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終わりなき物語と語り部の夢  作者: 上葵
続かない小説家はかく語りき
7/33

7 構造シークレット


 病室の扉をノックすると「はい」と小さく返事があった。

 中には入るとカフカは先程と同じような姿勢で本を読んでいた。


「結末は秘密だとさ。ま、そう言ってたのは作画の方なんだけどね」

 知らせを聞いた少女は小さく「そう」と言って窓の外に目をやった。

「もしかしたら明確な答えなんて用意されて無いのかもね」

 カフカは退屈そうに呟いた。

「どうだろうな。それこそ神のみぞ、ではなく蟹のみぞ知るってところかな」

「とてもつまらない冗談ね」

 鼻で笑われた。

「ちょっと調べてみたらさ。蟹チャーハン先生ってメディアへの露出を一切してないみたいなんだ。顔はおろか学歴も年齢も性別も不詳。謎のベールに包まれてるってわけ」

「ふぅん。そうなんだ」

 少女の病室から駅前を眺めることが出来た。オモチャみたいな電車がホームに滑り込んでいく。さっきまであそこにいたのだと思うとなんだか不思議な気持ちになった。

「そうだ。君とはじめてあったときに読んでたのも、蟹チャーハン先生の本でさ。全くの偶然なんだけど、どうやら最新作らしいんだよ。イラストは同じ絵師だし。サインも貰っちゃった」

「……そう」

 ちらりと僕の方に視線をやる。どうやら興味がないわけでは無さそうだ。

「読む?」

 新作『歴史論者』を差し出す。前作に反して、実に固いタイトルだ。

「……あなたは読まないの? せっかく買ったのだから、持ち主が一番最初に読むべきだわ」

「んー、買ったは買ったんだけど僕には合わなそうだったからな」

 寂しそうな目をしてから、少女は僕から本を受け取ってそっと胸に抱いた。

「批判は読んでからすべきだわ」

「読んだよ。半分ぐらいだけど」

「え、それでダメだったの?」

「そうだね」

 少女はこの世の終わりみたいな暗い表情を浮かべ、唇を震わせて聞いてきた。

「どこがダメだった?」

「んー、冒頭しか読んでないからな。はっきりとは言えないけど、文体が固すぎるのと、実際の歴史を語っているだけで蟹チャーハン先生が伝えたいことがよくわからなかったのが残念だったかな」

「そう。……ちなみにどうすれば良くなると思う?」

 寂しそうに訊かれた。なんだってそんな人の感想で一喜一憂するのだろうか。

 まあ、なんでもいい求められた読書感想文に注釈を加えることにしよう。

「はっきり言ってしまえば、向いてないから歴史ジャンルは書かない方がいいと思うよ」

「……っ!」

 僕の言葉にカフカはショックを受けたようにうなだれた。

「お、おい、大丈夫か。体調が悪いの? ナースコールしようか?」

「へ、平気よ。でもそこまではっきり言うなんてよっぽどそう思うのね」

「そりゃそうだよ。だって『死んだと思ったら異世界転生してて、気づいたら世界を救っちゃった件について』が余りにも面白かったからね。いやが上にも期待するさ。その期待を裏切られたら文句の一つでも言ってやりたくなるよ」

「文句ね……例えばどんな?」

「つまんないからやめろ」

「どストレートね」

「無駄な駄文を綴る暇があったら異世界のつづき書けってね」

「蟹チャーハンさんは歴史物書きたかったんだから仕方ないんじゃない?」

「歴史物は才能無いよ」

「……」

「得手不得手があるんだ。てか、読んでて思ったけど、蟹チャーハン先生そんなに歴史好きではないと思うんだよね。なんか文体に愛が無かったもん。きっと編集に無理矢理書かされたんだぜ。ひどい話だ」

「……っ」

 握りこぶしを作って彼女はうつ向いた。

「好きでもないもん書くなよって話だよな」

「んなわけっ!」

 がばりと顔を上げて、カフカは僕を睨み付けた、

「嫌いなわけ! ないでしょ!」

「わっ!」

 本を投げられ、同時に怒鳴られる。投げられた本はガードした右手に弾かれ、ベッドの向こうに転がった。昨日と違い個室なので、注目されることはなかったが、予想外の豹変に僕は少しだけ恐怖した。

 彼女は威嚇する猫のように息を荒らげて僕を睨み付けている。

「か、カフカ、ごめん、え、気に触ったのなら謝るよ」

 なんでそんなにイライラしてるんだ、この子。

「……ご、ごめんなさい、私ったら……」

 ハッとした表情を表情を浮かべたあとで、慌てて僕に謝りカフカはしゅんと肩を落とした。

「きっと、蟹チャーハン先生は歴史が本当に好きなんだと思うわ。だけど、書き慣れていないからどんな風にしたらいいかわからないだけなのよ」

「そ、そうなのかな」

「そうに違いないわ」

「ふーん」

 その程度のことであんなにガチギレされるのもおかしな話だが、あまり深く考えるのはやめよう。僕に人を怒らせる趣味はない。

「まあ、そこまで言うならちゃんと読んでみようかな。最後まで読んだら面白いかも知れないしね」

 僕はベッドの脇に落ちてしまった本を拾うためしゃがみこんだ。

 その時だった。

「せんせー」

 間が抜けた声がし、

 ノックと同時に扉が乱暴に開かれる。

「サイン会を終わらせてきたっすよぉ」

 敷居の前に立っていたのは、作画担当のすきやきうどん改先生だった。

「え? なんで」

 クエスチョンマークが脳内を埋め尽くす。

 確かに先程まで書店でサイン会を開いていた女性だ。そんな人がなぜカフカの見舞いに来るのか。

 活発そうなショートカットに長いまつげ、見間違えるはずがなかった。



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