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終わりなき物語と語り部の夢  作者: 上葵
星と彼女と強がりと
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14 陽光ランデブー


「デートじゃないって言ってるのにまったくしつこいわね」

 カフカはメモとボールペンを肩掛けポシェットから取り出して呟いた。彼女の中では、これは取材だ。

 科学館はドーム状になっていて、入り口は半地下のような場所にあった。受付をする際、館内施設の入場料とプラネタリウムの鑑賞代を支払う仕組みになっているらしい。

「あ、カフカ」

「なに?」

「いまならプラネタリウムだけじゃなくて、特別映像ってのも観れるみたいだよ」

 ドームに大型映像を投影するプログラムが組まれていた。どうやらプラネタリウムと大型映像を交互に放映しているらしい。

 電車で移動する予定のところ車で来たので、早くつきすぎたのだ。

「そうなの? それじゃあ、それ観ましょう」

「プラネタリウムはどうする?」

「観るわよ。それが目的じゃない」

 なにを当たり前のことを言ってるのかしら、というような呆れ顔で言われた。

「オーケー」

 視聴代金が倍かかったが、安いもんだ。

 僕は受け付けに二人分のお代を支払い入場券をゲットする。

「ちょっと、私の分は自分で出すわよ。勝手に払わないで」

「いいんだ。デートだからね。入場券ぐらいはだすよ。それに臨時収入があったからこれくらい痛くもない」

「だからデートじゃ……」

 エロ本のお釣りだ。

 カフカはふて腐れたように「次は私が払うからね」と呟いた。


 科学館というだけあって、プラネタリウムだけではなく、様々な展示があるようだったが、最初の大型映像の開始時間までそれほどなかったので、僕とカフカはスクリーンに急いだ。


 普通の映画館と違って、天井に映像が投影されるらしく、座席は少しだけ上を向いていて、座ると半分横になっているような気分になった。

 平日の昼間だからか、客はそれほど多くない。

 家族連れか、暇そうな大学生のカップルか、それぐらいだ。

 乾燥した空気に囁き声が混じる。携帯の電源をオフにし、僕とカフカは上の方の席についた。

 ここからは部屋全体を見渡せる。

「大変お待たせいたしました、ただいまより特別映像『ボイジャー、遥かなる宇宙の旅路』を放映します」

 部屋全体にアナウンスが流れると同時に室内は一層暗くなる。

 注意と非常口の案内のあと、部屋の天井一面に壮大な物語が投影され始めた。


 ボイジャー1号と2号は1977年にNASAが木星・土星・天王星・海王星の探査のために打ち上げた無人探査機らしい。この年は惑星配置がちょうど同じような方向に並ぶので星の引力を利用してより遠くへ飛ばす、スイングバイ航法の絶好の機会だったのだ。175年の一度のチャンスしか訪れないチャンスであり、これをグランドツアー計画というらしい。

 映像を見て、話を聞いているだけで、武者震いが起きるような、壮大な旅路だった。

 ボイジャーは貴重な写真や発見を、地球に今もなお届け続けている。例えばそれは海王星の衛星トリトンに大気があることを発見したり、木星の衛星イオに火山があることを発見したり、だ。

 宇宙は果てしなく広く、地球の孤独に対して、ボイジャーは期待を示していく。

 ボイジャーには金メッキが施された銅板製のレコードが搭載されており、『地球の音』と題して、クジラの鳴き声や雷の音、各国の挨拶に、有名な音楽などが記録されているらしい。

 ゴールデンレコードと呼ばれるそれにはチャックベリーのジョニーBグッドや津軽三味線なんかが収録されており、すべてが未だ見ぬ地球外生命へのメッセージになっているのだ。


