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5話 騎士団長の責務 ―2―

 治療開始から十分が経過した頃、ベシーロが意識を取り戻した。


「ん…………ぐっ、あぅ……!」


 全身に走る痛みに喘ぎ、それでも目を見開き体を起こそうとする。


「ダメです、ベシーロ様! 安静にしていてください!」

「……ここは、どこだ?」

「診療所です。ベシーロ様は魔獣に襲われ、重症を負われてここへ搬送されたんです」

「魔獣……、そうだ! 前線は!? 騎士たちはどうした!?」

「わっ!? だ、ダメですってば!」


 強引にベッドから出ようとするベシーロを、マーサが必死に押さえ込む。

 小さな体のマーサでは、いくら重傷を負ったとはいえ体格のいい騎士を止めることは出来ない。

 マーサを押しのけてベシーロがベッドを抜け出……そうとして、ナースに押さえつけられ、強制的にベッドへと寝かされた。というか、叩きつけられた。


「大人しくしててくださいっ!」


 細腕のナース。

 けれど、その全身を覆うのは鋼鉄の強度を持つ筋肉。

 ……いくら騎士といえど、満身創痍で勝てる相手じゃないよな、やっぱ。

 ナース、やっぱ前線守ってこいよ。


「離してくれ! 私は戦場へ戻らねばいかんのだ! 私がいなければ、騎士たちは……我が騎士団の者たちは……っ!」


 悔しさと焦燥感から奥歯を噛み締めるベシーロ。

 騎士団長という責任から、不本意な形での戦線離脱が許容出来ないのだろう。

 だが、こんな体で戦場へ戻ったら、今度は確実に死ぬ。

 人間には、そう何度も奇跡的な幸運というものは訪れない。

 命を落とす瞬間というのは、あっけないくらいに突然やってきて、そして終わってしまうのだ。


「騎士団が心配ならなおのこと、治療に集中して一日でも早く完治させることに意識を向けたらどうですか?」


 なるべくトゲのないように、本音の部分を伝える。

 いい大人が取り乱して周りに迷惑をかけるな。それをオブラートに包んで言ってみた結果だ。


「君は?」

「女神の使者です」

「女神……の?」


 眉間に深いシワが刻まれる。

 胡散臭い宗教家を見るような目……こいつは完全に女神への信仰心がないタイプだな。


「教会の使者がこのような場所で何をしておるのだ。布教活動は別の場所で――」

「教会の使者じゃない。女神の使者だ」


 理解力のないオッサンに、つい敬語を忘れてしまう。

 が、オッサンは特に気にする様子もなく、俺の存在そのものを意識の外へと追いやったようだ。


「そんなことよりも、私は戦場へ戻らねばいかんのだ。そこを退いてくれ」

「ダメです。あたしは医者として、完治もしていない患者を戦場へなど送れません」

「私がいなければ、騎士団は全滅……前線は崩壊してしまうのだぞ!」


 おのれの強さに相当の自信があるのだろうか、ベシーロは自分一人が不在になるだけで騎士団は全滅するとまで言ってのけた。

 ただの自惚れか?

 いや、それにしては、この焦り方は尋常ではない。


 国王があーゆー人間だったわけだし、このベシーロも同じように一騎当千、いや、一騎当万くらいの強さを誇っているのかもしれない。国王はきっと一騎当億だ。


「あんたは、そんなに強いのか?」


 もしそうなら、この焦りようも頷けるのだが……


「いや……恥ずかしながら、実力で言えば私など全然……凡俗で凡小なものだ。正直、こと戦闘において武勲を挙げたことなど一度も……」


 え、弱いの、この人?


「この前だって、戦場で硬化サスーン二匹に追いかけ回されて、『うっひゃー! 助けてぴょーん!』とパニックのまま逃げ出した先が運悪く切り立った崖で、そこから転落し『あ、死ぬかも?』と思ったのだが、うまい具合に横殴りの風が吹いてきて、たまたまそこにあった横穴へと体が滑り込んで、ギリッギリ一命を取り留めたくらいで……足は折れて、全身殴打と切り傷だらけになってしまったのだけれど」


 それでよく騎士団長になれたな!?

 つうか、そんなんが騎士団長やってていいのか、騎士団!?


「運がいいのか悪いのか、よく分からない人ですね……」

「まぁ、死んでないんだからラッキーなんじゃないか?」


 硬化サスーンがどれくらいの強さかは分からんが、この診療所にあるサスーン・コアの在庫量を考えると――割と簡単に狩れる魔獣だと思うんだが。

 この人は、本当に戦力としては中の下くらいなのだろうな。


「足が折れて、よくここまでたどり着けましたね?」


 アミューがそんな疑問を口にする。

 確かに、切り立った崖から落ちている最中に横穴に入ったのなら、どうやって助かったのだろうか?

