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終わりなき物語と語り部の夢  作者: 上葵
星と彼女と強がりと
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11 落胆エスケープ

月曜日に期末試験が終わった。歴史と数学には予想以上に苦しまされたが、実に晴々しい気分だった。太陽が優しく学生の未来を祝福している。

 木々は青々とした葉を天に向かって悠々と伸ばし、ジェット機が轟音たてて上空を通過する。熱されたアスファルトは逃げ水を作り出し、夏を象徴するかの如く蝉時雨が降り注いでいた。

 未来は明るい。

 滴る汗を手の甲でぬぐいながら、友達と駅前の焼肉屋を目指して歩いていた。テスト終わりを祝って軽い打ち上げをしようと言うのだ。テスト終了から返却までの短い期間、僕らは世界で一番自由なのだ。

 五百円で焼肉定食が楽しめるのだから、安楽亭は庶民の味方だ。

 道中、女生徒の集団とすれ違った。カフカが着ていたのと同じ制服だった。

 病院に居なければ彼女もきっとあの一団に紛れていたに違いない。


 昼食後、友達の家でゲームをすることになった。

 なんでも海外のRPGらしく、好きな実況者がプレイしているのを見て、購入したらしい。

 最新のゲーム機器だが、レトロゲーのような雰囲気があり、展開されるストーリーは少し変わっていた。

 出てくる登場人物の発言から想定するに、プレイヤーが二週目をプレイしていることに気付いているのだ。

 メタフィクションというやつだろうか。

 約五時間ほどでクリア出来るのだが、主人公は最期、作中の人物に『未来がわかるのになぜこんな残酷な仕打ちをするのか』と責められる。僕が、モンスターをたくさん殺しすぎたからだ。

 後味の悪いものが残った。


 家に帰り、久しぶりにのんびり夕飯を食べる。テスト期間中はすぐに勉強に移らなければならないので憂鬱だったが、いまはゆっくりすることができる。

「この子、あんたと同い年なのにすごいわね」

 親がスポーツニュースを見ながら呟いた。

 世界卓球で僕と同い年の選手が活躍したというニュースだった。

「きっと人生のすべてをソレに捧げてきたんだよ」

 中学生になったばかりの妹が物知顔で言う。

「アタシには考えられない。他にもっと楽しいことあんのにさ」

「まあ、そうね。まるで『今』しかないみたいね。人生は長いんだから、命を燃やすみたいに頑張んなくてもいいのにね」

 画面では選手が勝利の雄叫びをあげていた。


 次の日の朝、テスト返却という恐怖に怯えながら校門を潜り抜けたところで、「先輩」と呼び止められた。

「あ、君は……」

「先日は失礼しました」

 香川さんの妹が立っていた。

 長い髪とスカートが早朝の風に揺れている。

「いま、少し良いですか?」

「構わないけど……」

 僕と平行して歩き出す。

 彼女の声には元気が無かった。校門に響く、気だるい挨拶の声にかき消されてしまいそうだ。

 少し肌寒い夏の朝。半袖のシャツがふわりと浮き上がる。

「一応、……お知らせします」

 電線に留まったカラスが鳴き声を上げて、飛んでいった。

「一昨日の晩、兄が亡くなりました」

「……」

 後頭部をハンマーで殴られたような衝撃が走る。

 亡くなった……?

「一昨日……」

 日曜日だ。僕が彼からもらったメモを元に計画をたてていた日。

 信じられなかった。やつれてはいたが、あんなに元気そうだったのに。

 足が自然と止まっていた。

「そんな……」

 膝から震えが起きる。悪い冗談にしか思えなかった。数日前まで馬鹿話をしていた年上の男性が、もうこの世にいないなんて。

 言葉に詰まり、なにも言えなくなる。

「お知らせが遅くなって申し訳ありません。生前は、兄が、お世話になりました」

 憔悴しきった様子で彼女は深く頭を下げた。いつか上級生の教室に乱入してきた時のような覇気はなかった。

「……こ、この度は、御愁傷様でした」

 僕が絞り出した言葉は定型文に等しい一言だった。

 何て言っていいのかわからなかった。何て声をかければいいのかわからなかった。

「あんなにお元気そうだったので、信じられません……ちょっと、混乱しています」

 澄んだ朝の空気が僕の鼻孔をいたずらに刺激して痛くなってきた。

「……色々とご迷惑をおかけしました」

「顔をあげてください……」

「失礼しました。あ、あと、これ、兄からあなた宛に荷物が」

 そう言って彼女は鞄から紙袋を取り出して僕に差し出した。紙袋にはマジックペンで乱雑に僕の名前が記されていた。

 礼を言って受けとる。袋のセロハンテープを剥がし、中身を取り出す。

 エロ本だった。

「……」

 僕が彼に買って上げた本だった。

「あの人って、ほんと、バカ……」

 妹さんはそう呟いて、涙を流した。

「ほんとに、バカでエロくて、でも妹思いで、頭が良くて、優しく、良いお兄ちゃんでした」

「知っています」

 さすがに校舎内でそれを広げる勇気はないので、袋に中身を戻す。なにかに引っ掛かってうまく戻せなかったので、袋を漁ると便箋のような物が入っていた。

 急かされたわけではないが、それを手に持って広げてみる。便箋にはただ一言。

『落ち込んでる時はこれ見て元気だせ!』

 と書かれていた。



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