 観終わって、室内は少しずつ明るくなっていく。ド迫力の映像にのまれていた僕はしばらく呆けていたが、カフカが立ち上がって袖を引くのであわてて出口に向かった。

「面白かったね」

 外に出ると同時にカフカは呟いた。

「ああ。ゴールデンレコードとか、すごいよね。壮大だ」

「いいものは宇宙共通なのかしらね」

「きっと間違いないよ」

 科学館の展示はどれも知的好奇心を擽る面白いものばかりだった。

 学習体験というのだろうか。例えば自転車をこいで電気を起こしたり、様々な物質の臭いを嗅いだりと、文系の僕らでも親しみやすい科学が展示されていた。館内には学習図書のコーナーがあり、カフカは何度も寄りたいとねだったが、そんなところに行ったら動かなくなるに決まっているので、却下した。

 人体の不思議、最新の科学技術、海底や自然、そして宇宙。

 その時の僕らは童心に返り、純粋に宇宙船地球号の乗組員だった。


 プラネタリウムの時間になった。

 絶滅危惧種に夢中になっていた僕らは放映開始のギリギリにスクリーンに行き、先程と同じ席に腰を落ち着けた。

 ガイドの優しいアナウンスと共に、プログラムが開始される。

 始めに投影されたのは近辺の夕焼け空だった。実際に高台から外を眺めているような気分になる。

 僕の住む町が映像として視界いっぱいに表示されていた。

 映像の中の時間はみるみる進み、夕闇が辺りを包み込む。黄昏に浮かぶ一番星の説明のあと、夜のとばりに包まれた天井を僕らは優しいBGMとともに眺めていた。

「これが私たちが普段見上げている星空です。町の明かりが眩しくて星の輝きが霞んでしまいます」

 ガイドの子守唄めいたアナウンスが優しく続ける。

「ここで町明かりを消してみましょう」

 一気に満天の星空が広がる。

 観客の声を潜めた感嘆の声が重なり、波音のようになった。

 そこから今の時期に見える、夏の星座の説明に移り、夜空には星座の線がいくつも引かれた。

 知ってる星座から知らない星座まで、神話を交えて説明される。

「今見えている星の光は地球からの距離や大きさによって明るさが異なります。地球に届く星明かりは何千年や何万年前のものとも言われています。その星のなかにはもしかしたら私たちのような文明を持ち、私たちのような思いを持った星もあるのかもしれません」

 だから、人は星に願いを託すのかもしれない、と僕は思った。

 途方にくれて、誰かを頼るのと同じだ。宇宙の向こうの星の光に願いを託すのだろう。

 夢のような星空は消え、プラネタリウムは終わりを迎える。

 明るくなり始めた部屋から、混む前にと観客は急ぎ足で出口に向かう。

 余韻を引きずる僕はぼんやりとカフカが立つのを待っていたが、一向にその気配が無かったので、隣に座る彼女の顔を確認しようと横を向く。

 カフカは体をくの時にして、伏せていた。


「……大丈夫?」

「ちょっと……映像に酔っちゃったみたい」

 答える声に元気はない。

 周りに座っていた人はみんな出ていき、座席には僕らだけになっていた。

「お客様、いかがされましたか」

 スタッフの人が退館を促すように僕らに声をかけてきた。

「すみません、ちょっと気分が悪くなっちゃったみたいで。少しだけ休ませてくれませんか?」

「かしこまりました」

 スタッフさんは笑顔を崩さず、腕時計をちらりと見てから「五分ぐらいならお待ちできますんで」とはにかんだ。嫌みにならない笑顔だった。僕はお礼を告げ、カフカの華奢な背中をさすった。

「お父さんがね」

「え?」

「昔、夜道を歩いていたとき、たくさんある星空を見て、さっきのガイドさんと同じ事を教えてくれた。それを思い出した。地球に届く星の光は何万年も前のものだって。あれが何処の星空だったかは思い出せない。だけど、凄く綺麗だった」

