは2015年製のものが最もよかったと言われている。
こちらの世界には、この2015年モデルこそが相応しいと言えるだろう。