4話 信仰心と僧帽筋 ―1―
あれから一晩中、調合室からはけたたましい騒音が鳴り響いていた。
眠れないという患者もいたが、とにかく薬が足りていない状況だったために薬の調合を最優先とし、患者の方を別の場所へと移動させて対応した。……俺が。
「ほらほら。ちゃっちゃと運んであげなさいよ。眠れなくて困ってる患者さんはたくさんいるんだよ!?」
マーサに言われ、俺が、一人で、診療所にいた患者を、すべて、運び出した。俺が、一人で!
「……俺が、倒れるわ」
「も~ぅ、あんた健康体なんでしょ? だらしないなぁ。筋肉足りてないんじゃない?」
だから、筋肉を尺度に人を測るな。
あと、筋肉ムキムキマンでも、夜通し大人を担いで走り回ってりゃスタミナも切れるわ。
患者というと、やせ細った弱々しい人間を想像するかもしれないが、ここにいる連中は軒並みムキムキなのだ。
そりゃそうだ。ここにいるのは、魔獣討伐の最前線に駆り出されて負傷した兵士ばかりなのだから。
俺より体重が軽いヤツなんか、一人もいなかった。
「……イドバシで鍛えられてなきゃ、今頃死んでたな」
大型家電の搬出入や、レイアウト変更の時にこき使われていた経験がこんなところで生きるとはな……
ここの患者を運んでいると、なんだか冷蔵庫を運んでいる気分になる。
「イドバシに、フォークリフト売ってなかったっけなぁ……」
「ありませんでしたよ!?」
夜間はしっかり寝て、明け方近くに起き出してきたアミューがのんきなツッコミを寄越す。
お前は……一人でつやつやした顔しやがって。
俺と同じくここまで一睡もしていないマーサが、幾分ぼさついた髪をかき上げながらアミューを見つめる。呆れたような顔で。
「女神の使者の従者さんだっけ? よく眠れたわね、こんなうるさいところで」
「えへへ。わたし、やれば出来る子なんです」
「いや、そういうことじゃないと思うわよ……」
思うも何も、そういうことではない。
夜はすっかり明け、空が明るくなっている。
俺が運んだ人数は述べ二十七人。……今から丸一日眠ったって、誰にも文句など言わせない。言う権利がある者など、この世には存在しない。
「さぁ、アキタカさん。次の町へ出発しましょう!」
「……お前は殺人鬼か?」
お前は快眠ですっきりしてるかもしれんがな……
「あ、あの……女神の使者様」
そよ風にもかき消されそうな小さな声で話しかけてきたのは、この診療所に来て最初に見かけた、ハンマーでサスーンコアを砕こうとしていた、アノ女子だった。
「すみません! 健康体のくせに休憩なんかして! すぐ次の仕事にかかります!」
「い、いえ! お待ちください、女神の使者様!」
サボっていると、罵声とハンマーが同時に飛んでくるんじゃないかという恐怖に駆られた俺を、陽だまりでの読書が似合いそうな女子が呼び止める。少し、泣きそうな顔で。
「あの……ありがとうございました」
ほゎい?
「生命の危機に瀕し、野生化しかけていた当院のナースたちすべてを救ってくださったこと、心から感謝いたします」
あぁ……あれは限度を超え過ぎた過労による野生化だったのか…………野生の本能、持ち過ぎじゃね?
しかし、ニャーミックスの登場により、ナースたちは交代で休むことが出来るようになり、体力の回復と共に本来の人間らしい心を取り戻したのだと、その陽だまり読書女子は言った。
「それもこれも、女神の使者様のおかげです」
たたたっと駆け寄ってきて、俺の手を取り、少し照れたような朱に染まった頬をして、「ありがとうございます」と呟いた。
おぉう!? なんだこれ!?
いつの間にかフラグが立っていたようだ。
これが、ハーレムへの入り口か!? やっぱ異世界ってそうなのか!?
「むぅ! アキタカさん。デレデレしないでください。猥褻物陳列罪で逮捕されますよ!」
「誰の顔が猥褻物だ!? あと、陳列ってなんだ!?」
くっ……これでまたHPが減ったのか。
……ヤバい。マジで倒れそうだ。
「あれ、アキタカさん。なんだか……顔がすぐれませんよ?」
「『顔色が』な? お前の言い方だと、遠回しに『ブサイク』って言われてるみたいだから」
「少し休んだ方がいいですね、これは」
ずいっと、陽だまり読書女子と俺の間に体を割り込ませて、アミューが心配そうに俺の顔を覗き込んでくる。
確かに、そろそろ限界だ。
「アキタカさんってもしかして……枕が変わると眠れないタイプですか?」
「枕にも出会ってねぇんだ、昨日の夜は! どんな枕だって一秒で爆睡出来るさ、そう、今ならね!」
俺は寝てないんじゃない、寝かせてもらえなかったんだ!
「あ、あの……女神の使者様……」
陽だまり読書女子が、桃の花のように頬を染めて、もじもじと俺にこんな提案をしてくる。
「差し出がましいようですが……もし、よろしければ…………私のヒザをお貸しいたしましょうか?」
「……ひざ?」
「はい、あの……膝枕と、いうものでして……少しは、心地よくお休みになれるかと…………いかがでしょうか?」
美少女の……膝枕っ!?
い、いいのか!?
そんなおいしい展開になって、本当にいいのだろうか!?
ちらりと、アミューを見る。
……と。
「……ぷん」
そっぽを向かれた。
なんだろう、ヤキモチだろうか? そこはかとなく可愛い気がする。
だが、アミューは一度だって「膝枕をしましょうか」などと申し出たことはなかった。これから先も口にするとは限らない。というか、しそうにない。なにせ女神だから。ことごとく残念女子ではあるが、紛れもなく女神だから。
で、あるならば……
今確実に手に入る膝枕を堪能することに、一体なんの問題があるというのであろうか!
「男子はね、女子に膝枕してもらうために生まれてきたんだよ☆」
そんなことを教えてくれる妖精が、どこかの絵本にいるかもしれない。いないとは言い切れない。
ならば、堪能させてもらおう!
一晩中駆けずり回った、自分へのご褒美だ!
「じゃ、じゃあ……」
「ただ、少し……立ち仕事ばかりしていたせいで、ほんの少しだけ……硬いかもしれませんけれど」
恥ずかしそうに俯いて、陽だまり読書女子は自身の太ももを固く握ったこぶしで殴打した。
ガキィィ………………ィィィィン。
……鋼鉄の、音がした。
サスーンコアより硬いんじゃね、あれ?
「少し恥ずかしいですけれど……遠慮なく……どうぞっ」
「いや、男女がみだりに肌を触れ合わせるのは、ちょっとどうかなぁと、思うんだよなぁ、俺は。特に、診療所という神聖な場所ならなおさらね、あははは」
あんなもんに頭を載せたら、最悪頭蓋骨が割れる。
「女神の使者様……奥ゆかしいっ」
そんな呟きを残して、陽だまり読書女子は染まる頬を押さえて全速力で駆け出した。
こらこら、病院内では走らない。そして、走った後からマンガみたいに砂埃を立てない。
「ドギュゥゥゥゥン!」って擬音が見えるようだわ。アメコミチックな文字でな。