 くぐもったカフカの声に元気はないが、なんだかしゃがれて涙声にも聞こえた。

「父は私のことをあまり好きじゃないのよ。小さい頃から病気がちで、いっぱい迷惑かけて」

 僕は彼女の両親に会ったことがない。実際に彼女が愛されてないかなんて分かりようがなかった。だから僕はなにも言えずに彼女の背中をさすり続けた。

「病室の窓からは切り取られた夜空しか見えないから、忘れていたの。星ってあんなに綺麗なのね」

 彼女の言葉は訥々としていたが、僕の耳には確かに届いた。

「見たい景色があったら、また連れ出すよ」

「ありがとう」

 彼女の声は暗い。それでも、沈みきってはいなかった。

「小さい頃からずっと、狭い町で一生を終えるのだと思っていた。病院を移ってからも同じ。狭い世界に窓からの風景だけ。だけどあなたは私を海に連れ出してくれて、しかも今度は宇宙へ手を引いてくれた」

「何処にでもいこうと思えば行けるんだ。行けないなら、行けるまで頑張ればいいんだよ」

 香川さんが言っていた。トライアンドエラー。

「星の光はいつか地球に届くのね」

「……」

「わたしね怖かったの。自分のことが忘れられるのが。だからお願い私のことを忘れても私の書いた話は覚えておいて」

 言葉が重かった。偽物の星空を見て、彼女は塞ぎがちに僕にお願いしてきたのだ。

 僕はなんて答えたらいいのかわからなかった。


 それから直ぐにカフカは顔をあげた。涙目ではない、いつもの気丈とした無表情だ。調子が戻ったのか、彼女とともに館内を歩き始める。

 自然史からの続きだ。

 パネルにはたくさんの動物が説明文と共に載っている。

 絶滅動物たちは、今後忘れ去られる運命にある。終わった出来事に関心を向けるほど、地球は暇ではない。

 僕らが生きる今日は、なにかの犠牲で成り立っているのかもしれない。

 特別天然記念物の項目にオオサンショウウオが載っていた。

「そういえば、読み終わったよ。井伏鱒二の山椒魚」

 ヌメヌメとした黒いトカゲがパネルで展示されている。

「どうだった?」

「あのラストはないと思うな」

 最期、山椒魚とカエルは喧嘩をして、それで終わる。カエルにしてみれば理不尽に岩屋に閉じ込められたのだから当然だ。

「削除された方の結末を読んだのね。改稿前だと、カエルは山椒魚に『今でも別におまえのこと怒っていないんだ。』と弱りながら伝えるのよ。和解というラストをバッサリと切り捨てるという決断は大きな波紋を呼んだ」

 改稿後に和解というわけではないのか。

 ガラスにそっと指先を押し付け、少女は続けた。

「作者も結末の削除に関して、かなり迷った、戻したほうがいいかもしれない、と迷いを語っている」

「喧嘩して終わりだなんて悲しすぎるよな」

「賛否は別れている。正解なんてないのよ。作者の手を離れた物語はすでに読者のものだから」

 カフカは遠くを見るような目で科学館の展示を眺めた。

 若い親子連れがはしゃいで笑っていた。

「読み手は好きな方を取ればいい」


 絶滅は自然の摂理だから、無理して守る必要がない。

 そういう意見がたまにあるが、一つの生き物が絶滅すると、大きく生態系が崩れる可能性があり、最終的に未曾有の大災害につながる可能性がある。

 昔と違い絶滅危惧は自然淘汰ではなく、人類の活動が主たる原因だからだ。

 アメリカのイエローストーン国立公園では、人間の手によって野生のオオカミが絶滅してしまったことで、草食動物が増え、植物が育ちにくい環境になってしまった。生態系回復の目的でカナダからオオカミを連れてきたところ、数年で生態系が理想的な環境に戻ったらしい。

 例えば飛行機は一つや二つのネジが無くても跳ぶことは出来るが、ネジの紛失が続けばいつかは飛べなくなってしまう。絶滅とはそういうことなのだ。

 と、カフカがパンフレットを見ながら教えてくれた。


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