 自力で崖の上か下にまで移動したのか?


「騎士団の者に見つけてもらったのだ。ウチの団員は、30メートルの絶壁くらいならスキップで上り下り出来る者たちばかりだからな」

「バケモノか!?」

「筋肉のおかげね」

「筋肉は万能じゃねぇんだぞ、マーサ? 信頼し過ぎると、いつか痛い目を見るからな?」


 なんにせよ、意識不明で重篤な怪我を負ったベシーロを担いで崖を登ってきたヤツがいる。

 そんなヤツがいるなら、弱いベシーロが抜けても問題ないと思うのだが……


「彼らは強い……本当に素晴らしい筋肉なのだ。上腕二頭筋も、外腹斜筋も、広背筋も、大腿四頭筋も、胸鎖乳突筋も、前頸骨筋も、腹直……」

「おい、それ全部言っていく気か?」

「……そして、脳みそまでも」


 ……ん?


「彼らは強い! だがっ! 揃いも揃って…………っ!」

「バカなんですか?」

「ぅおい!? あっさり言ったな、アミュー!? 結構言葉詰まってたろ? 濁せよ、そういう時は!」


 脳みそまでもが筋肉で出来ている……わけはないのだが、そんな風に思えてしまうような人を『脳筋』などと揶揄する時がある。

 騎士団の連中は、みんなそうなのか?


「……数年前。私がまだ騎士団長になる前。森に出現した魔獣の巣を駆除するという任務に就いていた時のことだ……」


 ナースへの抵抗を諦めて、ベシーロがまぶたを閉じて語り出す。


「魔獣の巣を見つけ完全に包囲した我々騎士団へ、国王様から『全軍突撃』との命令が下された。我々は魔獣の巣へと突撃し、丸一日の時間をかけ、巣の駆除に成功した。巣にいた魔獣の残党もすべて片付けた。……だが、私以外の誰一人として、戻ってくる者はいなかった」


 魔獣の巣を駆除し、魔獣の生き残りも掃討したというのに、戻ってこなかったってのは一体……それも、このベシーロ以外の騎士が、全員だ。

 その理由を、ベシーロは苦しそうな表情で話してくれた。


「彼らは……優秀な騎士であった彼らは…………っ」


 当時を思い出し、胸が苦しいのかもしれない。


「…………愚直にも、国王様の『全軍突撃』という命令を守り続け、討伐対象がいなくなった後も、そしておそらく今も! 全軍で突撃し続けていることだろう……っ!」

「バカなのか!?」

「言われたことは守れるのだ! だが、臨機応変な対応が出来ない! もし仮に……私が朦朧とする意識の中『すぐに戻る、待っていろ』などと口走っていたら……」

「ずっと待っているのか?」

「あぁ。それも、目の前を魔獣が群れを成して通っていったとしても、何もせず、私の帰りを待ち続けることだろう!」

「バカじゃん!?」

「だから、早く戻らねばいかんのだ!」


 ちなみに、例の『全軍突撃』の際、魔獣の巣を破壊し終えた騎士団の中で、『ミッション終わったから帰ろう』と判断したのがベシーロだけだったそうで、「そなた、命令を正しく理解し、独自に判断出来るのか!? 素晴らしい! そなたを騎士団長へ任命する!」というノリで就任したのだそうだ。


 ……国王も、結構脳筋?


「では、手紙を書かれてはどうですか?」


 アミューの提案は最もオーソドックスで、それ以外の解決法はないように思えた。だが……


「ウチの団員が、文字を読めると思うのか!?」

「読めないのかよ!?」

「六文字以上を『長文』と呼ぶような者たちなのだ!」

「とんでもねぇレベルだな、おい!?」


 下手したら、名前で六文字以上あるヤツもいるだろうが。

 なんだよ、名前が長文って……


「とにかく、彼らには私の声で、私の言葉で指示を出さなければ伝わらないのだ! 戦えなくてもいい、戦場にさえ戻ることが出来れば……!」

「それでも、戻れば死にますよ」


 マーサの言葉は容赦がなく、そしておそらく真実なのだろう。


「サスーン・コアから出来るサスーンポーションは、確かにどんな怪我にもよく聞きます。ですが、ベシーロ様の骨折はかなり酷い状態なんです。戦場へ行くなんて無理です!」

「しかし……っ!」

「そもそも、歩けもしないのにどうやって行くんですか!?」


 医者としてのプライドと責任から、マーサは一歩も退かない。

 ベシーロも、自分の言っていることが無茶であることは理解しているのだろう。それ以上の反論はしなかった。



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