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終わりなき物語と語り部の夢  作者: 上葵
続かない小説家はかく語りき
4/33

4 物語スペクタクル


 室内は整理整頓されていた。

「望月さんは一人部屋なの?」

「他人と同じ部屋なんて耐えられないもの。あと私を呼ぶなら下の名前にして。名字、嫌いなの」

「個室だなんてすごいお金持ちだね」

「……親がね」

「なんの病気で入院してるの?」

「不治の病」

「え。あ、ごめん。えっと、昔から無遠慮なところがあってさ」

「ふっ、嘘よ嘘。純粋なのね」

 鼻で笑ってから少女はしゃがみこんで、棚から一冊の本を取り出した。

「はい。続きよ」

 差し出された文庫本には相変わらず読書意欲を削ぐタイトルが綴られていたが、一巻を読んだ者なれば、呆れよりもワクワクが先行した。

「ありがとう。すぐ読むね」

「いつでもいいわ。内容は熟知してるから」

「ああ、そういうこと。それなら安心してくれ。読むスピードは早いんだ」

 本を受け取って鞄にしまう。

「あ、一応もの借りるから連絡先とか教えておいたほうがいいかな」

 ポケットからスマホを取り出して、アピールする。

 下心がないと言えば嘘になる。かわいい女の子と知り合いになれて嬉しくもあったが、それは純粋な提案だった。カフカを鼻を一度スンと鳴らして、

「結構よ。人にモノを貸すときは返ってこなくてもいいっと思って貸してるから。まあもっとも盗まない誠実な人と判断して貸してあげてるってことを忘れないで貰えると嬉しいのだけど」

 と、メトロノームみたいに一定のリズムで平坦に答えられた。


 少女と別れ、日常に帰る。


 消毒液の匂いと清潔すぎる白い空間とはおさらばだ。

 自動ドアを潜り外に出る。身体の芯から冷える季節を肌で感じた。風が裸の街路樹を揺らしていた。地面には落ち葉が積み重なっている。

 底冷えする気温だが、僕の心はウキウキしていた。

 冬休みに入り、入院中に宿題をあらかた片付けたので、あらゆるしがらみから解放された僕は、軽い足取りで駅前の喫茶店プラージュに向かった。

 落ち着いた雰囲気で長居をしても怒られることはない行きつけの喫茶店だ。ちなみにプラージュはイタリア語だかフランス語だかで『浜辺』を意味する言葉らしい。

 さっそく借りた本を読むことにしよう。あの世界観に再び浸ることが出来ると思うと待ちきれない。

 紙とインクとコーヒーの匂いが混じり合い、独特な香りを造り出していた。ソファーに深く座って本を開く。

 主人公のモノローグから始まる『死んだと思ったら異世界転生してて、気づいたら世界を救っちゃった件について エピソード2デビルキンダムの反撃』は、冒頭数ページでいとも容易く僕を物語に引き込んだ。


 三時間くらい、そこで本を読み続けた。


 物語の後半、七転八倒の紆余曲折をすえ、主人公たちはついに怨敵を討ち滅ぼす。

 故郷に帰ろうとする主人公をヒロインの姫は引き留め、秘めた自分の気持ちを打ち明ける。

 数日後、姫との結婚式が開かれるが、主人公の耳に届いたのは、故郷の村が怨敵の残党に襲われているという凶報だった。

 主人公のライバルが軍を率いて村に向かったとの知らせが届くが、ライバルは姫に恋をしており、嫉妬心から彼が村を助けるかは不明だった。

 プライドの高い王のことだ。結婚式が一度でも中止になったら、許してはもらえないだろう。

 着々と結婚式の準備が進むなか、主人公は思い悩む。

 結婚を反古して、村に行くべきか。

 ライバルを信じて、結婚式を続けるべきか。


 そこで物語は終わっていた。


「はふぅ」

 読み終わり一息つく。不審者でも見るような視線が僕に降りかかり、ここが外出先であることを思い出した。慌てて帰宅の途につく。

 冬の日暮れは早い。辺りはすっかり真っ暗だ。

 ゴミクソみたいなタイトルに反して濃密なストーリーだ。しかし、本当にいいところで終わっていた。

 続きが気になって仕方がない。

 悶々としながら家に帰り、悶々としながら退院祝いの焼き肉を食べ、悶々としながら寝床に潜り込んだ。

 数日ぶりのベッドに落ち着きながら、僕の心はずっと物語に囚われていた。


 次の日、起きると同時に外出の準備をし、自転車にまたがって病院に向かった。曇った空は灰色で、吐き出す息はすぐに白に染まった。定期検診とかではない。お見舞いだ。受付をして、すぐにカフカの病室に向かった。

 扉をノックする。

「はい」

 返事が聞こえると同時にドアを開けて、「やあ、お見舞いに来たよ」と軽く手を挙げる。

「ああ、あなた。来たの」

 何かを書いていた少女はノートを閉じて僕を見た。

「マスクをしてるのね。体調が悪いのかしら。退院したんじゃなかったの?」

 彼女は顔色一つ変えず僕に尋ねてきた。受付で購入したマスクのことを言っているらしい。

「ああ、なんでも冬の間は感染症予防でマスク着用が義務らしいよ」

「そうなの。知らなかったわ。それで、なにをしに来たの?」

「うん。借りてた本も返さないとだしね」

「もう読みきったの? 早いのね」

 本を手渡すと彼女は微笑んで、パラパラと捲った。

 お見舞いのみかんもついでに渡す。

「どうだった?」

「いや、やっぱり面白いよ。蟹チャーハン先生は天才だ」

「ふふ、素直ね」

「面白いものは面白いと言えるタイプなんだ。それでさ、不躾なんだけど、続き借りられないかな。気になっちゃって」

「ないわよ」

「え?」

 鼻を鳴らして少女は続けた。

「続きなんてない、これでおしまい」

「あ、もしかして持ってないの? それなら僕、買ってこようか?」

「違うわよ。出てないの」

「えー、まじか。良いとこでお預けかよ。次はいつ頃発売されるとかってわかる?」

「……まったくわからない人ね」

 呆れたようにカフカはため息をついた。


「続きなんてでない。物語はこれで完結してるの」



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